第7話「バーにて ~ジークとテリーの夢~」
「いらっしゃいませ~。お久しぶりね、言われた通り貸し切りにしておいたわよ?」
バーに入ると女性バーテンダーが笑顔で出迎える。
「久しぶり、急にごめんな。今日は俺のツレも一緒なんだ」
彼女に礼を言うと、テリーはジークを紹介する。
(綺麗な人だなぁ~……って、ついじっと見つめてしまった!)
「あ、あの……どうも。ジーク・ハワードです」
緊張しながら挨拶をするジークを、女性バーテンダーは微笑ましそうに見つめた。
「ゆっくりしていってくださいね。 お2人ともカウンターでよろしいでしょうか?」
カウンターの席へ案内してくれる女性。
2人は椅子に座ると、とりあえずビールを注文する。
運ばれてきたビールのグラスを持ち上げて、乾杯する2人。
するとテリーは一口飲んだところで切り出した。
「ジーク、何か悩みがあるんじゃないか?」
そんな直球な言葉に、ジークは反応に困った。
(そういや、テリーって昔から人をよく見てたっけ……)
昔を懐かしく思いながらジークは観念したようにため息をつくと、ビールを一口飲んでから話し始めた。
「実は俺……。夢だった世界政府の職員になるのを諦めようと思ってるんだ……」
「どうしてだ?」
ジークの告白に、テリーは驚いた様子もなく聞き返す。
そんな彼に、ジークは一つ間を置いて話を続けた。
「今日、同窓会でみんなと久しぶりに会ってさ……。それで思ったんだ。俺ってもう大人になってて、周りの同級生たちは自分の道を見つけて頑張ってるんだって……」
「だから夢を諦めるのか? まだ20代だろ? まだまだこれからじゃないか」
そう言ってくれるテリーに、ジークは少し寂しそうな表情をする。
「そうかもしれないけど……。俺にはやっぱり無理だったんだ……。さっきも言ったけど、俺は子供の頃から夢だった世界政府の職員になるのが夢だった。でも、その夢は大人になった今、改めて考えると現実的に厳しいことに気づいたんだよ……」
ジークの言葉にテリーは頷く。
「たしかにな……。世界政府の職員に選ばれる人は、ほんの一握りだけだ。選考基準も高いし、厳しい世界だよな」
そう言ってから、テリーは少し考え込む。
「でもな……。ジークは世界政府の職員になるって夢、諦めるのは早いと思うぞ」
その言葉にジークは思わず反応する。
(え……?)
「ど、どうしてだよ? もう20代後半だぞ? これまで頑張ってやっても無理だったし、もうそろそろ現実を見るべきだろ?」
そう言って食い下がるジークだが、テリーは真剣な表情で応える。
「でもまだ挑戦できるじゃないか。世界政府の採用試験に年齢制限はないからな。たしかに20代前半までの採用がほとんどだろうけど、それ以上の年齢で採用された例だってあるだろ? チャンスはまだあるはずだ!」
テリーの言葉にジークは動揺する。
そんなジークに対し、テリーは落ち着いた様子で言った。
「ジークが諦められないなら、挑戦すればいいじゃないか。夢を諦めるのはいつでもできるけど、夢を叶えるのは今しかできない。挑戦し続けてみないとわからないことだってあるだろ? 諦めるのはいつでもできるけど、諦めないってことは今しかできないんだぞ?」
「テ、テリー……」
ジークは彼の言葉を聞いて動揺していた。
彼の言うことも一理あるかもしれない。
それでもまだ希望を持てずにいる様子のジーク。
「……って、偉そうに言っといてなんだけど、俺も夢を諦めた人間なんだ。だから、偉そうに言える立場じゃないんだけどな」
「え……? テリーも……?」
予想外の告白に驚くジーク。そんなジークに、テリーは優しく諭すように言った。
「俺もジークと同じで昔からずっと夢だったものがあったんだ……」
テリーは小さく息を吐いてから、小さく微笑んだ。
彼のの吐き出した息はネガティブなものではなく、清々しさを感じさせる爽やかなものだった。
「俺の夢はな、お前と同じだよ。世界政府の職員になることだ」
「え……?」
ジークは驚き、言葉を失う。
「俺は昔から夢だった世界政府の職員にどうしてもなりたかったんだ。お前と違って、俺は声高には言わなかったけどな。だけど俺も強い憧れがあったんだ」
「そう……だったのか。まさかテリーも世界政府に……」
ジークが驚いていると、テリーはコクリと頷く。
「ああ……。俺の父親も世界政府の職員でな。環境省に勤めていたんだ。だから俺も昔からずっと世界政府の職員に憧れていた。だけど……俺は夢を諦めてしまった」
テリーの言葉に、ジークは不思議そうに尋ねる。
やはりその声色には、ジーク自身が感じているような悔しさのようなものが微塵も感じられなかったからだ。
「どうして諦めたんだ? やっぱり俺みたいに年齢制限か?」
するとテリーは首を横に振る。
「いや、そうじゃない。……身体要件だ」
「身体要件?」
ジークは首を傾げる。……が、すぐにあっ、と息を呑んだ。
「ああ……。お前も何度も受験してるからわかると思うけど、世界政府の採用試験には身体要件という項目があるだろ。俺はそれで弾かれたんだ。……試験に際して検査をして初めてわかったんだ。俺は職務遂行に支障を来す病を患っていたんだ……」
「え……? なんだよ、それ……。だ、大丈夫なのかよ?」
夢の話うんぬんよりも、久しぶりに再会した友人の健康が気になってしまうのは仕方ないことだろう。
そんな彼を安心させるように、彼は自分の胸を強く叩いてみせた。
「ああ、今は投薬治療をしてるから大丈夫だ。だけどな、この病気はいつ発作が起きるかわからないんだ」
「……そんな」
ジークはショックを受けた様子で呟くと、俯いてしまう。
「そんな顔するなよ。激しい運動を控えたり、無理な労働をしなければ普通の人とそう変わらずに生きられる。……ただ、いつ発作が起きるかわからない病を抱えている俺は、もう世界政府の職員になることはできないんだ」
「け、けど……。部署によっては、大丈夫なんじゃないのか? 体を酷使しない部署だってあるだろ?」
ジークの疑問を受け、テリーは首を横に振る。
「いや……。どの部署に所属しても、過酷な現場に赴くフィールドワークと呼ばれる業務があるし、新入社員は全員、護身術と基礎戦闘術を3年間鍛錬させられる。俺はそれについていけないんだよ」
「そんな……。じゃあ、もう……」
テリーの夢は突然にして絶たれてしまったのか……と、ジークは絶望した様子で呟く。
そんな彼に、テリーは再び笑顔を向けた。
ジークは思う。
俺なんかよりもよっぽど辛いはずだ、と。
それなのにどうして受け入れることができたのだろう。
どうしてそんなに明るい笑顔でいられるんだろう。
「はは、だからそんなに悲しそうにするなって。俺はお前に前を向いて欲しくて声を掛けたんだからさ」
その言葉にゆっくりと顔を上げるジーク。
話の邪魔をしないように、女性バーテンダーがテリーにお酒を差し出す。
テリーは彼女に軽く礼を言うと、続けた。
「正直最初は悔しかったさ。絶望した。調子が悪い時なんかは、死のうとすら思ったこともあったよ。……だけど今は幸せなんだ。俺は今、完全に未練を断ち切って新しい夢を叶えたからな」
そう語る彼の顔は本当に爽やかで、世界政府の職員になるという未練など微塵も残っていないとわかる。
「テリー……」
ジークは彼の名前を呟くだけで精一杯だった。
それほどに目の前に座る友人の顔は、清々しさに満ちていた。
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