第73話 王たる器
検査に向かう当日、朝からリグとポレットは不満を口にしていた。
「う、動きにくい……」
「ポレットもー……」
二人は普段着ではなく正装を身に纏っていた。
いつも動きやすさを重視しているリグにとって、首元の窮屈さや肩回りの動かしにくさは特に気に入らない。
貴族はいつも当たり前のようにこのような服を着ているが、いざという時に動けないではないかと思ってしまう。
高級そうなボタンやよくわからない服の装飾なども、なんのためについているのか全く理解できなかった。
ポレットもまたドレスを着ているが、薄い生地を使用した比較的軽いものだ。
それでも、無駄にヒラヒラふわふわしているのが邪魔らしく、可愛い服が着られて嬉しいという感情にはならないらしい。
(……俺に似ちゃった、か? 女の子の前で動きやすさがどうとか言わないほうがいいかも……)
普段から自分で使う服や道具について機能性がどうとかを熱く語っていた自覚はある。
リグに一番懐いているポレットは、そういったことも真似をしがちだ。
ただ可愛い、綺麗、といった褒め言葉や、純粋なポレットの好みなどを普段から聞くべきだったとリグは少し反省した。
「今回ばかりは、な。陛下は気にしないだろうが、色々と配慮してくださった恩もある。身だしなみを整えるくらいは我慢してくれ」
「わかってるよ。でもさぁ、ポレットは可愛いけど……俺、似合ってないんじゃないか?」
ポレットはとにかく愛らしい。正直、どんな服を着ていても似合ってしまうだろう。
今だって淡いピンクのドレスが真っ白な髪も相まって妖精のように可愛らしくてとても似合っている。
一方、リグは生まれて初めて着る正装だ。ジャケットも、足首の出ない長いパンツも、ネクタイも、何もかもが馴染まない。
根っからの庶民が滲み出ている顔がかなり浮いている気がした。
「あっははは! 大丈夫だよ、リグ! 初々しくて可愛いから!」
「うるせぇ! 服に着られてる、って思ってんだろ!」
「見慣れていないだけですから。気にしないことですよ」
「カオンもそれ、似合わないって言ってるようなもんだからな!?」
それに比べてリグ以外のメンバーのなんと様になっていることか。
モッシュだけはガタイの良さから少し正装が窮屈に見えるが、それでも威厳がある。
無理やり服を着させられました、と言わんばかりのリグと比較するようなものではない。
とはいえ、不満を言ったところで意味はない。どうせ検査が始まったら専用の服に着替えなければならないのだ。
この窮屈な格好も行き来する時だけ。そう思うと、ポレットと一緒に検査を受けてやると言い出してよかったと思えた。
「ポレット、ドレスすごく似合ってるぞ。可愛い」
「ポレット、かわい? えへへ……」
反省を活かして素直に誉め言葉を伝えると、ポレットは照れたように頬を赤くした。
やはり、女の子はたくさん褒めるべきなのだろう。リグはまた一つ学んだ。
◇
馬車で王城までやってきた。ついこの間来た時よりはマシだが、今日は陛下と謁見するとあってやはり緊張はする。
てっきり謁見の間に通されるのかと思っていたが、ポレットのことは内密に進めるとあって別室へ通された。
赤い絨毯が敷かれた広い部屋は、テーブルなどの家具が一切置かれておらず、余計に広く見える。
普段は大きなテーブルやイスが置いてあるらしいことは絨毯についた凹んだ跡でわかった。恐らく検査のために移動させたのだろう。
しばらくして、部屋に国王がやってきたことが知らされる。リグはさらに背筋を伸ばした。
ドアが開き、ゆったりとした足取りで国王が入室してくる。
姿を見る前から室内にいた全員が頭を下げたのに倣い、リグもポレットも同じように礼をして待った。
「よい。楽にせよ」
ほんの一言だけだったが、その声にはなんともいえぬ迫力を感じた。
一国の王が放つオーラとでもいうのだろうか、自然と彼を敬わなければという気持ちにさせられる。
両隣にいたモッシュやカオン、テオドールが姿勢を戻した気配を察知し、リグはポレットの背に手を当てつつ共に頭を上げた。
(この人が、国王陛下……)
こげ茶色の髪に混ざる白髪、モッシュほどではないが大柄でしっかりとした体躯、どこまでも見透かされそうな深い青の瞳。
その立ち姿もまた、王たる威厳があった。
しかし次の瞬間、そのオーラがフッと和らいだ。見れば国王は目尻を下げており、とても優しい笑みを浮かべている。
「今この瞬間から、君たちの言動に不敬を問わないと約束しよう。先ほども言ったが、楽にしてくれ」
「陛下っ……!」
国王の寛大な言葉に声を上げたのは、付き従う従者だ。しかし、それを国王は片手を軽く上げ、やんわりとたしなめた。
「作法とは、相手に礼を尽くす気持ちをわかりやすく表すものにすぎない。たとえ出来ておらずとも、それ自体を罪に問うというのは些か横暴だと私は常日頃から思っている。大切なのは気持ちであろう?」
大きな声を出すわけでも、厳しい声音であるわけでもない。
それでも、国王の言葉はじんわりと胸の奥まで響いてくる。
「どれほど素晴らしい所作で外側を取り繕おうとも、敵意が見える者もいる。その逆も」
ふと、リグは国王と目が合った気がした。
自分のような平民が、それも傭兵の子どもが国王と目を合わせるなんてそれこそ不敬ではと思ったが、そのリグの焦りすらわかっているとばかりに国王は目元を和らげている。
「私は人を見る目があるほうだ。これでもこの国の王なのだからな」
まるで、リグのことを信用していると言われたような気分だ。
自分はモッシュの保護下にある子どもというだけで、これまで接点などないというのに、とんだ勘違いだとわかっている。
それでも、そう思わせてくれる安心感があった。
モッシュが今の国王は大丈夫だと言い切った理由が、このわずかなやり取りだけでよくわかった気がした。
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