第36話 もう一人
玲奈は水森に、女子高生がかつての常連客であることは言わなかった。
自分と関わりがある人物だと思われたくなかったし、それがあの女子高生だと分かった時、ある可能性が頭を過ぎったからだ。
――マンションに火をつけたのは、この子かもしれない。
寮に火をつけたのは芥子麗奈だろうと考えていた。
玲奈が寮のどの部屋にいるのかを特定しようとしたのだろうと。
だが、そうなると同一犯の仕業といわれている二件目のマンションは誰が火を火をつけたのか。
芥子麗奈が自分が住んでいるマンションに自分で火をつけるとは考えられない。
マンションには芥子麗奈しか住んでいなかったということは、考えられるのは、他に放火魔が存在しているか、芥子麗奈に恨みを抱いている人物だ。
芥子麗奈に死んで欲しいと思っていた人物が、玲奈の他にもいたということ。
芥子麗奈に付き纏われていることを、玲奈は優奈にしか話していない。
芥子麗奈が玲奈に話しかけてくるときは、決まって、玲奈が一人でいる時だった。
聡太や登紀子、大学の友人らといない時。
一人で歩いている時、買い物をしている時が主で、玲奈がストーキングされていることを周囲の人間は知らない。
しかし、もう一人いたらどうだろうか。
玲奈は昔から、厄介な人間から好かれることが多い。
玲奈のストーカーが、もう一人存在していたら、そのストーカーは芥子麗奈の存在に気がつくはずだ。
刑事二人が帰った後、義父の誕生日会で、何気なく実里にあの時の女子高生はどうしているのか尋ねてみる。
「ああ、あの子なら確かにあれ以来、お店には来てないと思うわ。玲奈さんにフラれたから……常連さんだったのにね。でも……――」
実里は眉間にしわを寄せ、少し考えた後こう言った。
「夏頃だったかしら……? 何度かうちの近所で見たのよね。ほら、放火されたあのマンジョンの近くで……私、てっきりあのマンションに住んでるのかなと思ってた」
玲奈は確信した。
放火犯はやはり、あの子だと。
警察だって、馬鹿じゃない。
調べればきっと、あの子が犯人だと分かるはずだと、玲奈は思った。
そもそも、寮も、マンションも、病院も玲奈は火をつけていない。
それ以降、警察の方から新たに何か言ってくるということもなかったし、それで終わりだと思っていた。
出産を間近に控えた、一月。
病院の帰り道で、棚橋弘人に声を掛けられるまでは。
* * *
「え? 今、なんて……?」
その日、玲奈は一人で隣町の病院に。
聡太も一緒に来る予定だったが、母方の叔母が急逝した為、急遽熊本へ。
玲奈は身重である為、片山家で留守番。
もし留守中に何かあれば、隣に住んでいる実里や典子がいるので、頼ればいい。
後は帰るだけでよかったのだが、タクシーを呼ぶ前に突然現れた棚橋弘人に、大事な話があると車に乗せられたのである。
「このままだと、君が逮捕される。連続放火犯として」
「……は?」
何を言っているのか、理解するのに時間がかかった。
意味が分からない。
私は連続放火犯ではないし、犯人はあの女子高生のはずだと、玲奈は首をひねる。
「以前見せた、調剤薬局のた防犯カメラ。そこに、君の後ろを歩いていた少女がいただろう?」
「え、ええ。そうでしたね」
「実はあの時、すでに連続放火犯は君ではないかと俺も水森も疑っていたんだ」
「え……?」
「君は三つの放火があった場所すべてに関わっていた。火事で大半が燃えてしまったから、データの復元に時間がかかったが……まず、寮の防犯カメラにライターのようなものを持っていた君が映っていたのがはじまりだ」
女子寮の防犯カメラの復元できた映像は一部のみ。
火災報知器が反応する少し前、階段を降る玲奈の姿がはっきりと映っていたのだ。
火をつける瞬間をとらえたわけじゃない。
だが、手にライターと紙を持っているのは明確。
復元されたデータをすべて確認した上で、そんな怪しい動きをしていたのは、玲奈一人だけだった。
「その後、三件目の病院火災の時の周辺の様子を確認していた時、たまたま君を事情聴取した刑事が君を見つけた。だから、本当は、君が犯人である確証を得ようと任意の事情聴取をしたんだ」
二件目のマンションは、玲奈が良く通る場所の近くにあった為、玲奈の姿が近くの防犯カメラに映っていた。
厄介なことに、その防犯カメラは一部故障していてバグが起きていたらしく、カメラが記録していた日付に数日のずれが生じていた。
火災が起きた直前のものとされていたのが、芥子麗奈の目を盗んで、深夜に一人でカラオケに行った時のものだった。
秘密の祭壇を作るための道具を買って帰ったあの日である。
警察はこの映像から、三件の放火事件すべてに玲奈が関わっていると判断して、捜査を進めていた。
しかし、登紀子が玲奈の後ろを歩いている怪しい少女を指摘した為に、捜査は見直された。
今度はその少女の行動を、防犯カメラで追ったのだ。
都会とは言えない町ではあるが、病院がある周辺は比較的防犯カメラの設置されている店や建物が多く、数珠つなぎで辿っていくとその少女が玲奈のストーカーであったことが判明する。
その少女が通った道の先には、常に玲奈が数分前に通っていたし、玲奈が止まれば、少女も止まり、物陰に隠れる――ということを繰り返していた。
さらに、二件目のマンション火災の前までさかのぼると、玲奈が芥子麗奈に話しかけられている様子を物陰から、ものすごい形相で見ている様子も確認できた。
しかも、その日付のずれた防犯カメラには、その少女がマンションに火をつけた決定的な瞬間が映ってたそうだ。
「日付がずれていたことに気がついて、正確な日付と時間を割り出した結果、犯人はその少女で間違いないという結論になった。だが……」
大きなため息を一つ吐いた後、申し訳ないと頭を下げながら言う。
「犯人の少女は、逮捕できない」
少女の名前は、
十七歳。
とある大物政治家が溺愛している、たった一人の孫娘。
もう一人のレイナである。
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