第16話 度重なる不幸

 原田の母・永井ながい清子きよこは、脚の手術でしばらく入院していた。

 二月末から末娘と同居することは決まっていたし、それまで一人で暮らしていたこともあって、誰よりしっかりしている。

 元教師ということもあって、近所では困ったことがあれば近所の人たちが相談に来たりすることが度々あったくらいだ。

 健康にも日ごろから気を使っていた為、右脚を怪我をする前まで、病気なんて一切したことがなく、健康そのもの。

 入院の際、ついでだからと色々と検査をしたが、本当に脚以外は問題もなかったのだ。


 ところが、退院後の清子は、様子がおかしかった。


「――家の中に、知らない誰かいるっていうの」


 清子の教え子である実里は、葬儀に参列し、その日は午後から出勤してきた。

 そして通夜の際、原田から聞いた奇妙な話を玲奈にした。


「先に病院に迎えに行ったから、保育園にお迎えには行ってなかったのよ。だから家には原田さんと永井先生だけしかいない。最初は泥棒でもいるのかと思って、原田さんも家の中を見て回ったそうよ」


 ところが、いくら見ても、どこにも誰もいない。

 家の鍵は閉まっていたし、窓や勝手口の鍵も確認したが、すべて閉まっている。

 窓硝子を割られていたりする形跡も何もなかった。


 それでも、『知らない女がそこにいる』と清子は指をさして何度も言った。

 原田は清子が指さしていた方を見たが、そこには何もなかった。


「それから、娘さんを迎えに行って、すぐに帰って来たんだけど、娘さんの様子もおかしくて」

「娘さんも……?」

「あの年頃の女の子はとにかくよくしゃべるじゃない? 原田さんが夕食を作っている間もその声が聞こえていて、てっきり先生が話し相手になっているんだろうなと思っていたんだけど、先生はずっと毛布にくるまって震えていたそうなの」


 リビングのソファーは、背もたれを倒せばベッドとして使えるようになっていた。

 脚の手術をする前は、和室の畳の上に布団を敷いて寝ていたが、脚が不自由な今、それは難しい。


 これを機に、ベッドを買えばいいじゃないかと原田は提案したが、妹夫婦との同居が始まれば、妹が今使っているシングルベッドが使われなくなる。

 わざわざ買わなくても、それで充分だと清子が言った。

 引っ越してくるまでの二週間、リビングで寝ればいいだけだと。


「リビングにいた方がおトイレも近いし、お世話するにも楽だろうと思ってたそうなの。娘さんとも一緒にいられるしね。でも、娘さんはずっと一人でしゃべっていたのよ。まるで、隣に誰かいるみたいだったそうよ」


 変に思って、一体誰と話しているのか娘に訊ねると、「ママのおともだち!」と言って、きゃっきゃと嬉しそうに笑った。

 それでも、やっぱりこの家には他に誰もいなくて、原田は意味が分からなかったそうだ。


「それで、次の日の朝。原田さんと娘さんは居間の隣の部屋で寝ていたそうなんだけど、突然、叫び声が聞こえて」


 何事かと思って飛び起きると、手術した脚を引きずりながら、清子が奇声を上げていた。

 松葉杖を振り回しながら、殆ど何を言っているのか聞き取れなかったが「出て行け」だとか「ここは私の家だ」とか、そんなようなことを。


「あんなに取り乱した姿を見たのは初めてだったそうよ。何かに向かってずっと叫んでる。そのうち振り回していた杖がテレビに当たって、テレビが倒れてきて――」


 そのテレビのコードに躓いて、バランスを崩し、清子はぐるんと半回転。

 後に頭から倒れた。

 ドンっと鈍い音がして、清子はそれからピタリと動かなくなった。

 原田は慌てて救急車を呼んだが、ちょうどその時、近所で玉突きの交通事故が起こり、間に合わなかったそうだ。


「その後、急遽帰国した甥っ子も同じことを言ったそうなの。『あの髪の長いお姉さん誰』って」


 その子は小学生で、清子に似たのか勉強の得意な優秀な子だった。

 特に一度会ったことのある人の顔と名前は絶対に忘れない。

 だから純粋に、一年前に同じ場所で祖父の葬儀があった時には見なかった――知らない親戚のお姉さんがいたので、誰なのか訊ねただけだったが、その場にはいなかった。



 さらにその後、原田の周りで不幸なことが続く。

 原田の夫は交通事故に遭ったし、妹家族の乗った飛行機がエンジンから出火して火災にあったり、もう一人の妹は流産。

 娘は原因不明の高熱を出し、結局原田は当初の予定していた二週間以上休むことになってしまった。

 


 * * *



『良かったじゃない。お姉ちゃんが信之丞様にきちんとお祈りしたおかげよ』


 お祈りを始めて二週間が経った頃、玲奈は一人、またカラオケに行って優奈と話をした。

 前日に高校入試を終えているせいか、画面越しの優奈はどこかいつもより表情が晴れやかで、テンション高いようにも見える。


「何言ってるのよ。お祈りと原田さんの不幸に、何の関係があるのよ」

『え、お姉ちゃんこそ、何言ってるの? お姉ちゃんがきちんとお祈りしたから、信之丞様のお力でその細女を遠ざけてくれたのよ』

「……え?」

『だから、お姉ちゃんにこれ以上憑いてられなくなったから、その原田さんって人の方に行ったのよ。前に言ったでしょう? 自分の姿が視える人に憑りつくのよ。代わりを見つけて、そっちに行ったってこと』


 御札があるため、片山家の中に細女は入れない。

 玲奈も御札を持ち歩いているため、ついて行くことはできるが、近づけず、憑りつくとまではいかない。

 さらに、玲奈は店にも念のため御札を貼っていた。

 店の中にも入れなくなってしまった細女は、自分と一度目が合ったことのある原田に憑りついたのだ。


『度重なる不幸ってね、たいていはそういう悪いものが家に居座っているのが原因なの』


 家は、一種の結界。

 原田の家にも、実家である永井家にも、仏壇や神棚はなかった。


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