真夜中にしか会えない僕ら

のつわた

第1話

「上島、寝れてねーの?」


 始業前の教室。席で荷物の整理をしていると、上から声が降ってきた。


「クマ、ひどくね?」


 見上げれば友人が、目の下を指でトントンと叩いている。


「んー……夜中、結構出歩いてるから」


「マジかよ! お前、案外不良だなあ」


「やだなあ、散歩してるだけだよ。この辺りのこと、まだ分かってないから」


「そっか……いや、そーゆーの昼にしとけよっ。夜にウロウロしてっと、補導されるぞー?」


「それは困るな……」


 だろー、と言って笑われた。


「今度の休み、ヒマ? 良かったらオレ、案内するけど!」


「本当?」


「やめとけって、上島」


 話に入ってきた男が、隣の席に断りなく座る。


「コイツに任せると、キラキラした石が拾える川原とか、滑り台がオニ面白い公園とか、ガキっぽいとこしか教えてもらえねーぞ」


「んだよ! あの公園、借りれるチャリの種類もやべえんだぞ! もうお前なんか連れてってやんねー!」


「……遊び場だけじゃなくて、服とか文房具とか、どこで買ってるか教えてほしいんだけど」


「安心しろ。俺が教えてやる」


「ありがと」


 得意そうに胸を叩く友人を、頼もしく思う。


「ところで、その席、勝手に借りて大丈夫?」


「いいんだよ。白鳥、どうせ今日も休みだろうし」


「アイツ、来なくなってからどれだけ経ったっけ」


「忘れた」


「ってか、どんなカオしてたっけ」


「お前、ソレひどくね」


 彼らが好き勝手語るお隣さんの姿を、僕は一度も見たことがない。


 この町に来て日が浅い僕には、知らないことがたくさんある。クラスメイトの名前と顔はほとんど一致してないし、先生だってそう。学校の構造も覚えてないから、誰かと一緒じゃないと移動教室が不安でしょうがない。ああ、部活の見学もしないと。


 そういう細々したことを一つ一つ乗り越えて、やっと学校から解放される時が来た。


 友達と別れて、家までの道を1人歩く。左右を流れる街並みも、カンカンと音を立てて昇る階段も、『上島』の表札がかかったこの玄関も、どれもまだ見慣れない。


「ただいま」


 学校指定の真っ白な靴を脱ぎ捨てながら呼びかける。


「お帰り。学校はどう?」


 台所から飛んできた声に、まあまあ、と返す。


「今度の休み、町を案内してくれるって」


「あら、良かったわねえ」


 すれ違ったお母さんの横顔が笑っていたので、ホッとする。安心させる話題を提供できて良かった。


「ご飯、もうすぐできるからね。着替えてらっしゃい」


「うん」


 廊下の突き当たりにある自室に入り、これまた学校指定の野暮ったいリュックを床に置いて、普段着に着替える。荷解きが終わっていない部屋の中は殺風景で、マンガやらゲームやらの大半は、片隅に置いた段ボールの中にしまわれたままだ。今週末には手をつけようとしてたけど、予定が入ったのでまた延期かな。


 小さい頃から繰り返してきたから、引っ越しには慣れている。それに伴う、人間関係のリセットも。自分無しで成立していた輪の中に、和を乱さないよう入り込んでみれば、周りは存外優しくて、受け入れてもらってはいるけれど。


「気疲れは、するんだよなあ……」


 制服を壁に掛け、敷いたままの布団に横になる。お互いにとって心地よい距離感なんて、時間と経験の中で測っていくもので、知り合って間もない人間同士に、それを求めるのは酷だ。分かってはいても、こうして1人になると、無理した分の疲れが体にのしかかる。


 置いたままの鞄の中で、携帯が鳴動している。友人からのメッセージを受信したんだろうけど、確認するのが面倒だ。


 こんな気持ちになった時、僕は決まって、散歩したくなる。


 食事と入浴を済ませ、あとは寝るだけというタイミングで、両親を起こさないよう、こっそり家を抜け出す。

 暦の上ではすっかり秋だというのに、照りつける日差しに衰えが見えない日中と違って、夜はだいぶ涼しくなる。じきに上着が必要になるだろう。まあ、今はまだいらないけど。


 夜の散歩は好きだ。暗くなった道は、目に映る物全てが曖昧になって、どの町に行っても変わらず僕を受け入れてくれるから。


 そして……いつもの場所に辿り着く。


 周囲を木々に囲まれた、人気のない一本道。時を止めたまま忘れられた時計台。『彼女』との待ち合わせ場所だ。


「おはよう」


 古びた時計台から声がする。その陰から、黒髪を風になびかせて、少女が顔を出した。


「いつも思うけど、こんな真夜中に『おはよう』って、どうなの」


「えー」


 唇を尖らせた少女は、白いワンピースを揺らしながら、こちらに近づいてくる。


「私にとっては、今から一日が始まるんだもん」


「なるほど。だって君は……」


「幽霊だから!」


 僕と『幽霊』は、笑い合う。

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