3.血濡れの絶叫

フィラシ教ミツル村神殿。

小高い丘の上にあるその場所はフィラシ教徒が毎朝女神に祈りを捧げる場所である。

繊細な彫刻が施された純白の柱は陽の光を反射して輝き、大きな黄金の鐘が新しい一日の始まりを告げる。

神殿は村人たちにとってかけがえのない場所だった。

――あの日までは。

  




  

化け物から逃げているユタたち4人は土煙を上げながら細い道を駆け抜け、野原の花びらを散らしてその神殿を目指す。


「見えた!」

先頭を走るリズには神殿の白い輝きが見えたようだ。

後ろには意識を保つので精一杯のハティを背負って走るトーリ、そのトーリを支えながら化け物を警戒するユタが続く。


《油断しちゃダメだよ、ユタくん!まだ追ってきてる!》

ユタはサンの声を聞いてチラッと後ろを見る。少し後ろを走って追ってくる化け物の頭がかすかに見えた。巨大なはねのせいか足はそんなに速くないようだった。

  

「結界の中に走り込め!」

ユタのかけ声とともにさらにスピードを上げて、女神像で区切られた領域内に走り込む。


「ここまでくれば……!」

ユタは迫りくる化け物の方を振り返る。

毛に覆われた頭、気持ち悪く黒光りする腕、虹を閉じ込めたはねの煌めきが大きくなっていき――





化け物が、結界内に侵入してきた。


 

「えっ……」

4人は言葉を失った。


「どうして!村人しか入れないはずなのに……!」

リズの絶叫が辺りに響き渡る。



神殿の入り口はひらけており、隠れられるような場所はない。


疲れ切って足を止めた4人にチロチロと先の割れた舌を出しながら化け物が近づいていく。



勝利を確信した化け物は一歩、また一歩、のろのろと勿体ぶって地面を踏みしめる。


何を考えているのか、ユタの前で立ち止まる。

不気味な笑みがユタの眼前にぐっと近づけられる。

甘い、蜂蜜みたいな香りと鉄の匂いが混ざり合ってむせ返るような香りを放っている。


ユタは腰を抜かして目を大きく開くことしか出来なかった。

 

「……サ……す、テ……」

掠れた声がユタの鼓膜を揺らす。


「今、何か言ったのか……?」

 

《ユタくん!そいつは話が通じない!気のせいだ!》 


刹那、化け物の腕が伸びてユタの体を掴む。

 

「離せよ!」

ユタは拳を握りしめて岩のような黒い腕を力いっぱい殴りつけた。

ドン、ドン、ドン。


化け物はユタの抵抗にびくともせず、さらに手を伸ばす。




リズを掴む、その瞬間

スパッと腕が切り落とされた。


 

「君たち!大丈夫か!」


「騎士さま!ありがとうございます!」

騒ぎを聞きつけた教会の騎士たちが駆けつけたようだった。

リズは騎士たちの後ろに下がり、再び意識を飛ばしたハティを抱えたトーリの元へと駆けていく。

 

「ユタを……助けてください。」

桃色の瞳に雫を溜めた少女の懇願に、騎士たちは力強く頷く。 

  

腕を切り落とされた化け物ははねをはためかせて怒り狂っていた。

切られた腕はさらに太く再生し、身体全体がメキメキと音を立てて強化される。

皮膚の波打ちが収まった頃には、神殿よりも遥かに巨大な姿となって騎士を凝視していた。


「行くぞ!」

騎士たちが一斉に飛びかかる。ある者はユタを掴む腕を狙い、ある者は足を狙って体勢を崩そうとする。

一糸乱れぬ連携にさすがの化け物も叶わないだろう。

その場にいた人の誰もがそう思っていた。



化け物は守りの姿勢も見せず、無防備な姿を晒している。

ある騎士は戦場に適応できない化け物を嘲笑たあざわらい、「次は化け物なんかに生まれてくるなよ」と心の中で慈悲をかけながら首を切ろうと刃をかけ――


逆に体を刺された。 



騎士達は全滅した。 

 

近づいたが故に、化け物が突然皮膚を変形して作り出した毒針を避けられなかったのだ。


「……ぁ、アァアァア!!」



血濡れた戦場に響き渡るは、少年たちの絶望の叫び声。

頼れる者、守ってくれる者のいなくなった世界では、彼らは余りにも弱い存在だ。


 

 

邪魔する者がいなくなった化け物は、怯えた3人を残りの腕で掴む。

4人を捕らえた化け物は、後ろへ振り向いて丘を下り始める。



「どうして……?何処かにつれて行こうとしているのか……?」

ユタは化け物の謎の行動に混乱した。


《ユタくん、ごめん。ボクにはどうしようもないできない……》


「何言ってんだよ、サン。何で謝るんだよ……」


サンの突然の謝罪は、何を意味してるのか。

その答えは、既に始まっていた。

  

 

化け物が一歩地面を踏みしめるたび、花はひしゃげて道端の柵はバリバリと音を立てて崩れる。 


絶望の歩みは、止まらない。

 


ユタたちが一度別れた地点を過ぎ、ユタがサンと話しながら歩いていた道の方へ――ユタの家の方へ進んでいく。



「止めろ!そっちへ……行かないでくれ……」


絶望の歩みは、止まらない。



地を揺らす轟音に家を飛び出した人々が、化け物の足の裏で悲鳴を上げる。

3件隣のマーサおばさんの家が踏み潰される。

きっと、足の悪い彼女は逃げられず、愛用のふかふかの椅子に揺られながら、その時を待つことしか出来なかっただろう。


「止まれ!止まれ!」

拳を振り回し、体を激しく動かして化け物の手から脱出を試みるも、失敗に終わる。



絶望の歩みは、止まらない。



「ユタ!」

化け物に囚われたユタを見た父が、愛用のノコギリで化け物と戦おうとしている。

母が化け物の足元に食器、包丁、鍋を投げつけて歩みを止めようとしている。

 

「父さん!母さん!逃げ……」


化け物が地面ごとを蹴り上げて、愛しい家族が土煙の中に消えた。


  

「う、うぁアァァァァ!!」



絶望の歩みは、止まらない。 



化け物はユタの全てを破壊した。


大好きな家族。

いつも一緒に遊んでくれた近所の友達。

乱暴だけど頼りになった自警団の男衆。

おしゃべりな井戸端のおばさんたち。 


――大好きなみんなは、もういない。


  

祭りの日に篝火かがりびを焚いて踊り狂った広場。

道行く人とあいさつを交わした大通り。




――大好きな場所は、壊された。




「ウアァアァア!」


さっきから聞こえる獣の叫び声が、ユタ自身の喉から出ている絶叫だと気づいた頃には、瓦礫と肉片が散らばる悲惨な状態だった。



ミツル村の平和な日常は、終わりを迎えた。

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