第4話 龍太の部屋

「で、何しに来たのよあんた」


「実家に顔を出そうと思って」


「……やっぱり親への挨拶かい?」


「違う! これはその……」」


「突然のことですみません、お母さん。私たちの結婚を許してください」


「だから結婚の挨拶じゃないってば! 難解小説ぐらい話がややこしくなるから、ちょっと黙ってて!?」


 真剣な顔で母親に結婚の許しを乞うリアラ。

 暴走し過ぎだ……少し頭を冷やしてもらわないと。


「と、とにかく、上の部屋に行こう」


「お兄ちゃんの部屋……‼」


 リアラは俺の部屋に入れるのが嬉しいのか、紅潮して鼻息荒くしている。

 母親はジト目でこちらを見ており、俺たちの関係を疑っているようだ。


 実際のところ、つい先ほど再会しただけの関係に過ぎない。

 リアラからすれば俺は想い人だったみたいだけど……

 嬉しいけど、なんだか悪い気がするな。


 今は無職で、元から誇れるものは何も無いのに。

 こんな状態の俺なんて、リアラはきっと幻滅するだろうな。


 でもその方がいいかも知れない。

 歳も離れているし、彼女のためを思うと嫌われるのが正解じゃないか。


 胸に少し痛みを覚えながら、俺はリアラを自室に招き入れた。


 社会人になるまで生活していた俺の部屋。

 勉強机にベッド。

 部屋の隅には高校の修学旅行で買った木刀が立てかけられている。

 青いカーテンの向こうからは、温かい光が確認できた。


「ここがお兄ちゃんの部屋!」


「あ、ちょっと」


 リアラはまるで猿のように宙を飛び――ベッドの上に寝転ぶ形でダイブする。

 そのまま枕に顔を埋め、極限を超えた勢いで深呼吸をしていた。


「お兄ちゃんの匂い……は、あまりしない!」


「そりゃそうだろ。ここで生活してたのは13年前までだし」


「残念。でもお兄ちゃんを感じられるような、そんな温もりがあります。これなら100万円で買い取りましょう」


「どこのリサイクルショップ店員だ!? そんな価値あるわけないだろ。店なら大損害を被るところだ」


 枕に鼻を押し付け、リアラはその体勢を崩さない。

 そのまま会話をするらしく、俺は呆れながら口を開く。


「あのさ、子供の頃に約束は確かにしたけど……でも今はこんなおっさんだぞ」


「渋い。カッコいい。パーフェクト」


「君の目は節穴か!? どこがいいんだよ、こんな男」


 アイドルを見る女性ファンのような目。

 いや、アイドルはそっちだからね。

 可愛い子にそんな目で見られるのは嬉しいけど、でも俺に思いを寄せるなんて気の迷いでしかない。


「俺とリアラじゃあ釣り合わない。だから俺のことは諦めてくれ」


「私、もっといい女になるから!」


「違う違う! 逆だから、俺の方が釣り合ってないんだよ」


「釣り合ってる! 私それなりに人気あるし、お兄ちゃんと釣り合ってるはず。釣り合ってなかったらもっと頑張るから」


 必死なリアラを見て、俺は顔を引きつらせる。

 この子の判断基準はどれだけ狂ってるんだ。

 リアラが100点だとすると、俺なんて2点ぐらいが良いところだ。

 

 釣り合うところか、天秤が傾き過ぎて壊れるレベルだぞ。


「リアラ。冷静に話を聞いてくれ。俺は無職でおっさんで……価値なんて無いんだよ。それに対してリアラは可愛いし、アイドルだし、誰もが憧れる存在だ。リアラはもっと他の――」


「可愛い……お兄ちゃんにそう言われたら嬉しい。普段は何とも思わないのに好きな人から可愛いって言われると、こんなに嬉しいものなんだね」


 ダメだ、話にならない。

 恋は盲目というが、これは盲目どころか幻覚を見ていると言ってもいいぐらいだ。


「年齢の差は?」


「何それ。法律で禁止されてるの?」


「いや、されてないけど」


「じゃあいいじゃん」


 いいのか?

 リアラの笑顔を見ていると、実際にいいような気がしてきた。


「でもな……無職だし」


「私が稼いで、お兄ちゃんが家のことをしてくれたらいいよ」


「それは……どうなんだろう」


「悪くないと思う。うん、そうしよう。だから今すぐ結婚しよ!」


 リアラの勢いに頭がクラクラしてしまう。

 動画ぐらいでしか知らなかったけど、氷の女王はどこに行った?

 これじゃ恋に全力で突っ走る、普通の女の子じゃないか。


「それは話が早過ぎる」


「早いって言っても、15年も待ったんだよ?」


「待ってたの?」


「待ってたの! どこにいるか探してたし……こうやって再会できたのも運命なんだよ」


「運命なの?」


「そう、運命。私たちは出逢うべくして出逢ったソウルメイト。前世でも結ばれてたんだから」


「まさかの占い師だった!? いやいや、前世のことなんて知らないだろ」


 彼女のどストレートな言葉に、全てが正しいような錯覚を覚える。

 でも違う。

 前世のことなんて分かるはずがない。


 しかし完全にリアラのペースだな。

 このままじゃ結婚を許可してしまいそうだ。


「どうすれば諦めてくれるんだ?」


「諦めない。私、お兄ちゃんと絶対に結婚するから。再会してその気持ちが間違いじゃなかったって分かったし」


「はぁ……とにかく、今すぐに結婚なんて無理だ」


「なんでぇ!?」


「だってそうだろ。俺は無職だしさ……主夫って選択肢もあるけど、それを決めるのは早すぎる。それにリアラはアイドルだ。恋人なんて発覚したら、色々と問題があるだろ」


 リアラは自分がアイドルだということを忘れていたかのような顔をして、ポンと手を打つ。


「そんな問題もあったね」


「大事な問題だろ!? 何で忘れられるんだ」


「まぁ、障害が大きい方が成長できるし?」


「いや、障害というか、ファンのことを考えたら付き合うわけにはいかない。アイドルって、疑似的な恋愛を提供するというか……恋人がいないアイドルだからこそ推すってこともあるし。だから恋愛禁止が基本だろ」


「うん。恋愛禁止になってる!」


「じゃあダメだろ!」


 やっぱり恋愛禁止になってるのか。

 それでも俺と付き合うと?

 アイドルとしては、危険な道を進んでいるのでは?


「でも結婚は禁止されてないから」


「そんなとんちで逃げ切れるほど甘くないと思うぞ。交際ゼロ日婚ってのも聞くけど、それでも裏切られた気持ちになるんじゃいかな、ファンは」


「そう言われても……じゃあ私のこの気持ちはどうすればいいの!?」


 リアラはベッドから立ち上がり、自分の胸に手を当て絶叫する。

 彼女の強い思いを感じる。

 でもここで「YES]と即答できるほど俺の覚悟は決まってないし、彼女の活動のことを考えるとどうしても言えない。


「リアラの気持ちは嬉しい。でも今すぐに答えを出せるような簡単な話じゃない」


 彼女は結婚すれば簡単な話と言いたいところだろうが、俺は話をそのまま続ける。


「だから、もう少し時間をかけて話をしよう」


「時間をかける……そうしたら、お兄ちゃんと結婚できるの!?」


「まぁ、その可能性も無きにしも非ず……約束したしな」


「約束は守らなきゃだもんね! うん、結婚を進める話を、時間をかけてやっていこう」


 結婚しか頭にないらしく、彼女の頭の中にはそれ以外の選択肢は無いようだ。

 でもこれで少しは考える時間ができる。

 その間に就職できたらあるいは……


 そんなことを考えどこか安心していると、リアラは唐突に背中からベッドに倒れ込む。


「へへへ」


「何?」


「今日はとりあえず、初夜だけにしておこうか」


「初夜にしないよ!? 何言ってんの本当に」


「でも結婚したらいずれすることだし?」


「結婚したらな。はぁ……話し合いはどこに行ったんだ」


 話し合いをすると決めた瞬間から話し合いにならないリアラ。

 これからこの子とまともな会話をしていけるのだろうか。


 嬉しさ半分、不安が半分。

 だけどあの頃と変わらない……いや、あの頃よりもずっと綺麗になった天使。

 口には出さないが彼女との再会は、胸を熱くさせるものがあった。

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