悪の人材派遣会社ヘルワークス、今日も世界を回します

緑色shock

第1話:『怪人派遣、承ります』


「お電話ありがとうございます!悪の人材派遣会社ヘルワークス営業三課の日下部です。はい、はい、魔王城の門番をお探しですか。承知いたしました」


 白い壁に囲まれたオフィスに電話が鳴り響く。各席から社名を名乗る元気な声が発せられ、そのまわりでは慌ただしく書類をかき集めては部屋を走り回る者がいる。そんな中、一通りの応対を済ませた眼鏡の男…日下部は、もはや彼のルーティーンと化した愚痴を垂れ流していた。


「何回目だここの魔王軍からの求人!うちのこと便利屋か何かだと思ってるだろクソ!」


 頭を搔きむしり声にならない奇声を流す日下部のすぐ後ろの席からは、後輩の「先輩うるさいです!!」の注意が飛ぶ。ここまでが基本の流れだ。青筋を立てながら、日下部は目の前の画面に血走った眼を走らせる。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【依頼データベース】

顧客No.N-127

依頼世界:N-27-Y

依頼人:魔王軍バルド

依頼内容:魔王城の門番1名

特記事項:クレーム23件、未払い1件

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 日下部はコーヒーとともに「最悪」と言葉を飲み込んだ。


 《ヘルワークス》…稼働率は常に100%を超え、社員のクマの濃さも同じくらい超過している人材派遣会社である。業務内容はいたってシンプル、【多重世界から集まる依頼通りに悪の人材を派遣する】ことである。つまりは派遣登録会社だ。優秀な人材が欲しい悪の組織、そして悪の組織で働きたい求職者が会社のシステムに登録され、幾度かの面接や調査・審査を経てマッチングされる仕組みだ。


「え~!先輩、またその星の魔王軍からですか?そこ、勇者側が強すぎるんですよね…」

「滅亡も時間の問題だな」

「マジそれなです~」


 入社当時は担当した案件の世界が滅亡した時には涙を流していた後輩も、今はこの調子だ。悪の滅亡も、死亡も、ましてや世界丸ごと消失することもこの時代珍しくはない。勇者を派遣するサービスを展開している別会社とたまに顔を合わせるが、面白いことに"そちら"も多忙を極めているようで、会社が悪の組織かと勘違いするくらいのブラックさを醸し出していた。どこも人手不足なのであろう。


「ま、クライアントはクライアント。正義だろうが悪だろうが、仕事は仕事。やるしかねえな」


 後輩の気の抜けた「ですね~」を背後に、日下部はPCや必要な書類を手に席を立つ。急ぎの案件は当日中に詳しい依頼を聞かねばならない。廊下の先に立ち並ぶいくつもの個室、そのうちの一つに入り腰を下ろす。壁に取り付けられた大きな画面と机の上の機械により、別世界との交信が可能なのだ。



「いつもお世話になっております~日下部でございます~!」


 つい先ほどまでとは打って変わり、さわやかな営業スマイルで画面の向こうへ挨拶をする。笑顔の裏では(スムーズに終われスムーズに終われ)と日下部は願いを込めていたが、相手の小難しそうな顔を見て、ああ今日も駄目そうだと悟った。


『こちら、魔王軍人事部のバルドだ。休暇中の門番が街で勇者に見つかり消され、また欠員が出た。戦える奴をすぐによこしてくれ』

「すぐに、ですか」

『期限は明日の日没までだ。勇者パーティが近日攻めるとの情報が入っている。早急に――』

「超ブラック案件じゃねえか」

『何か言ったか?』

「いえ」


開いたPCに内容を打ち込みながら、何度か言葉を交わす。給与や待遇、望まれる性格や能力をすり合わせておかないと、のちのち双方のクレームに繋がるため最初の認識合わせが何より重要なのだ。


「ちなみに、条件面、労働条件を改めてお聞きしたく」

『前回の依頼時と変わらん。命懸け、闇属性持ち、24時間勤務。ちなみに保険適用外だ」

「すげぇなオイ」


日下部とはまた違う部署からも「労働」に関する指摘が入りそうな職場ではあるが、なんとこのような条件下でも希望する人材がいることがままある。「それでは照合後に改めて連絡を」と約束し、打ち合わせは終了となった。



「一人目、火炎放射器内蔵型スライム…面接態度良好、特記…優しすぎて勇者と友達になりがち…却下。二人目、元幹部…闇魔法で自爆癖あり……却下」

依頼内容をもとに求人が出ると、登録者から応募が集まり、そこから適応者を選別する作業に進む。ありがたいことに応募者ゼロなんてことは、勤務10年目にもなる日下部でも経験したことが無い。しかし、逆に「こいつ本当に募集内容確認したのか?」といった不一致な能力の登録者からも手が挙がるのが悩ましいところだった。


「…ん、こいつはなかなか良いかもな」

データベースのさまざまな条件でフィルターをかけた中、日下部の目に止まった登録者が一人。


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【登録者データベース】

氏名:怪人モル男(かいじん もるお)

特技:闇、地面系の戦闘

一言コメント:「なんでもやります」

特記事項:登録1か月未満

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「よし、こいつに決めた。早速モル男に連絡して…ああ、あと出張の届け出を出さないとだな」



 依頼をもとに登録者が決定されると、登録者の情報を依頼元に共有するとともに、初日の出勤日調整が行われる。特に問題が無ければこの一連は1週間ほどのスケジュールで進むのだが、今回は急ぎ案件ということで翌日には手配の流れとなった。

 見慣れぬ空と地面の色、枯れた木々。日下部の営業スマイルの下では果てしない面倒くささとため息が隠されている。…というのも、登録者の初日出勤日には営業担当も共に現場へ行くことが決まりとなっているためだ。依頼世界N-27-Yの魔王城の前…威圧感を感じるその場所で、浮足立つ怪人が明るい声で日下部に向き直る。


「いや~!!登録してすぐだったんで採用されたことにびっくりですわ~!来月の家賃支払いが危なかったんで、マジ感謝感謝っす。あざぁっす!」

「ええ、ええ、こちらとしても良かったです。頑張ってくださいね、何かあれば遠慮なくご連絡を」

「承知しやしたぁ!」

(命懸けだけどな…)


その後、担当のバルドがやってきて改めて条件面の照らし合わせをしつつ、書類に両者からサインをもらって日下部は会社へ戻ることとなる。会社の座標が登録されている転移システムを起動すると、おおよそ5秒ほどであらびっくり、帰社という流れだ。


「あ、先輩戻ったんですね。おかえりなさ~い。どうでした?」

「どうもなにも、あとは研修してもらって育ててもらうしか。俺たちにできるのはここまでだ。マジで何も起きなければいいんだけど」


椅子に背を深く預け天井を見上げ、眼鏡がずれ落ちる。「それもそうですねぇ」なんて軽い返事をした後輩は、直後にかかってきた内線に出るためまた背を向けた。数分うなだれた後、再度日下部は姿勢を戻し画面に向き直った。仕事はしなくてはいけないのだ、正しい会社員でいるために。

 しばらくすると、直属の上司の声が遠くから飛んできた。


「おい日下部!N-27-Yのバルドさんから電話!」

「は?!さっき帰ったばかりだぞ?!業務妨害だ!何用だ?!」


顧客に対して口が悪すぎると通りかかった別の上司に頭をはたかれたが、日下部は怒りのまま受話器を手に取りボタンを押す。大きく咳払いをして、「日下部ですお電話変わりました」と営業ボイスを高らかに披露してみせると、被せるようにバルドの怒号が耳を貫いた。


『君が派遣したモル男が討伐された!新しい人材を寄こしてくれ!!』

「は、え、初日どころかついさっきお送りしましたよね!?まだ現場説明すら終わってないですよね!?研修期間だってまだ……」

『勇者一行が攻め込んできたのだ!!責任は取ってもらうぞ!!』

「いやいやいやいや、お、落ち着いてください、新しい人材が必要ならまた改めて依頼を、」


──と、日下部が急いで状況確認を依頼するまでもなく、電話の向こうで「ぎゃあ!」というバルドの悲鳴が響き渡った。日下部の耳を破壊するほどのその声は、周囲の席にも聞こえたらしく、後輩を含めて数人が日下部を見やる。数秒して、ゆっくり受話器を置いた日下部が一言、


「勇者に攻略されたようです…」


と零すと、周囲から「あ~……」と落胆の声が続いた。

日下部は右のこめかみを痙攣させつつ、データベースを睨みつけながらタイピングする。


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【顧客データベース】

世界:N-27-Y

依頼人:魔王軍バルド

状況:討伐(更新)

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「またタダ働きかよ!!!勇者タイミング読めよォ!!」


広いフロアに、日下部の絶叫が響いた。

それでも悪の人材派遣会社ヘルワークスの仕事量は変わらない。今日もどこかで世界は誕生し、悪も働いているからだ。


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