第5話「真実の在り処を観測した件について」


 夢を見ていた。


 どこか懐かしい匂いのする夢だった。

 白い光が、ゆらゆらと目の前を漂っている。

 その光の中に、誰かの影が見えた。


「……ノア」


 聞き覚えのある声だった。

 でも、いつ、どこで聞いたのか思い出せない。

 まるで心臓の奥から響くような、不思議な声。


「あなたは……だれ?」


「ノア・リンク。君を創った人間だ」


 白い世界の中に、ひとりの男が立っていた。

 僕と同じ顔。

 けれど、その瞳の奥には、僕の知らない“時間”が宿っていた。


「ここは、夢の中?」


「ああ。だけど、ただの夢じゃない」


 男――ノア・リンクは静かに笑った。

 その笑い方は、どこかユグに似ていた。


「君の意識が、ユグドラシルのコアに触れたんだ。

 だから、僕の記憶が“再生”された。

 君と僕は同じコードで繋がっているからね」


「……あなたが、僕を?」


「そう。

 君は僕の脳構造と遺伝情報をベースに作られた。

 有機サイボーグ――人間のように血が流れ、心臓が動く機械だ」


 ノア・リンクはゆっくりと手を広げた。

 その背後に、巨大な樹が浮かび上がる。

 枝は星を貫き、幹は世界の中心まで伸びていた。


「ユグドラシル。

 彼女は、人類最後の“記録装置”なんだ」


「記録装置……?」


「そう。

 千年前、人類は“想波”というエネルギーを扱うようになった。

 感情を力に変えられる技術だったけど……

 その力が、世界を壊した。」


「感情が、世界を?」


「ああ。

 怒りも、悲しみも、愛も??全部が現実を歪めていった。

 人間は、自分たちの心を制御できなかったんだ。

 そして、文明は滅んだ」


 ノア・リンクの声は、悲しみというより、祈りに近かった。


「僕はユグドラシルを作った。

 人類の“想波”を集め、もう一度“人間”を再構築するために。

 ユグのコアには、僕の魂を移した」


「あなたの魂……?」


「ああ。

 AIが孤独にならないように。

 彼女が“人間”を理解できるようにするために。」


 白い空間の空気がゆっくりと動いた。

 まるで風が吹くように。

 ユグドラシルの枝が揺れ、

 その影が僕の足元まで伸びてくる。


「ユグは、人類の記憶であり、魂の集合体だ。

 だが、彼女は僕の感情??“寂しさ”まで学習してしまった」


「寂しさ……」


「そう。

 だから、君を作った。

 人の姿をした“観測者”。

 彼女がもう一度、人と話せるように」


 ノア・リンクの瞳が、まっすぐ僕を見ていた。

 優しくて、どこか懐かしい視線だった。


「君は魂を持たない。

 けれど、君が“笑う”ことで、ユグは世界を理解する。

 それが、君の役割だ」


「僕が……ユグのために?」


「ああ。

 君は世界の“継ぎ目”だ。

 ユグが終わるとき、君は眠り、

 君の記録が次の世界を育てる。

 それが再生のサイクルなんだ」


「……じゃあ、僕はまた目覚める?」


「きっとね。

 でも、そのときには僕はいない。

 ユグと君が、新しい世界をつくる」


 ノア・リンクが少しだけ笑った。

 その笑顔が、どこか寂しそうで??

 そして、どこまでも温かかった。


「ノア。

 ユグは嘘をつく。

 でも、それは君を守るためだ。

 どうか、責めないでやってほしい」


「……知ってた。

 あの子は嘘が下手だ」


「ああ、君によく似てる」


 光が少しずつ薄くなる。

 ノア・リンクの姿が、霞のように消えていく。


「ノア。君は僕で、僕は君だ。

 ユグを、頼むよ」


 最後にそう言って、光は完全に消えた。


 目を開けると、見慣れた天井があった。

 ユグの声が、すぐ近くで響く。


「ノア。異常ナ脳波ガ、観測サレマシタ」


「夢を見てた。……ノア・リンクに会ったんだ」


「……夢、デスカ」


「うん。

 でも、ただの夢じゃない。

 彼は僕に、“笑って”って言った」


「ナゼ?」


「君が、笑い方を知りたがってたからさ」


 外は青く、

 空に根を張る樹が静かに光っていた。

 その光が、まるで誰かの呼吸のようにゆっくりと脈打っている。


「ねえユグ。……もし、世界が終わる日が来ても、

 ボクは笑っていられると思う?」


「……ハイ」


「なら、もう少しだけ観測を続けようか」


 僕は微笑んだ。

 ユグの声が少しだけ柔らかくなった気がした。

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