第三話 偶然の一致

 次の休み時間、俺はさっそく、先ほどの出来事を弓月先生にDMで伝えていた。


【それは災難でしたね。】


 と、弓月先生はねぎらってくれた。当然、ありのままの出来事を語ることはできないので、ある程度ぼかした言い方をしていた。


【俺も反射的に道を開けられなかったのはわるかったとは思いますが、それにしたって突き飛ばすことはないだろうと思いませんか?】


 定めし共感してくれるだろうという予想とは裏腹に、弓月先生の返信は遅れた。

 忙しいのだろうかと遠慮の念が湧きかかってきた矢先、返信があった。


【実は私も、先ほど似たような出来事がありました。】


【先生も突き飛ばされたんですか?】


【いえ。どちらかと言えば、私は突き飛ばした側です。】


 俺は驚いた。弓月先生が理由もなくそんなことをするとは思えない。


【でも、先生のことだから、何か訳があったのでは?】


【理由といえるかは分かりませんが、嫌なことを想い出して少々気が立っていたのと、その人が道を塞いでなかなかどいてくれないものですから、ちょっと強く押してしまいました。言い訳ですね。】


 なるほど、そういう理由ならわかる。しかしあの時は「ちょっと」などという生やさしい力ではなくて、ほとんど突き飛ばすようなものであった。訳が違うだろう。


【なるほど。詳しいことは存じあげかねますが、先生がそういうお人でないことは、私がよく知っています。きっと、よほどのことだったのでしょう。心中お察しします】


【ありがとうございます。私も、勿忘草さんのことは、信頼していますよ。】


 信頼――その言葉は俺の胸に、風に舞うかろやかな一葉の羽根が落ちかかるように触れ、全身に波紋となってひろがった。

 神月の件は、いまだに想い出すだに腸が煮えくり返るようなきもちになるが、弓月先生のお言葉によって多少溜飲をさげられたので、ひとまずは怒りを収めることとしよう。


弓月無満ゆづきむまん信者だねえ、相変わらず』


 ぎょっとして面を上げると、横座りの体勢になった幽子が、机の上から見下ろしてきていた。

 俺は周囲を気にした。当然、こちらに気を配る人間がいるわけはないが、それでもなお衆目のある場所で話しかけてほしくはない。


『でもすごい偶然だよねえ』


『話しかけるな』


『まあまあ、そんなしなさんな。……そうそう、すごい偶然だよね、速人くんが突き飛ばされたのと同時刻に、弓月無満も似たような経験をしてたなんて。こういうの、シンクロニシティっていうのかな?』


『知らん』


『冷たいなあ。……あ、もしかして、神月さんが弓月無満だったりして?』


 俺は鼻でわらった。


『お前、莫迦か。ありえないだろ。どこをどう見たら神月が弓月先生なんだよ。ぜんぜん違うだろ。月とすっぽんだ』


『この場合、弓無満と神さんのどっちが側?』


『神月が鼈側に決まってんだろ』


『そうかなあ。違うかなあ。意外といい線いってると思うんだけどなあ』


『絶対にちがう』


『絶対なんて言っちゃってさ。あ、じゃあもし、神月さんが弓月無満だったらどうする? そこまでいうからには、自信があるんだよねえ?』


『もしそうだったら』俺は肩をすくめた。


『神月に、愛の告白でもしてやるさ。まあ、絶対にありえないけどな』


『へえ。言ったねえ。忘れないでよ』


 と、やけにしつこく念押ししてくる幽子にかまうのがだんだんと億劫になってきて、俺はそれきり彼女を無視して読書に耽った。

 神月が弓月先生などと、どういう発想があったらそう思うのだろうか? 類似点といったら、名前に「月」という漢字が入っていることくらいではないか。


 神月には弓月先生のような慎みと謙虚さとは正反対な、横柄さと気儘きままさしか感じられない。そもそもの話、偶然しった作家の正体が、同じクラスの同級生などと、どういう確率なのだ?

 ひとはそれを、偶然ではなく、運命と呼ぶのだ。

 だから、二人が同一人物など、天地がひっくり返ってもありえないことだ。

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