土食ってた小学生、悪ガキの好きな人を知りたい

ぴよぴよ

第1話 土食ってた小学生、悪ガキの好きな人を知りたがる

好きな人。それは絶対に知られてはならない領域。

小学生にとって、好きな人を知られること、それは死を意味する。

だからこそ、心から信用している人間にしか言わない。けしてバレてはならない存在なのだ。



世の中には悪人がいるもので、この「好きな人情報」をわざと広める連中がいた。

クラスで大人気な子の好きな人、誰もが恐れるあの男子の好きな人。


自分の情報が漏れるのは恐れていたが、みんなの好きな人は知りたい。

誰もがそんな欲求を持っていた。

子供だった私も、それは同じだった。



そんな激動の小学校生活で。とある男子児童にみんな注目していた。


そいつはとんでもない悪人だった。ここではそいつを悪人君と明記しておく。


悪人君はとにかく悪かった。

クラスメイトのお気に入りの消しゴムを勝手に捨てる、気に入らない人間には暴力を振るう。誰にも止められないほどに悪人だった。

悪人君のやり口は陰湿で、先生にバレないように行われる。

学校裏社会の代表が彼だった。



先生が頼りにならない今、悪人君の弱体化が望まれた。

そこで注目されたのが、彼の好きな人だ。彼だって人の子。好きな人くらいいるはずだ。この極上の情報が手に入れば、彼を弱らせることができる。


誰もが悪人君の情報を欲しがった。わざと媚びたような態度を取って近づく者。

昼休みに遊びに誘い、そこで情報を得ようとする者。

あらゆる人間が、悪人君の好きな人を暴こうと必死だった。


しかし彼はなかなか尻尾を掴ませない。好きな人の話題になると、すぐに不機嫌になってしまう。彼を弱らせようと思っていた連中は、みんな彼を恐れている。

彼から機密情報を引き出す者が求められた。


私はこの状況を冷静に見ていた。

好きな人の話題になると不機嫌になる。ということは、悪人君には好きな人がいる。これは確定事項だ。

問題はどうやって情報を引き出すか、であった。

悪人君弱体化大作戦が成功すれば、私はヒーローになれる。

危ない橋は渡らないに限るが、みんなのために私が渡ってしまっても構わんだろう。



私は作戦を立てた。

一つ目に、「給食のゼリーを差し出す」というもの。いくら調子に乗っている悪人と言えども、奴は小学生だ。ゼリーが手に入ると知れば、喜んで好きな人を教えてくれるだろう。

しかしすぐに、こいつは既に他の人間がやっているとわかった。

ゼリー大作戦は通じないらしい。なんとも警戒心の強い男である。

学校裏社会を取り仕切っているだけある。並みの手段じゃ通じないのだろう。


二つ目に、「悪人君と仲良くなる」というもの。悪人君と親友のように仲良くなれば、きっと好きな人を教えてくれるだろう。

かなりハードルは高いが、かなり良い作戦だ。所詮は小学生なので、誰かにうっかり好きな人を言いたくなるものだ。

しかしすぐに、「あいつと仲良くなるなんて、嫌だ」ということになった。

悪人君には酷い目に遭わされていたのだ。仲良しごっこなんて御免である。


三つ目に、「好きな人を教えてくれれば、協力する」というもの。悪人と言えども恋に悩める男子である。協力すると言えば、つい好きな人を言ってしまうかも知れない。

こいつは良い作戦だ。

よし。こいつで行くか。


三つ目の作戦を実行することにした。しかし奴は警戒心の強い男だ。

そう簡単に好きな人を漏らすだろうか。

私一人では無理である。ここは協力者を増やして、作戦会議と行こう。



私は仲間を集めた。ちょっと気弱で、私と同じ読書好きな男子。そして女子の情報をたくさん知っている女子児童を呼んだ。

なぜこのメンバーかと言うと、これも作戦である。


気弱な男子なら悪人君に警戒されにくい。女子の情報を知っている女子なら、もしかすると悪人君の好きな人を炙り出してくれるかも知れない。

このように期待を込めて、メンバーを揃えた。


「悪人君の好きな人を知りたいの?!」と二人にはかなり驚かれた。

そんなのみんなの悲願だ。そいつを叶えようと私が誘っている。

最初は躊躇していた二人だが、私が熱心に悪人君の弱体化を狙っていると告げると、

協力してくれることとなった。


小学校の片隅で、ひっそりと立てられた作戦。二人とも怖がりながらも、ワクワクしていたに違いない。それくらい、「好きな人を知る」と言うのは特別なことだ。


まず、情報屋の女子がいくつか悪人君の好きな人候補を挙げた。

どれも魅力的な女性ばかりだ。悪人君が惹かれるのもわかる。

しかしなかなか「これに違いない」と言えるような女子はいなかった。

やはり悪人君本人に聞かなくては、何も始まらないと言えよう。


ではどうやって悪人君から好きな人を聞き出すのか。みんな悩んだ。

しかし既に私は覚悟を決めていた。悪を破るには、強い決意が必要になる。


「私の好きな人を悪人君に言う」


私は力強く二人に宣言した。これは賭けだ。こちらから好きな人を提示してしまえば、悪人君だってうっかり好きな人を言ってしまうかも知れない。


すぐに悪人君攻略作戦が始まった。

悪人君はいつも昼休み、校庭でサッカーをしている。当時、サッカーをやる人間は、スクールカースト上位の人間だった。校庭の支配者のみがサッカーのプレイを許可される。


私は早速悪人君に近寄り、サッカーを見学させてもらうことにした。

「悪人君は、サッカーが上手ですごいと思う。だから近くで見せてほしい」

そう言って、校庭の鉄棒が置いてある場所から、サッカーの観覧を始めた。

悪人君がシュートを決める度に拍手をして、とにかくひたすら褒めた。

完全に悪人君の家来になっていた。


しばらくそんな生活をしていたある日のこと。

悪人君にサッカーに参加するように言われた。彼は私を気に入ってくれたのだ。

まさか本ばかり読んでいた自分が、サッカーに参加させてもらえるとは。


そしてなんと、ここで意外なことが起きてしまった。

悪人君は私にとても親切にしてくれたのだ。サッカーがわからない私に、ルールを細かく教えてくれた。どんなに下手でも、怒らずに優しく声をかけてくれた。

あらぬ方向にボールを飛ばしてしまっても、「何やってんだ」と笑ってくれた。

仲間として認めてくれたのが嬉しくて、何度もサッカーに参加した。


なんてことだ。

悪人君が、仲間には優しいやつだと言うことがわかってしまった。

私は悪人君の弱みを握るために近づいたと言うのに。


しかし、今までの恨みだってある。仲間には優しくても、これまでの悪行が許されたわけではない。情報を抜きだすスパイとして彼に近づいたのに、絆されている場合じゃないのだ。

私には悪人を倒す使命があるのだ。なんとしても情報を掴まなくては。



ある日のこと。

とうとう彼を休み時間に呼び出すことにした。私には頼もしい仲間もついている。

情報屋の女子と、気弱だがやる時はやる男子。


悪人君は一人で、体育倉庫の裏にやってきた。

私は「悪人君に恋愛相談がしたいんだけど」と言った。そして自分の好きな人についてペラペラ話した。こういう時だけやたら舌が動いてしまう。


悪人君は、少し警戒しているようだった。だが、どうやら私が情報を引き出すスパイだとは気づいていないようだ。

「そうか。お前も恋愛に悩んでいるのか」

となぜか真剣に私の話を聞いてきた。

ここで少し良心が痛んだ。悪人君を弱体化させようと思って、ここに呼んだのだ。

恋愛相談なんて嘘である。

しかしこいつの情報を得るのは、我々の悲願。ここで達成しなくてはならない。


悪人君は誰にも言うなよ、と前置きした上で

「2組のSが好き」と言ってきた。


やった。ついに叶った。こいつの弱みを握ることができた。

Sと言えば、かなり可愛い子として有名だ。絵が上手で、おしゃれで、お淑やかでとても美人な子だ。

情報屋がマークしていた子でもある。やるじゃないか、情報屋。


この情報をばら撒けば、こいつの立場は危うくなる。みんなで揶揄うことも可能。

ここまで大変な苦労をしたが、やってよかったスパイ活動。


悪人君が去ってから、「やったね!」と情報屋と気弱な男子と喜び合った。

さあ、この情報どう使ってやろうか。

覚悟しておけよ、悪人君。お前が好き勝手やるのも、今日で終わりだ。



しかし、私は思った。

悪人君は私と仲良くしてくれたのだ。それは嘘じゃなかった。ちゃんと友情を感じてくれたのだ。

一方の私はどうだろう。

情報を得るために近づき、弱みを握れたと大喜びしている。

なんて醜いのだろうか。悪人君に悪いことをした。


「悪人君の好きな人情報だけど、みんなに言うのはやめよう」

気づけば私は、二人にこう言っていた。

せっかく掴んだ情報だが、こいつを使うのはそれこそ悪人だ。そっと胸の中にしまっておこうじゃないか。

「悪人君は悪いやつだけど、優しいところもあるんだ」

二人はもちろん反対した。ここまで苦労して得た情報だ。使わなくては損だろう。

でも私は、休み時間が終わるまで「この話は悪人君と私たちだけの秘密にしよう」と言い続けた。


それから何日か経ったが、私は決して悪人君の好きな人を周囲にバラさなかった。



人の噂の力はすごいものだ。いくら秘密にしようと思っても、それが一人にでも漏れてしまったら、そこで終わりである。


「悪人君の好きな人はSらしいよ!」

廊下を走りながら大騒ぎする児童がいた。私は耳を疑った。

「お前、Sが好きなんだってな」

悪人君の仲間たちが、ニヤニヤしながら彼に迫っていた。噂はクラスを飛び越え、隣のクラスに、とうとう学年を超えてまで広がり出した。


あり得ない。私は誰にも言っていないのだ。どこから情報が漏れた。

まさか、あの二人が広めたと言うのだろうか。あんなに言うなって言ったのに。


「悪人君の好きな人を、みんなに言わないでって言ったじゃないか!」

私は二人を呼び出して、怒った。そもそも作戦を立案したのは私だ。全ての元凶は私にあるのに、それでも怒らずにはいられなかった。私はなんて馬鹿なことをしてしまったのだろう。


「作戦を立てたのは、あんただろう!?」と私は二人に怒られた。

当然だ。全て私が企てたことだ。でも言ってほしくなかった。


やがて悪人君が私のところへやってきた。彼はめちゃくちゃ怒っていた。

当然だ。私を信用して好きな人を言ってくれたのに。それが噂になっているのだから。

殴られるな、と私は思った。

別に殴られてもいいやとも思った。それで彼の気が済むならそれで良い。


しかし意外なことに、悪人君は私を殴ろうとしなかった。それどころか怒鳴ったり、罵ったりもしなかった。


「お前のことは友達だと思ってたのに」

そう一言だけ言った。


私は雷に打たれたかのように、その場に立ち尽くした。

なんてことだろう。悪人君をひどく傷つけてしまった。彼は私に友情を感じてくれていたのだ。友達だと思ってくれていた。

それなのに、その友達に裏切られたのだ。彼がショックを受けるのも無理はない。


「悪人君、ごめんなさい」

私は本気で謝った。友情を感じていたのは、私も一緒だ。悪人君のこと、知るたびにいいやつだなと思った。そりゃあ悪いところだってあった。許せないこともされた。

でも私のことを、友達だって言ってくれたじゃないか。


一応、噂を広めたのは私ではないとも言ったが、信じてくれなかった。


悪人君は情報屋たちのところへも行っていた。

「なんであいつを止めなかった!どうしてお前らが止めなかったんだ!」

私には怒鳴らなかったのに、二人には怒りをぶつけていた。

やめてほしい。悪人君を貶めようとしたのは私なのだ。二人は手伝ってくれていただけだ。二人を責めないでくれ。


情報屋の女の子は大泣きしていた。可哀想なことをした。全て私のせいである。


私も大声で泣いた。悪人君に酷いことをした。そんな自分が許せなかった。

作戦なんて立てるんじゃなかった。みんなの役に立つと思っていたのに。

結果はどうだ。人を傷つけて終わったじゃないか。


しばらく悪人君は、好きな人ネタで揶揄われ続けた。悪人君弱体化計画は、見事完遂したのだ。でもちっとも嬉しくない。

私は友達を傷つけたのだ。いくら時間が経っても、それは変わらない。



これで終わってはいけない。私は悪人君に謝り続けた。

サッカーを教えてくれたこと。友達だって言ってくれたこと。それに感謝を示した。

そして自分がどれだけ悪いことをしたか告げ、とにかく謝った。


最初は無視されるか、謝っても無駄だと切り捨てていた悪人君だったが。


ある時、「お前、本当に反省しているのか」と言われた。

当然だ。あんな馬鹿なこと二度としない。もう悪人君のことは友達だと思っている。

絶対に気持ちを裏切るようなことはしない。


悪人君は「わかった」と言ったが、

次に「今日はサッカーに来るだろう?」と私に言った。


なんてありがたいことだろう。彼は私を許してくれたのだ。

私は深く彼に感謝した。そして誰かを貶めようとか、情報を奪ってやろうとか、そういう考えを捨てることにした。


悪人君のことを悪者として成敗しようとしていたが、私こそが悪者だったのだ。


友達を大事にしようと思った。小学生だった私が、友情の大切さに気づいた瞬間であった。



悪人君とつるむことで、私がみんなに注目される、なんてことはもちろんなかった。

地味なくせに、サッカーにだけは参加する変わり者として見られていた。


悪人君とサッカーをする生活は、しばらく続いた。

いつまでも上達しない私を、彼は仲間として認め、たくさんルールを教えてくれた。



悪人君は今、どうしているだろうか。

最近、結婚したと聞いている。彼に会うことはもうないだろうが、あの時私を許してくれたことは、今でも感謝している。


あの時、友情について悪人君が教えてくれたから、今の私がある。

友達は大事にしなくてはならない。そんなシンプルなことだが、大切にしていきたい。

当たり前のことを守っていきたいと、強く感じている。

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