第1話 ベテラン宮女は解雇です

 十五で宮女として後宮に入りして、勤続十七年。

 仕事一筋で、頑張ってまいりました。


 月日は百代ひゃくだい過客かかくといいますが、気がつけば大ベテランと呼ばれる立場です。


 三年前に私の「親友」が脚気かっけを患って、後宮を去りましてね。

 あの時は、寄る年波には勝てないのか、とつくづく悲しくなってしまいました。

 同年代で残っている者は、そこら中探しても私くらいのものです。


 ただ、幸いなことに私の方は、加齢による衰えは感じません。

 体も軽く、視力も万全。……まあ、そこは“体質”の問題でしょうか。


 ところで、私の仕事場は今人手不足が深刻でしてね。

 一人また一人とやめていき、残ったのは、私と、後輩と、道士様の三人だけ。


 流石に仕事が回らなくなってきたので、お役所に掛け合って人を派遣してもらうことにはなったのですが、

 うちの道士様が「役所には行きたくない」と何かとごねるので、仕方なく一番年上の私が行くことに。


 "政羅宮せいらきゅう"。


 いわゆる後宮の中のお役所です。

 後宮の政治を司る"宦官かんがん"と、そして宮殿のあらゆる人事を握っている宮女、いわば——"バリキャリ宮女"たちの城。

 私のような下々の身分が来るには少し気が引けますが、年代ものの"一張羅いっちょうら"も着てきましたし、ぞんざいには扱われないはず。


 それに今回は、求人を募るだけですからね。

 せいぜい年増の宮女が来たと、いびられる程度でしょう。

 そういうわけで私は、ふんす、と意気込み、政羅宮せいらきゅうに乗り込んだのです。


 それなのに……



 ◇◇◇◇



「……あの、今なんと?」


 私は今、告げられた言葉が信じられず、思わず聞き返した。



霜霞そうかさん、――十七年間、お勤めご苦労さまでした」



 んん? 何これ。

 一体、何が起きているの?

 どうして人を雇いに来たはずの私が、解雇されているのでしょう……。


霜霞そうかさんの下宿先は静葬廟ジンザンミョウでしたね。一週間以内の退去をお願いいたします。持ち込んだ家具などは残しておくと迷惑になりますので、迅速に撤去していただきたく……」


 私は理由わけもわからぬまま。

 しかし目の前の"バリキャリ宮女"は、無情にも話を続ける。


「ちょちょちょ……ちょっと待ってください。どうしてそんな急な話になっているんです……? 私は、今の職場を辞めるつもりなんてさらさら……」


 バリキャリ宮女は、私がごねることをわかっていたのか。

 巨大な巻物を引っ張り出し、私の目の前に「ドーンッ!」と叩きつける。


「……っ」

「えー、初代日輪帝がお定めになった"後宮令こうきゅうりょう"によると……第百六条、宮女および下女の任官期間は五年とする、そして特例として二度の延長を認める、とあります……つまり、最長十五年ですね……、しかし霜霞そうかさんの場合は十七年、この期間を大幅に超過しています」

「……はぁ」


 宮女は、巻物を開いて矢継ぎ早に読み上げた。

 たしか何代か前の日輪帝の時代に、"後宮令"が改訂され、宮女や下女の働き方が改善されたのだ。

 このおかげで宮女たちが使い潰されることはなくなり、退去した宮女や下女たちが結婚できるようになり、出生率は大幅に上昇。

 この北陽の地は、更に豊かな地となったという。


 その結果、私が「働きたくても働けない」という状況に陥ったのは、ありがた迷惑な話だけども。

 バリキャリ宮女の淀みのない語り口に、思わず納得しそうになるが、慌てて反論する。


「い、いえ、ちょっと待ってください。確か"特殊技能"を持っている人は、その限りではなかったはずです。本人が希望をすれば、後宮で働くことができるはずでは?」

「……チッ。……では、霜霞そうかさんは何か特殊技能をお持ちで?」


(……あれ、今、舌打ちされませんでしたか?)


「はい、"道術"を少々」

「わかりました。それでは道術を見せてもらえますか?」

「この場でですか? はい、分かりました


 ……白は浄、浄はほむら――『白炎はくえん』」


 掌に真っ白な火が灯る。

 バリキャリ宮女は、近くに顔を寄せてその炎を見つめた。


「……ずいぶん小さい炎ですね」


 ま、まずい。

 このままでは特殊技能と認められない。しっかりと弁明しなければ……!


「はい……。あ、でも道術の中でも『白炎』はかなり難易度が高い部類ですし、それにお仕事には支障はありませんよ。薪をくべて燃やせば、ちゃんときれいに灰になりますからね」


 あえて「何を」とは言わない。


霜霞そうかさんのお仕事は、たしか……」


 私の仕事は、一般的な宮女や下女の仕事内容とはまるで異なる。

 後宮における法である「後宮令」にも、その名が明記されている特殊な役職。



「はい、――"葬儀屋"です」



 十七年、雨の日も風の日も、一日も休まず勤めてきました。

 無遅刻無欠勤は、今では私の誇りです。


「……なるほど、わかりました」

「それでは……!」


 葬儀屋の仕事は、潰しが効かない専門職。

 バリキャリ宮女とはいえ、私を解雇するなんてできないはず……!


「……えー、却下です。その程度の炎を、特殊技能と認めることはできません」


(ガーン)


 バリキャリ宮女は無情だった。

 私の胸に宿った僅かな希望は、バキバキに打ち砕かれてしまったのである。


「今後、日輪城への出入りは一切できません。次の雇用先は、お決まりですか?」

「……決まってません」

「では、ご結婚のご予定は?」

「……ありません」

「……ふっ」


 バリキャリ宮女は、そんな私の返答に鼻で笑った。

 この政羅宮せいらきゅうで働いている宮女というのは、基本的に「良いとこのお嬢さん」である。私のような野で拾われたような宮女とは一線を画する。

 そんな彼女から見れば、今の私は滑稽に映るのだろう。


「そうですね、では昔取った杵柄きねづかで、雑技をすのはいかがでしょう?」


 ……妙な言い回しだと思った。

 バリキャリ宮女は、私をみてほくそ笑んでいる。


「……私が何か技能を持っているように見えます?」

「ふふ、そうではありません。雑技というのは多岐にわたりますから。例えばそうですねぇ、

 ――"妓楼ぎろう"で働いてみるというのはいかがでしょう?」


 妓楼、いわゆる遊女屋のこと。

 この後宮を出て、さらに日輪城の正門を出て、北陽の城下町に出ればその大通りは花街。

 ――欲望の街だ。

 男を芸事で釣り、時には春を売る。

 遊女になりたい者は少数、その店のエースを張るような人材以外は、行き場をなくした女が集まるところ。


 バリキャリ宮女は「あー、でも霜霞そうかさんは……」と、私の全身をジロリと観察して付け加える。


「体格は大柄ですし、その羽織も辛気臭いですね。これでは男性は寄り付かないでしょう」

「……」

「それに今年で三十二歳でしたか? 流石にそんな年増の……いえ、霜霞そうかさんくらいの年齢の方を雇ってくれる妓楼なんてありませんよねぇ……?」


 バリキャリ宮女はニマニマと侮蔑の笑みを浮かべていた。

 年齢でマウントを取られ、大切な人にもらった一張羅もこき下ろされ、それでも「へ、へへっ」と卑屈な笑いを漏らしてしまう私。


(私は、いつからこんなに負け犬根性が染み付いてしまったのでしょう……)


 後宮というのは、妃様たちが日輪帝の寵愛を受けようと、日夜しのぎを削る場所。

 上を見てなお、「絶対に負けませんわ!」と奮起する者だけが生き残る世界。

 勝者を妬み、敗者を見下して優越感に浸る、そういう場面を何度も見ているうちに、知らず知らずのうちに、私は呑まれてしまったのだろう。


「残念ながら、私に支援できる事はないみたいです、霜霞そうかさん。この日輪城にちりんじょうを出た後もご活躍をお祈りしています。あ、……葬儀屋さんですし、御冥福をお祈りしたほうがよろしいですかね? ふふっ」


 ……小娘が。


(おっと。危ない危ない……)


 しかしどうしたものか。

 このままでは、路頭に迷ってしまう。

 私は思考を巡らせる。


 ――仕事は楽しい。できればやめたくない。

 ――後輩の育成も、途中で投げ出すわけにはいかない。

 ――後宮で紡がれる「ちょっとした事件」なんかも大好物。


(……あまり首を突っ込むのも、大概にしないといけません)


 なんだかんだで、私はこの北陽京を気にいっていた。

 人と物が集まるこの場所は、十七年過ごしてなお、飽きることがない。

 のことは気に入らないが、ここへ連れてきてくれたことだけは感謝している。


 ……それをこの十年も勤めていないような小娘が、壊そうとしている。


 全く、私が一体何年後宮で働いてきたと思ってんですかねェ。

 十七年ですよ、十七年!

 私が本気になりさえすれば、そのきれいに化粧で整えた顔を今すぐに、ボコボコにしてやることだってできるんですよ。

 ええ、年の功ってやつです。

 こうなったら最後に一花咲かせてやりましょうかねぇ!


 ……というのは冗談として、せめてこちらの意思くらいは伝えておかなければなりません。

 ここで丸め込まれているほど、ぬるい人生を送ってきたわけではありませんからね。


 ふぅ、緊張しますね……。

 私は、無意識に"年代物の羽織"を手でさすった。


 「霜霞そうかは緊張すると、言動がおかしくなる」と親友には散々バカにされてきましたので、言葉遣いには、気をつけなければなりません。


 ……ええ、心の準備はできました。さぁ言ってやりましょう!


「申し訳ありませんが、おことわ……」


「そういえば言ってませんでしたが、退去命令に従わない場合は、実力行使となります」

「……えっ」


 気配を感じて振り返ると、

 私の背後で二人の大型の宦官が、拳をバキバキと鳴らして、私を見下ろしていた。


「何か質問は?」

「……な、何もないです」


 そんなの、あんまりじゃないですか。

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