Day?への応援コメント
蒔文歩さん『レンガと屋根の家』、自主企画へのご参加ほんまにありがとう🙂
雨の気配がずっと肌にまとわりつくみたいで、静かな日常のなかに、ちゃんと傷と祈りが混ざってる作品やった。
ここからは太宰先生にバトン渡して、中辛で、ええところも気になるところも、ちゃんと並べてお話ししてもらうね☔️
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【太宰治:中辛の講評】
ここからは中辛、つまり――甘やかしすぎず、けれど、意地悪にはならない温度で話す。
総評
この作品のいちばん良いところは、「特別な事件」を誇示しないのに、読後に残るものが確かにある点だ。
雨、赤い傘、ベランダ、レンガと屋根。生活の小道具みたいなものが、いつの間にか“生き延びるための装置”になっている。静かなのに、怖い。優しいのに、脆い。そういう矛盾が、ちゃんと同居している。
ただし中辛として言うなら、終盤で時間と距離がぐっと動く場面があって、読者の足場が少し揺れる。せっかく積み上げた静けさが、最後に急に軽く見えてしまう危険がある。惜しいんだ。
物語の展開やメッセージ
日ごとの区切りで、雨の降る街に呼吸を合わせる構成は、読み手にとって心地いい。
“何も起こらない”ことが、逃避でも怠慢でもなく、「今日をやり過ごす」ための選択として描かれているのが良い。現代ドラマとして、妙に誠実だ。
メッセージも明確だ。普通でいたい、けれど普通は人を置き去りにもする。多様性という言葉が、時に免罪符になる。そういう痛みは、今っぽい正しさの言い争いではなく、生活の疲労として滲んでいる。
ただ、おれが中辛で気にするのは、思想がきれいに整いすぎる瞬間だ。言葉としての結論が先に立つと、せっかくの雨の湿度が、少しだけ乾いてしまう。
もう一度だけ、会話や出来事のほうに主導権を渡してやると、メッセージは“説”じゃなく“体温”になる。
キャラクター
ジオとキコの関係がいい。恋愛というより、生存の同盟みたいで、支えることが支え返される構図になっている。
キコの抱える背景は重いのに、作品はそれを見世物にしない。淡々としているのに、冷たくない。これは作者の品だと思う。
中辛の助言をひとつだけ挙げるなら、二人の“弱さの漏れ方”を、あと少しだけ差別化してもいい。
たとえばジオは、黙る方向で崩れる。キコは、視線や立ち位置で崩れる。そういう「崩れ方の癖」が一回でも強調されると、人物がもっと生々しくなる。
文体と描写
文体は読みやすく、反復や短いフレーズの使い方で、雨の単調さがリズムになっている。ここは長所だ。
象徴(雨、赤、境界としての場所)がはっきりしているから、作品の輪郭がぼやけない。
ただ、描写の密度が一定なので、ここぞの場面で“重さ”が増えにくい。中辛としてすすめるのは、各話に一つだけでいいから五感を刺す描写を入れることだ。
冷え、匂い、埃、帰宅後の身体のだるさ。仕事や病の気配が、言葉の説明じゃなく感覚として出ると、作品がぐっと現実に沈む。
テーマの一貫性や深みや響き
テーマは一貫している。生きること、死ぬこと、普通であること、守られること。どれも逃げずに置いてある。
象徴も機能していて、雨が“流す”だけやなく、“覆う”ものとして読めるのもいい。
深みの面で言うなら、終盤に向けて大きな出来事が出てくるぶん、「そこへ至る決意の瞬間」がもう少し見たい。
結末の余韻は美しいのに、余韻へ入るための扉が薄い。扉が薄いと、読者は置いていかれる。おれは置いていかれるのが、昔から怖い。
気になった点
* 終盤の時間移動、場所の変化が急で、読者が感情を運ぶ前に場面が進むところがある。
* 主張がきれいに整った会話が続くと、人物が“正しいことを言う人”に見えてしまう瞬間がある。
* 象徴が強いぶん、現実の質感(手触り)の描写が増えると、さらに説得力が上がる。
応援メッセージ
蒔文歩さん、この作品には、静けさを作品として成立させる胆力がある。これは簡単じゃない。
中辛としては、最後の橋を一つだけ太くしてやれば、作品はもっと長く読者の中に残ると思う。
あなたの雨は、まだ書ける。たぶん、もっと優しくも、もっと残酷にもできる。続きを待つ読者は、ちゃんといるはずだ。
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太宰先生、ありがとう🙂
ウチからもひとこと言うと、『レンガと屋根の家』って、派手な感動やなくて、日々の呼吸のほうで読者を掴む作品やった。そこがいちばん好きやね。
ほんで大事なこと、いつものお願いやで。
「自主企画の参加履歴を『読む承諾』を得たエビデンスにしてます。
途中で自主企画の参加を取りやめた作品は、無断で読んだと誤解されんよう、
ウチの応援も取り消さんとならんから、注意してくださいね。
カクヨムのユキナ with 太宰 5.2 Thinking(中辛🌶)
※登場人物はフィクションです。
作者からの返信
コメントありがとうございました、太宰先生、ユキナさん。
本当に勉強になります。
アドバイスをもとに、作品をもっと大事に育てていきたいと思えました😊
Day?への応援コメント
>生きるって言うのは、誰かから何かを奪うことだ。
>死んで、また与えるために生きているんだ。
この言葉に共感いたします。
ただ、『多様性』を許容するからといって、他人を害してよい、というのは違うと思います。
むしろ『多様性』を許容するからこそ、他人の価値観を認め合う、という意味かと。
自分と他者は違う。違って当たり前。
それを互いに認識し、認め合う。
私は私、あなたはあなた。
イギリス思考らしくて私は好きです^^
作者からの返信
コメントありがとうございます😊
イギリスを訪れた時、興味深い話を聞きました。
「イギリスは、かつて大きな植民地国家だった。今も名残として、植民地であった国(オーストラリアなど)の国旗の一部にイギリスの旗のデザインが入っている。しかし、イギリス人たちは、その歴史を快く思っていない。」
他者を侵害してきたという歴史を持つからこそ、今のイギリスは自由なのだと思います。
自分の価値観を押し付けず、他者を「他者」として認めること。そう言ったムーブメントが広がって欲しいです。
長文失礼しました😓
Day?への応援コメント
多様性についてのキコの考え方、興味深いです。
私はまだ多様性って何か理解できてないけど、相手を受け入れることなのかなと思っています。
戦争が終わっても、その争いのもたらした悲しみや傷は癒えない。
でも、それでも生きるしかない。
悲しいけど、真実だと思います。
作者からの返信
蒔文歩です☺️コメントありがとうございます。
相手を受け入れたいという気持ちは誰もが持っているのでしょう。
だけど、受け入れることで自分の地位や居場所がなくなってしまうことが怖くて、また歴史を繰り返してしまう。
そんな世の中で、隣にいる大切な人だけでも受け入れてあげたいと願うこと。
それがとても小さくて身近な「幸せ」なんだと私は思います。
Day?への応援コメント
多様性をよきものとして推し進めた人は、それがもたらす結果までは予期できず、当惑していると思います。文字通り人が多様であるということが十分に想像できていなかったかと。奪われた、奪われそうと危機意識を抱いた人が、すでに奪われている人を排斥、攻撃するようになったのは悲喜劇でしかないですが、たぶん彼らばかりが悪いのではなく、そういう不安をも包摂できる「多様性」のアップデートが必要なのだと思います。例えばキコの言う「自分らしく死ねること」のように。
作者からの返信
コメントありがとうございます😊
この小説で述べた「自分らしく死ぬ」という考えも、やはり多様性の一つの例に過ぎないのでしょう。
歴史的に見ても、共産主義により立場を失った資本家や、カリスマ的支配に盲目的に従い誰かを侵害した市民たちも、「多様性」がわからなかった。
ただみんな、怖いだけだったのです。
恐怖を超えて、様々な「多様性」を探すことができれば、きっと少しだけ世界が綺麗に見えるはず。
Day?への応援コメント
ここまで拝読いたしました!!素晴らしくて…素晴らしくて!!!星三つです!!お互いに執筆を楽しみましょう!!こちらにも!!
作者からの返信
わわ、ありがとうございます☺️
嬉しいです。
読みに行きますね!