第25話 マルティーニ町
「リタ……。俺にあのモブAをやらせてくれ」
カイトは腰にぶら下げていたナタを抜いた。恐怖で手が震えるが、自分もこの世界で戦わなければならないという強い危機感があった。彼は、鑑定スキルで確認したモブAのステータスを思い出しながら、「こいつなら倒せる」と思っていた。
「レベル的にもステータス的にも、俺と大した差はないはずだ」
リタは、カイトの意外な申し出に一瞬戸惑ったようだが、すぐに冷静な表情に戻った。
「……まあ、いいですけど」
「よーし!」
カイトは、どきどきしながらナタを構え、一歩前に出た。
「人と殴り合うなんて、子供の時以来だな……。しかも、あの時はやられっぱないだったっけ…」と、場違いな懐かしさが胸をよぎる。そして、弱腰になりながらも、リタに切実な願いを込めて頼んだ。
「リタ、念のために、モブBとCを先に倒してくれ」
この要望には、モブたちだけでなく、リタも言葉を失った。
しかし、リタはためらうことなく、モブBとCに向かって詠唱を開始した。
「無慈悲な挟み手!」
風を極限まで圧縮して作られた巨大な手の形をした風の塊が放たれると、正面にいたモブBに直撃した。モブBは悲鳴を上げる間もなく、一瞬で塗装された地面に倒れ込んで、行動不能になった。モブCは、リーダー格だけあって即座に反応した。彼はなんとか攻撃の衝撃に耐え、剣を抜いてリタに向かって迫る。リタは、さらに魔法を繰り出した。
「風精の天嵐」
暴風がモブCを空高く吹き飛ばし、彼はドシンと地面に叩きつけられてダウンした。これで残るは、レベル15のモブAのみ。
「ふ、ふふふ……」
カイトは、全身が震えながらもナタを構えた。勝機は目の前にある。だが、モブAが二刀流であることに気づくと、カイトは恐怖のあまり腰を抜かしてしまった。モブAが笑いながら近づいてくる。その瞬間、リタが動いた。
「天空の守り」
リタはカイトを護るための風の結界を展開する。結界はモブAの攻撃を弾くとともに、強力な風圧で彼を吹き飛ばし、モブAも完全に撃破された。
「…………いやー、情けないな。レベル差がないのに、なんで俺は腰を抜かして負けたんだ……」
リタは、落ち着いた口調で話し始めた。
「カイトさん、鑑定スキルはたしかにチートですが、鑑定で調べられる情報は、あくまでも参考情報に過ぎません。特に、一般的な鑑定スキルはそうだと思います」
「と、いうと?」
「鑑定スキルのレベルによって調べられる情報は異なりますが……。まず、レベルは高ければ高いほど強いですが、それはあくまで経験値が高いということであって、必ずしも戦闘力で高いというわけではありません。レベルが高いというのは、経験値が多いということです。つまり、様々な状況への判断能力や、習得した多彩な技を扱ったりすることができる、それがレベルの高さです。力そのものを示すものではないのです。
また、傾向としてレベルの高さに応じて魔力量も変わりますが、例外は多々あります。そして、魔力や筋力などのステータス値の向上率は、個々人で異なります。同じレベルでも、ステータスが高い人、低い人がいるので、レベルとステータスはイコールではありません。傾向として、似たようなステータスになることはありますけどね。ちなみに……」
リタはカイトに、慰めるように微笑みかけた。
「カイトさんのステータスは、エドワード様いわく、レベルの割には高い方らしいですよ」
「そうなのか」カイトは少し元気を取り戻した。
「魔力や筋力、耐久などもあくまでも目安です。魔力が高くても、それを扱う魔力操作スキルが低いと攻撃力は劣ります。筋力があっても、筋肉が偏っていたり、つまり、足に筋力がなかったり、あるいは走り方が悪ければ、敏捷はステータス値よりも下がります」
リタは最後に、最も重要な点を指摘した。
「鑑定スキルで見られるステータスは、その人の平均値です。体調が悪ければステータスは下がることもあります。カイトさんも、あのモブに対しては恐怖や焦りで実力を発揮できなかった可能性があります」
カイトは腕を組み、頭を振った。
「うーん、鑑定スキルはなんだか思っていたよりも便利でもないな」
「そうですね。しかも、転生者たちが作る鑑定できる魔法道具のおかげで、チート性は下がりつつあります。高価な物ばかりなので依然としてチートではありますけどね」
「そういえば、リタは他の転生者たちに会ったことがあるの?」
「はい。エドワードさんの仕事の関係で何度か…。あまり会話らしい会話はしていないですけど…」
「へえ。みんなは何をやっているの?その転生者たち」
「詳しくは知りません。エドワードさんのもとで働いているわけでもないですし。でも、レベル999まであげようとしている冒険者さん、希望の職業につくまで転生を繰り返す変な人、あと、なぜかハーレムを求めている人が多いですね」
リタは軽蔑の目で声を低くして言うと、カイトは、グサッと心臓を刺された思いになった。すると、普段あまり目を合わせない彼女がジッとカイトの目を見て尋ねた。
「カイトさんは、あなたの世界に帰りたいんですよね?」
「…う、うん。まあ…そうだね」
「帰れるといいですね」とリタは微笑んだ。
(やべぇ…。かわいい…。数日前にユカリと別れたばかりなのに惚れちゃいそう。でも、この子、胸大きすぎるんだよなあ…。俺にはユカリさんくらいの胸がちょうどいい…!)
カイトの頬は本人も気づかないうちに赤く染まっていた。
リタは気にする様子もなく、前を歩く。すると、目の前に広大な町が見え始めた。それは遠くからでもわかる立派な町。カイトは新たな町に興奮を隠しきれなかった。
「す、すごい。ここがエドワードさんの町?」と、カイトは息を飲んだ。
「はい。『マルティーニ町』と呼ばれています。貴族・マルティーニ家が治めています」
巨大な塔を中心に、壮麗な円を描くように広がる街並みは、落ち着いたダークブラウンと黒で統一されている。建物は均整の取れた上品なデザインで、通りは磨き上げられた石畳。格式張った雰囲気が漂い、庶民的な場所で育ったカイトにとっては、少しばかり落ち着かない空間だ。
人々の身なりは皆、整っている。誰もが美しい装飾を施された馬車に乗り、優雅に移動していた。徒歩で移動するものなどほとんどいなかった。
「馬車道があるのか…」
歩きにくい石畳の道をしばらく進むと、目的の建物が見えてきた。
それは、まるで小さな宮殿。
長方形の棟が四方にそびえ立ち、その中央には平たい建物。全体として中東の建造物を思わせる、異国情緒あふれる造りに、カイトの好奇心は抑えきれずにいた。
ついに、屋敷の門の目の前に到着した。
門の前には、鋭い眼光を放ち、槍を持った二人の門番が立っている。カイトは戸惑いながらも、懐から居住許可証を取り出して提示し、リタは慣れた様子で手の甲にある奴隷紋を門番に見せた。すると、二人の身分を確認した門番は、無言で、重い鉄の門をゆっくりと押し開けた。
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