第3話 ドキドキバレンタイン

 私と由香里先生が、正式に付き合いはじめて、2月14日。


 部活動を終えた、学校からの帰り道。


 由香里先生の帰りを待っていたから時間も遅いし、同校の生徒も少ないから、私と由香里先生は、手をつないで歩いていた。


 今は、こんな小さなことでも、かなり嬉しい。



「由香里先生、今日は遅かったですね」


「ごめんね、職員会議が長引いてたから。美樹ちゃんには、いつも待ちぼうけさせちゃって」


「私は……由香里先生と一緒に帰れるから、嬉しいですよ♪」


「そ、そぉ! 私も美樹ちゃんと一緒にいられる時間があって、嬉しい。あ、あのね、美樹ちゃん……私、教師の仕事頑張ってるから、今日はご褒美にギューッって、してほし……」


「あ、すいません。今日は、まだ待ってください。ところで、由香里先生。今年は、何個もらったんですか?」


「さりげなく、話が逸らされたような……。えっと、何の話だっけ?」


「由香里先生こそ、とぼけないでください。今日は、バレンタインだったんですよ」


「あー……そうだったね。えっと、、、登校の時に7個、職員室に5個。帰りに、美樹ちゃんと合流する前にも、3個かな。そのうち、1個は美樹ちゃんも知ってる人からだよ」


「入学してから思ってたけど、すごい人気ですよね。由香里先生……」


「そうかなぁ? 私としては、美樹ちゃんに申し訳なくて。でも、食べないのも失礼だと思うから、部室に置いてきたの。明日から、部員のみんなと食べてね。それに数だけなら、里美の方が多くもらってるんだから。この時期、チョコレートには困らないわよ(笑)」


「アハハ……ちょっと、体重とか気にしちゃいそうですね」


「それで、美樹ちゃんにお願いがあるんだけど。ちょっと、帰り、ウチに寄ってほしいかな?」



 たしかに、部室に置いてきた以外に、由香里先生が持ってきた紙袋が気になっていた。おそらく、中身の予想はできるけど、さっきからずっと気になっていた。


 私以外の人から、チョコとはいえ、贈り物をもらっている由香里先生。


 なんだか、心がザワザワしているのを感じていた。



◆◇◆◇



 由香里先生の家に着き、部屋にお邪魔する。


 私がソワソワしている間に、私服に着替えた由香里先生が、例の紙袋を見せてくる。


 なんだか、心なしか嬉しそうにしている由香里先生に、自分でも情けないくらいに、嫉妬してしまう。


 贈った相手は、誰なんだろう? どんなチョコなんだろう?



「それでね、美樹ちゃんに見せたいのは、これなのっ!」


「わっ! 完全に見た目からも手作り感満載ですね。誰からですか?」


「あせらない、あせらない。あ、もしかして、美樹ちゃんってば、嫉妬してくれてる?」


「……してませんよ。私に見せるために、わざわざ持ってきたんですよね?」


「さすがっ、美樹ちゃん! 読みが鋭いっ! なんだかアニメの名探偵みたいで、かっこいいっ!」


「わ、私を褒めなくてもいいですからっ。そ、それで、誰からなんですか?」


「この包装紙のセンスやデザイン、まるで私の好みを知り尽くしているのが……」


「由香里先生、ためなくていいですから……」


「ズバリッ! 里美からでしたぁ!」


「あ……保健の里美先生……からだったんですか。私達のこと、知ってても渡してくれるって、すごいですよね。私、里美先生には渡してませんよ。もう少し、気がつかないといけないかなぁ」


「あ、大丈夫よ。私から、ちゃんと渡しておいたから。あくまで、義理だけどね」


「えぇっ!? 由香里先生が先に贈っちゃったんですか?」


「だって、どこそこのチョコが食べたいからって、ちょうだいって逆指定されてね。それなりの値段がするからって、義理だけど友達の私に買わせるって、ヒドイと思わない(笑)?」


「なるほど……里美先生らしいですね」



 なんだぁ……私が知ってる人からだったんだ。そういえば、由香里先生が帰り道で、そんなこと言ってたっけ。由香里先生と一緒に帰れるのが嬉しくて、あまり真剣に聞いてなかったよぉ……。


 ちょっと、恥ずかしい……。


 そんな私の気持ちを見透かしているように、クスクスと笑っている由香里先生。

 やっぱり、この人は、年上でズルい。



◆◇◆◇



「そういえば、美樹ちゃんは、チョコくれないの? 今日は、てっきり部室とかでくれると思っていたのに。ドキドキしすぎて、昨日の夜だって、あまり寝られなかったんだから」


「子供じゃないんですから……。でも、他の人から、たくさんもらってるみたいですから、あげなくてもいいかなぁ」


「な……なっ……!? そ、そんなっ、どうして……!?」



 今日の私は、なんだかイジワルだ。



 私の非情な答えに、オロオロと今にも泣きそうな顔をしている由香里先生を見ていると、小悪魔な部分が出てしまう。



 私も、由香里先生の前だと、悪い子になっちゃうなぁ……。



「里美先生はともかく、他の生徒からも受け取ってるなら、私のなんか、受け取ってもらえませんよねぇ……」


「も、もらうっ! もらいたいっ! 絶対に! 美樹ちゃんを押し倒してでもっ! 私は、私は……誰からでもない、大好きな美樹ちゃんから、チョコをもらいたいのっ!」


「でも……用意してませんから……」


「私は、用意してたのに……渡して、可愛い美樹ちゃんの笑顔をたくさん見たかったのに……」



 マズイ……。ちょっと、調子に乗ってイジワルしすぎたかなぁ。それに、私の由香里先生への気持ちも、もう限界だ。



「ちょっと、待っててくださいね。えっと、ここにしまっておいたんですよ……っと」



 私は、学校指定のバッグの中から、ガサゴソと包装紙に包まれた箱を、由香里先生に手渡す。



「はい、由香里先生へのチョコです」


「へっ?」



 笑ってしまうほど、授業では見せないような間抜けな表情で、ご希望のプレゼントを受け取る由香里先生。



「これ……有名ブランドのチョコだよね? ありがとうっ! うれしいっ!!」


「お小遣い、お母さんに前借して、買ったんです。その……私のカノジョの由香里先生への、初めてのバレンタインチョコですから……」



(今の……恥じらいながら、モジモジしてる美樹ちゃん……とんでもなく可愛いっっ!)



 スマホで撮影していいと言われたら、すぐに連写モードで完全保存しておきたい由香里だった。


 お互いに、高鳴る気持ちを落ち着かせ、



「なんだか、食べるのがもったいないかも。美樹ちゃん、大切に食べるからね」


「消費期限までには、食べてくださいね……。でも、由香里先生が喜んでくれて、本当に良かった♪」



(だから、ヤバイって! ヤバいくらいに可愛いんだからっ! で、でも、まだダメ……ガマンするのよ、由香里。我慢しなきゃ……何か、他の話題は……)



「そ、そうだ! 私から美樹ちゃんにはね、チョコじゃなくて……ちょっと待っててね」



 そう言って、由香里先生はキッチンに向かうと、数分後、トレイに何かを乗せて、戻ってきた。



「はい。美樹ちゃんが好きならいいんだけど。たまには、こういうのもアリかなって」



 可愛いデザインのお皿に乗せられた、手作りしたとは思えない完成度の……。



「すごいっ! チョコレートケーキですねっ! 私、大好きですっ!」


「良かったぁ♪ 色々調べてね。美樹ちゃんが、ケーキが好きだって聞いてたから、バレンタインならいいかなと思って」



 意外とマメで真面目な由香里先生のことだから、私の前に出すまでに、何回も試作を繰り返したんだろうなぁ。美術の授業や、美術部の顧問の活動で忙しいのに。


 好きになったカノジョが作ってくれた『大好き』がたくさん詰まったケーキ越しに見える由香里先生の優しい微笑みに、私は軽く目を潤ませてしまう。



「美樹ちゃん、一緒に食べよ。あ、紅茶も淹れてくるからね」


「はいっ!」



◆◇◆◇



 見た目も、味も触感も、どこをとっても由香里先生の気持ちが、たくさんこめられたチョコレートケーキは、本当に美味しかった。


 食べ終わってしまうのが、残念なくらいに。


 また食べたくなったら、由香里先生に甘えて、お願いしてみようかな。


 ケーキと相性がいい紅茶も堪能して、心地いい満足感を味わってから、私は由香里先生に、ふと聞いてみた。



「由香里先生は、高校に入学したての頃って、どんなだったんですか?」


「えー、いきなりどうしたの(笑)? 別に、普通だったと思うけど」


「あんなに妹属性もあるんだから、なにかしらの面白エピソードもありそうですけど」


「そんなぁ……美樹ちゃんに話せるような特別な出来事なんて、ないわよぉ」



 なんだろう? 胸がドキドキしてきた。ケーキの中に、そんな材料が含まれていただろうか。それとも、これも私の心の奥から湧いてくる『特別』な気持ち?



「……由香里先生……私、由香里先生の高校に入学した時の話、聞いてみたいです……」


「えっ……イヤよぉ……って、美樹ちゃん!?」



 私は、耳まで真っ赤にして、たじろぐ由香里先生に近づき、愛しいカノジョの耳元でささやく。



「由香里先生が好きですから……もっと知りたいんです。私の知らない頃の、由香里先生を……」


「ち、近いってばぁ! 美樹ちゃん!? どうしちゃったのよっ!?」



 私は、由香里先生を部屋のベッドに押し倒し、先生の綺麗な髪をほどいて、指ですいてから、投げ出された由香里先生の両手と自分の手を重ね合わせ、互いに指を絡ませる。



「どうしても、由香里先生が教えてくれなかったら、このまま上でいますから。おとなしく話してもらったら、どきますね」


「ちょっと、美樹ちゃんっ!? どうして、私の昔話とベッドの立場が、関係あるのっ!?」


「楽しみだなぁ……由香里先生の高校入学した頃のお話。たとえば……最初の学年別テストで2位になって、悔しいからって生徒が見てる前なのに、ワンワン大泣きしたこととか」


「ハッ!? さ、里美ね! 里美でしょ!? 里美が裏で、こっそり美樹ちゃんに私の恥ずかしい話、教えてるでしょ? もおぉぉぉっ、里美ぃぃぃっ!」


「教師の家に、生徒がお泊りなんて、まだ早いって言われそうだから、早く終わらせたいなぁ♪」


「うっ……は、はい……。もぉ、そんな、美樹ちゃんのキラキラした目で聞かれたら、全部話しちゃいそうじゃないのっっ! 私のイメージが……っ……んっ……」


 なおも懸命に抵抗する由香里先生の、柔らかい温もりがある唇を、私も自身の唇で、ふさぐ。


 まだチョコの味が残っていて、由香里先生の口内の蜜と合わさって、さらに甘い味がする。



「……大丈夫ですよ、由香里先生。私にとっての由香里先生は、過去も今も同じ、ずっとずっと大好きな由香里先生だから♪」



 2人の甘い甘い時間は、まだ始まったばかりだ……。


 終わり。 

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