竹宮物語 〜かぐや姫に出逢った日〜

紅夜チャンプル

第1話 竹取物語の世界へ

 僕は竹宮晴翔はると――この春に中学生になったばかり。

 小学校よりも勉強が難しくて、部活も毎日ある。色々と忙しいけれど、今のところ充実した毎日を過ごしている。


 その日の国語は、『竹取物語』の授業だった。


「いまは昔、竹取の翁といふもの有けり。野山にまじりて……」


 眠い。

 昨日は塾も遅くまで残ってたから、少し寝不足だ。

 

 黒板の文字が徐々に霞んでゆく。

 頭の中では古文の言葉が渦巻いていて、先生の声が遠くなっていく。


 その時、目の前が真っ暗になった。



 ※※※



「……ここは?」


 僕は広い畳の部屋に倒れていた。ゆっくりと身体を起こしたが、何だこの衣装は? 平安時代の貴族みたいだ。


「まるでお城のようだ。どうしてこんなところに僕が?」


 すると部屋に誰かが入ってきた。僕と似たような格好をしている。


「……みかど。お目覚めですか」


 み、みかど……!?

 僕が……!?

 いや、そんな急に無理だって。


「そろそろ、次の関白のことをお尋ねしたく……」

「え……?」

 言葉に詰まる。

 何を言ってるのかわからない。


「そ……そなたに任せた」

 とりあえずこう言うと、「かしこまりました」と言ってその男は出て行った。


 どうやら本当に平安時代に来てしまったようだ。しかも僕は“みかど”らしい。ということは、この世界を自由に動かせるのだろうか。


「……退屈だな。外に出よう」


 僕はこっそりと城から抜け出すことにした。敷地が広くて迷ってしまったけれど、どうにか出口を見つける。


「ここがみやこの中心……」


 人が行き交っている華やかな通り。

 背の低い屋敷が並んでいて、牛車も見えてきた。

 

 多分、この時代の人は帝の顔まではわからないのだろう。僕を見ても特に反応がない。


「おい、聞いたか!」

「ああ、また無理だったんだろう?」

「いったい“かぐや姫”は誰に嫁入りするんだろうな」


 ――かぐや姫?


 かぐや姫って……竹取物語の中にしか出て来なかったよな?

 平安時代に実在していたのか?


 僕は気になって彼らに尋ねてみた。

「あの……かぐや姫って?」

「知らないのか? 都の外れの竹林にいる、奇跡の美しさを持つ姫君だ」

「すでに5人の貴族が求婚したのだが、無理難題なお願いをされて、断られてるんだ」


 まるで竹取物語の世界じゃないか。

 僕はかぐや姫に会いたくなってきた。


「その無理難題なお願いって……子安貝、とか?」

「そうだ。“つばめの産んだ子安貝”……そんなものこの世にあるのかね」


 間違いない。

 僕は竹取物語の中に来てしまったんだ。

 そこにいる帝ということは、これからかぐや姫に会うことができるのか?


 僕は急いで城に戻り、さっきの家来の人に言った。


「かぐや姫を、ここに連れて来てくれないか」

「かしこまりました」


 しかし――


「みかど、かぐや姫はここには来ないと言っております」

「なんだと?」


 彼女がここに来てくれない。

 こうなったら僕が会いにいくしかない。


「わかった。僕が行く」

「え?」

「彼女がいるという竹林に連れて行ってくれ」


 こうして僕は牛車に乗って、竹林に向かって行った。時々都の景色を眺めながら、彼女のことを考える。

 かぐや姫って物語の中では美女と書かれていたけど、実際はどんな人なのか……想像は膨らむばかりだった。


 どのぐらいの時間が経っただろうか。

 ようやく僕の乗せた牛車は竹林にたどり着いた。


「みかど、あの家にかぐや姫がいるとのことです」

「ありがとう」


 そこにあるのは、歴史の教科書で見るような昔ながらの家だった。竹林の中で静かに佇んでいる。


「……失礼します」

 そう言って中に入ると、ひとりのお婆さんがいた。

 

「……あなたは?」

「僕はみかど……ではなくて、都に住む者です。かぐや姫にお会いしたくて参りました」

「そうなの」


 お婆さんはかぐや姫を呼びに行った。

 待っている時間がものすごく長く感じる。


「奥にいますので……どうぞ」

「はい」


 心臓の音が聞こえるぐらいに緊張しながら、そっと奥に進む。

「……失礼します」


 僕は部屋に入った。

 ――そして、そこにいたのは、想像していた“かぐや姫”とは、まるで違う人だった。

 

 

 

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