第23話(増える常連、芽生えるハーレム候補)
プレオープン三日目。
開店準備中の店内に、もう外のざわめきが届いていた。
「今日もやってるかな」「昨日のカレー、マジで効いた」
(開店前待機、出るの早くない?)
木札にははっきりと「開店:昼から」と書いてあるのに、扉の向こうでそわそわしている気配。
カウンター越しで仕込みをしながら、俺はリナに声をかける。
「リナ、外の様子見て。まだ入れないって柔らかく伝えて」
「はい! “柔らかく”ですね!」
勢いよく返事して、扉を少しだけ開ける。
「すみません、準備中です。開店は日が真上になってからですので!」
……声量、柔らかさゼロだったな。
まあ伝わったから良しとする。
◆ ◆ ◆
昼。
木札をひっくり返した瞬間、ほどよい人数がなだれ込んでくる。
「いらっしゃいませ!」
リナの声に続いて、見慣れた顔と、新しい顔。
真っ先にカウンターに来たのは、昨日も来た女魔法使いミラ。
「今日も来たよ、店主さん」
「いらっしゃい、ミラ。仮登録なのにもう皆勤賞だな」
「そりゃ、ここ来てから魔力の回りいいんだもん。効率、最優先でしょ?」
相変わらずフランクだが、支払いはきっちり。銅貨を揃えて置いてくる。
「今日も普通盛り?」
「ううん、大盛りで。午後から初の中級依頼なんだ」
「了解。調子に乗って突っ込みすぎるなよ」
「分かってるってば。生きて戻って、また食べに来るから」
軽口を叩きながらも、目は本気だ。
こういうタイプは伸びる。
◆ ◆ ◆
次に現れたのは、白と水色の簡素な法衣を着た若い女神官。
昨日、神殿の使いでギルドに顔を出していたのを見かけた気がする。
「こちらが……例の“強くなる飯”のお店でしょうか」
緊張した面持ちでカウンターに近づいてくる。
「そう呼ばれてるらしい。ギルド経由の紹介?」
「はい。ロウズ神殿の補助神官、エリスと申します。治癒の修行中で……」
ぺこりと深く頭を下げる。
えらく礼儀正しい。
「今日は、自分の分を」
そう言って、しっかり銅貨三枚を握りしめていた。
「神殿の子だからって、特別扱いはしないけどいいか?」
「当然です。神に仕える者こそ、正当な対価を払うべきですから」
即答。好感度が高い。
「じゃあ、エリスさんに一皿」
「“さん”はいりません、エリスで。……いただきます」
一口。
ぱちん、と瞳が大きく見開かれる。
「……あ、すごい。祈りが、さっきより澄んで流れていく感じがします」
「気のせいじゃない。集中力と回復効率を、少しだけ上げてる」
「これを、傷病者に……」
「それは条件次第。必要なとき、必要な相手にだけ。本気の皿はまだ出さない」
言葉を選んで告げると、エリスは真剣に頷いた。
「分かりました。この場所の意志は、尊重します」
視線が、真正面からまっすぐ刺さる。
(おっと)
こういう目をされると、少しむず痒い。
◆ ◆ ◆
カウンター席では、別の女性冒険者たちがテーブルを囲んでいる。
革鎧の槍使いシア、盾持ちのマリナ。昨日から来ている真面目組だ。
「ねえシア、この店マジで当たりだって」
「分かる。昨日ここで食べたあと、荷運びクエスト三本分やっても余裕だったし」
「変な媚びもいらないし、“ちゃんとやってりゃ皿出す”ってルール、楽」
会話が丸聞こえだ。
(うん、その認識で正しい)
リナがそこへ皿を運びながら、おそるおそる話しかける。
「お味、どうですか?」
「最高。アンタもここで働いてるの?」
「ハルさんのお手伝いを……その、修行も兼ねて」
「いいなあ、身近で食べ放題?」
「ち、違います! ちゃんと払ってます!」
慌てて否定するリナを見て、シアとマリナがクスクス笑う。
「そういうとこ、信頼できるわ」
「頑張り屋っぽいし。今度一緒に依頼どう?」
「えっ」
リナの顔がぱっと明るくなる。
(おお、横の繋がりもできてきたか)
新人がまともなルートで繋がるなら、それも歓迎だ。
◆ ◆ ◆
昼のピークを抜けた頃。
一段落したタイミングで、ミラがカウンターに肘をついた。
「ねえ店主さん」
「席でお行儀よくしててください、お客さん」
「固いなあ。……ハル、でいい?」
「名前で呼ぶのは構わないけど、“馴れ馴れしいから皿増やす”とかはしないぞ」
「そういうとこ、ほんと好き」
ミラが、さらっと爆弾を投げてくる。
「惚れた、とかそういう意味じゃなくてさ?」
そこで一瞬だけ間を置くな。
「約束したルールを曲げない人、信用できるって意味。だから、もしさ」
彼女は声を落とす。
「将来、本気のほうも“条件付き”で出すことになったら、その条件、アタシにも教えてよ」
「まず生き残れ。それが一番の条件だ」
「了解。死なないで最前線戻ってくるよ、“皿待ち枠”として」
目がキラキラしてるが、戦闘狂のそれだ。たぶん大丈夫。
リナがその会話を少し離れたところから聞いていて、もやっとした顔をしているのが見えたが、気のせいだろう。
◆ ◆ ◆
エリスは食事を終えてからも、少し残って皿洗いを手伝っていた。
「手伝わなくていいぞ、客だろ」
「修行の一環です。神殿でも掃除と洗い物は大事な仕事ですから」
真面目か。
「それに、ここでの時間は無駄じゃないと思います。この匂いと温かさ、安心します」
リナが横から同意する。
「分かります。ここにいると、“また明日も頑張ろう”って気持ちになります」
「褒めすぎだ。普通の飯屋だぞ」
「普通じゃないです」
二人同時に否定された。圧がすごい。
エリスは少し迷ってから、意を決したように口を開いた。
「もし……もし、重傷者が運ばれてきたら。そのときも、今日みたいに、対価を払えば、助けてもらえますか?」
「ケースバイケースだ。俺が“守る価値がある”と判断したら、やれる範囲でやる」
「その判断が、きっと正しいと信じられるから聞きました」
真正面から、また刺してくる。
(だからそういう目をするなって)
「期待しすぎるな」
「少しくらいなら、いいでしょう?」
小さく微笑んで、エリスは店を後にした。
◆ ◆ ◆
午後。
ピークも過ぎて、ちょっと一息。
カウンターの中で、リナが水を飲みながらぽつり。
「なんだか……女の人、多いですね」
「そうか?」
「ミラさんもエリスさんも、さっきのシアさんたちも……みんなハルさんを見る目が、その、なんか」
「なんか?」
「“この人に見ていてほしい”って感じで」
「飯屋の店主を持ち上げすぎだ」
「違いますよ。ハルさんだから、ですよ」
真っ直ぐに言うな。
「ちゃんと守ってくれる人だって、みんな分かってるから」
「守るっていうか、“踏みにじるやつを入れないだけ”だ」
「それが守るってことです」
リナはきっぱりと言い切る。
「私も、だからここで働きたいし、ここに戻ってきたいです」
「……そうか」
言葉が少しだけ詰まった。
(まあ、戻ってきたいって言われる店なら、悪くない)
その時。
足元で、チャリン。
まただ。今日何度目だろう。
『適正客の増加 → 経済補正(微・連続)
共鳴パラメータ:安定的上昇』
視界の端にログ。
そして、そのすぐ下に、見慣れた新しい行。
『旧拠点チューニング:進行12%
条件:“信頼度高”利用者のデータ蓄積
副条件:候補者タグ設定開始』
(候補者……?)
思わず詳細を展開しそうになって、手を止める。
胸ポケットの金色の欠片が、ほんのり熱い。
「ハルさん?」
リナが首を傾げる。
「どうかしました?」
「いや。ちょっと変なログが出ただけ」
「また世界さんですか」
「世界さんだな、多分」
“候補者タグ”。
嫌な予感と、面倒くさい予感と、少しだけ笑える予感が混ざる。
(まさかこのスキル、客や協力者にまで“印”を付け始めてないか?)
“選んだ相手だけを強くする”ための店。
もしこの拠点そのものが、“選んだ相手”を世界レベルでマーキングし始めているとしたら――
カウンターの向こうで、ミラが仲間と笑い合う声。
外ではエリスが、困っている老人に荷物運びを手伝っている姿。
リナは俺の隣で、真剣に皿を磨いている。
視界の片隅に、小さな光るフラグみたいなアイコンが、一人一人の頭上にちらついた気がした。
「……いや、気のせいだといいんだけどな」
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