第17話「ドラ猫盗賊と、皿を守る頭脳戦」

黒いフードの男は、月明かりの下で静かに言った。


「黄金カツカレーの本物と、“半額の印”について。静かに話がしたい」


 胸元の紋章は、猫の影と三本の爪を組み合わせた意匠。


(ああ、噂で聞いたな。“ドラ猫団”。雑魚専の情報屋まがい盗賊)


 直接乗り込んでくるほどの大物じゃない。だから逆に、ここで扱い方を間違えると面倒が増える。


「静かに話すなら、場所を変えようか」


「話が早い。さすが“強すぎる仮登録”殿」


 軽く煽ってくる口調。距離感を測りつつ、こちらの反応を探ってる。


「路地裏はごめんだ。ギルドの明かりが見える範囲。あと、一個だけ条件」


「ほう?」


「武器は抜くな。妙な合図も出すな。“静かに”って言い出したのはそっちだ」


「……了解」


 素直に頷いたが、その袖口の動きで分かる。何人か、もう周囲に散ってる。


(正面突破じゃなく、“情報と軽い脅しで揺さぶってくる”タイプか)


 ギルドの灯りが届く裏通り。視界の端で、影が三つ、四つ。包囲のつもりだろうが、距離は取っている。


 フード男が立ち止まり、こちらを振り返る。


「改めて。俺たちは“ドラ猫団”。情報と回収のプロだ」


「プロがギルドを通さないで夜に窓叩きます?」


「ギルドは“勇者様派”も“神殿派”もいて面倒だろう? 俺たちはもっとフラットだ。実利で動く」


 自分でフラット言うやつほど偏ってるんだよな。


「単刀直入に行こう」


 フードの奥で口元が笑う。


「俺たちは、“半額シール付きの神の飯”の噂を掴んでる」


 そのフレーズに、背中の毛が逆立つ。


「昼間、うちの子らが新人に話を聞いた。“黄金のカツカレーで強くなった”“半額の印がどうとか”ってな」


「うちの子ら、ね」


 さっそく主語が広がった。


「で?」


「その“印”さえ手に入れば、誰でも神の加護を半額で買える。……そういう理解で合ってるか?」


「半額で買える加護。ずいぶんお得だな」


「お得だ。だから提案だ」


 フード男は一歩近づく。


「“印”の出どころであるあんたと組みたい。俺たちが客を集めてやる。ギルドも神殿も通さず、あんたの皿を“欲しがってる連中”と繋げる。取り分は折半」


「“欲しがってる連中”って?」


「名前を出すのは野暮だが……王都の貴族、宗教系、潰れかけの勇者様サイド。皆、“神の飯”を欲しがってる」


 はいアウト。


(もう勇者側にも匂わせて動いてるな、こいつら)


「今なら間に合う。レオン様もミリア様も、まだ“本物”の在処を知らない。あんたが俺たちにだけ印を流せば、“中継屋”として守ってやる」


「守ってくれる?」


「そうだ。あんた、一人で全部敵に回すのは得策じゃない。俺たちなら影で手を回してやる。ちょっとした告げ口の握りつぶしとか、ね」


 ああ、なるほど。


「つまり、“金と情報で黙っていてやるから、その印をよこせ”と」


「言い方が冷たいな」


「実態がそれ」


 周囲の影がわずかにざわめく。図星を突かれてイラついてる。


「勘違いしてるようだから言うけど」


 俺は軽く息を吸う。


「その“半額の印”は、俺の手元にない」


「……は?」


「印は、皿の端に貼られる。俺が出した瞬間に、その一皿限りの“条件”として表示されて、役目を終えたら消える」


 フード男の指がぴくりと動く。


「だから“印そのもの”を欲しがるのは、仕様を知らないバカだけ。分かる?」


「……情報を小出しにしてる可能性は?」


「可能性は何にでもある。が、少なくとも俺は、“印だけ切り取って悪用できる仕様”は確認してない」


 これは事実。


「で、お前らは、その“仕様確認もしてない曖昧な噂”をネタに、客やギルドを揺さぶってる」


「仕事だからな」


「仕事熱心で結構。じゃあ俺も仕事する」


 ポケットの中の金貨を、親指で弾いて見せる。


「“黒フードで新人を囲み、半額の印の所在を問い質した連中”の情報を、ギルドと神殿調査局に売る」


 フード男の目が細くなった気配。


「脅しか?」


「脅しじゃない。ビジネス」


 指を一本立てる。


「一つ。お前らはもう、俺の“皿”に手を伸ばした。客を囲った時点でアウト」


 二本目。


「二つ。ギルド前と東門での行動、証人複数。神殿の秤持ちも確認済み。今なら、“軽い悪ふざけ”で済むかもしれない」


 三本目。


「三つ。俺と組む条件は“俺を半額扱いしないこと”。“半額の印だけ寄越せ”は、最安値どころか万引きだ」


 沈黙。


 周囲の影が少し揺れ、誰かが舌打ちした。


「…………話にならねえな」


 フード男の声から笑いが抜けた。


「偉くなったもんだ、“経験値泥棒”」


「肩書きは変わった。“選別する側”だから」


「選んだ結果、“全部敵に回す”ことになるぞ」


 圧がわずかに上がる。周りの影が、じり、と距離を詰め――


「そこまで」


 柔らかい声が割り込んだ。


 路地の入口に、杖をついた細身の影。月光に浮かぶ“秤と羽根”の紋章。


 セイル・アルバーノ。タイミングがいいのか、悪いのか。


「夜分に失礼。“話がしたい”と聞こえたので」


 フード男の肩がわずかに跳ねる。


「神殿の犬か」


「おや。初対面でその物言いは損ですよ、“ドラ猫団”の方々」


 セイルはにこりと微笑み、俺を見る。


「ハル殿。先に言っていただければ、ご一緒しましたのに」


「悪い。ちょっと“単価テスト”中で」


「結果は?」


「こいつらは半額以下」


「了解しました」


 会話だけ聞くと物騒だが、声色は終始穏やかだ。


 セイルはフード男へ向き直る。


「神殿直属調査局、セイル・アルバーノです。……東門外での新人囲い込み、ギルド前での不審な聞き込み。記録に残しておきますね」


「別に、殺してねえ」


「未遂も記録対象です」


 さらり。


「提案です、“ドラ猫団”」


 セイルの目が笑っていない。


「この町で、ハル・イチノセ殿に関する“半額シール付きの神の飯”の噂を利用した勧誘・脅迫・詐欺を行わないと約束するなら、今回は見逃しましょう」


「――ッ」


「拒めば、“神殿とギルドへの敵対的勢力”として扱います。選んでください」


 完全に、さっき俺がやった「選別」の公的版だ。


(いいね。システム側からも同じ線を引いてくれるのは助かる)


 ドラ猫団の影が互いに目配せし、フード男が舌打ちした。


「チッ……分かったよ。“ここでは”やらねえ」


「よろしい。“ここでは”の範囲は、ロウズ及びその管轄域一帯と解釈しますね」


「テメ……」


「異議なければ、お引き取りを。次に同じ手口を見かけたら――」


 セイルは笑顔のまま言葉を切る。


「“正式に”狩りますので」


 数秒の膠着のあと、フード男は鼻を鳴らし、踵を返した。


「行くぞ」


 影たちがばらけ、夜の路地に溶けていく。


 完全に気配が消えるまで待って、セイルが小さく息を吐いた。


「……間に合いましたね」


「助かりました」


「いえ。ほとんど片は付いていた」


 セイルは俺のポケットをちらっと見る。


「最後に、彼らの“隠れ家”の所在も、あなたはもう把握しているのでしょう?」


「まあ、大体は」


 さっき会話中、強化無しでも“匂い”で分かった。


 靴に付いた泥、服の煤、風向き。猫の紋章の擦れ具合。


(西の川沿い、倉庫街の端だな。派手に暴れるタイプじゃない)


「ギルドに情報出しておきます。“しばらくは様子見推奨、ただし新人勧誘に注意”で」


「ありがとう存じます」


 セイルは満足げに頷き、ふと真面目な声に戻った。


「しかし、“半額の印”という表現。どこから漏れたのでしょうね」


「そこが一番気味悪い」


 俺とセイルの視線が、自然と同じ方向を向く。


 王都。勇者。神殿本部。


 もしくは、もっと別の。


(ドラ猫は“拾った噂を売る側”。“最初に印の話をした側”は、別にいる)


「ハル殿」


 セイルが低く言う。


「近いうちに、“印そのもの”を狙ってくる本命が現れます。その時、今日のような“軽い相手”では済まないでしょう」


「分かってます」


 俺は窓のほう、屋台を出していたギルド前の方向をちらりと見る。


 守る皿が増えた分、狙われ方も変わる。


「だからこそ、あなたの“情報の出し方”は、今まで以上に慎重に」


「了解。ドラ猫相手の小手調べで、余計な情報は出してない」


「ええ。だからこそ言います」


 セイルの眼差しが、一瞬だけ鋭さを増す。


「今のやり取りで、一つだけ引っかかる点がある」


「どこです?」


「彼ら、“ドラ猫団”は、『本物は王都から追放された』と最初から知っていました」


 心臓が、どくんと鳴った。


 そこまで口にはしてなかったはずだ。


「それはつまり――」


 セイルは静かに告げる。


「“あなたを追放した側”から、既に情報が流されている可能性が高い、ということです」


 勇者レオンか、その取り巻きか。


 もしくは、「神の冒涜」と騒いだ聖女ミリアか。


 追放で縁が切れたと思っていた線が、別の形でこっちへ伸びている。


 胸ポケットの金貨が、今度は低く不穏な音を立てた気がした。


「……面倒になってきましたね」


「ええ。本番は、これからでしょう」


 セイルの笑みは穏やかだが、その奥に、次の“皿争奪戦”を見据える冷たい光があった。

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