第8話「落ちこぼれ剣士リナと、半額扱いはさせない」

街道救助の一報で、ギルドは一気に慌ただしくなった。


「応急班、三班まで編成!」

「担架四つじゃ足りません!」

「ポーション残量は?」

「神殿から追加要請が――!」


クラウスの指示が飛び交い、冒険者たちがばたばたと動く。


「私も行きます!」


 さっきまで肩を落としていたリナが、真っ先に手を挙げた。


「お前じゃ足手まといだ、下がってろ」

「そうだそうだ、昨日もやらかしたんだろ?」

「赤字パーティーの残りカスに任せられるかよ」


 野次る声。彼女は悔しそうに唇を噛みしめ、それでも引かなかった。


「それでも、私の足で走れます。荷物運びでも何でもします。置いて行かないでください」


 クラウスが一瞬だけ彼女を見て、こくりと頷く。


「補助班として同行を許可する。ただし無茶はするな。守れない命を増やすな」


「はい!」


 そのやり取りを聞きながら、俺は手を挙げかけて、止めた。


(今ここで目立ちすぎるのも、得策じゃない)


 スキルの仕様もまだ半分も分かってない。クラウスとの線も引いたばかりだ。


 けれど。


(“神殿の治癒が間に合わない”は、放っとけないんだよな)


 黄金カツカレーで全回復するあの感覚を知ってしまった以上、「手があるのに見捨てる」は、俺の倫理とスキルの設計、両方に反する気がする。


「クラウスさん」


「なんだ」


「俺も外の様子、見てきます。運ぶくらいはできますんで」


 意味は理解したらしい。クラウスは短く頷く。


「ただし、君の“切り札”をどこまで見せるかは、君の判断に任せる」


「了解」


 ギルドを飛び出す救助班の後ろを、少し距離を置いて追った。


 街門を抜けると、雨上がりのぬかるんだ街道に、傾いた馬車と血の筋が見えた。


 倒れた護衛らしき男たち。荷台には破れた木箱。周囲には、切り捨てられた狼型魔物の死骸が転がっている。


「ひでえな……」


 近くで若い神官が必死に治癒魔法を飛ばしているが、手が足りていない。重傷者のうめき声があちこちから。


「止血はした! だが毒が……!」

「このままだと二、三人は……!」


 リナは顔を真っ青にしながらも、指示された通りに動き回っていた。包帯を渡し、負傷者を支え、泥に膝をつくのも構わない。


「こっちの人、脈が弱いです!」

「順番待ちだ、後回しに――」


「待ってください、そんなの……!」


 食い下がる声に被せるように、粗い声が飛んできた。


「おい!」


 別の馬車の影から、中堅風の冒険者が二人、リナの腕を乱暴につかんだ。


「いてっ……!」


「お前、昨日の赤字剣士だろ。こっち手伝えよ」

「この荷主さん、俺らの常連なんだよ。ちゃんと守れなかった赤字分、お前が働いて返せ」


「え……?」


 リナが戸惑う。男の片方が、ぐしゃぐしゃになった紙を突きつけた。


「ほら見ろ、“パーティー全員で損失補填”ってサインしてんだろうが。弱いくせにサインした責任取れよ」


「それ……! そんな額じゃなかったはずです。上に書き足して……!」


「文句言う前に働けよ、“半額女”」


 吐き捨てるような言葉。胸のどこかがカチリと音を立てた。


(半額女、ね)


 自分を低く見積もる言葉を、人に貼って回るタイプは、一番嫌いだ。


 リナは腕を振りほどこうとして、逆に力でねじ伏せられる。


「やめてください。今は負傷者の治療が先です」

「だからお前が荷物運べって言ってんだろ。俺らは戦力なんだよ」

「……!」


(あー、はい。アウト)


 俺は一歩前に出た。


「その手、離してくれる?」


 二人の冒険者がこちらを振り返る。


「は? 誰だお前」

「ギルドのもんか? ならこいつの赤字契約確認して――」


「その紙、ちょっと見せて。確認してからでも遅くないだろ」


 片方が舌打ちしながらも突き出してくる。ざっと目を通した。


 インクの色。筆跡。数字だけ妙に濃く、重ね書きの跡。


「水増しだね、これ」


「はあ?」


「下の方、桁を二つ足してる。お前らの字だろ」


 紙をひらひらと振る。


「ギルド規約じゃ、こういうの詐欺。はいアウト」


「テメェ、何様だよ」


「ただの“経験値泥棒”ですよ」


 男の顔色が変わる。


「ああ? お前が……!」


「噂以上に動けるかどうか、試してみるか?」


 穏やかに言いながら、俺は少しだけ下がって息を吸った。


「……[無限]黄金カツカレー(半額シール付き)」


 手の中に、黄金の皿がふっと現れる。二人が一瞬だけ目を奪われた隙に、俺は一口だけかき込む。


 内側から、黄金の熱。タイマーがカウントをリセットする。


 チャリン、と靴先で小さく金貨の音がした。


「今の、何だ……?」

「スキルかよ、飯出すだけの」


「まあ、ただの飯です」


 スプーンを置いて立ち上がる。


「でも俺が食った飯のおかげで、今のお前ら、めちゃくちゃ遅く見えてる」


「調子乗――」


 言い終わる前に、一人の手首を軽くつまむ。力を込めず、捻る角度だけ正確に。


「ぐっ……!?」


 男は悲鳴を飲み込んで膝をつく。握っていたリナの腕が解放された。


 もう一人が殴りかかってくる。頬を狙った拳を、半歩だけ外に誘導してやると、自分の勢いで勝手に転んだ。


「った……!」


「荷主を守れなかったツケを、弱い奴に全部回す」


 俺は破りかけの紙を指で裂いた。


「それ、自分の価値を“半額以下”にしてる行為だって分かってる?」


「関係ねえだろ! 現場はシビアなんだよ!」


「シビアだからこそ、自分の責任は自分で払え」


 リナが不安そうに俺と二人を見比べている。周りの救助班も騒ぎに気づき始めた。


 これ以上は見世物だ。切る。


「文句あるならギルドで正式に。クラウスさんに、全部説明すればいい」


 クラウスの名前を出すと、さすがに男たちの顔色が変わった。


「……チッ。覚えてろよ、“飯屋”」


「覚える価値があればね」


 吐き捨てるように睨んで去っていく彼らの背中を捨て置いて、俺はリナに向き直る。


「怪我は?」


「だ、大丈夫です……さっきは、ありがとうございます」


 彼女は深々と頭を下げる。


「でも、その……私、本当に弱くて。昨日も足引っ張って赤字になって、それで――」


「それで“自分が全部悪い”って思った?」


「思いました……」


「半分は違う」


 リナが顔を上げる。目が揺れた。


「失敗の責任を取ろうとするのはいい。でも、人の分まで背負わせようとする奴の言葉まで真に受けるな」


 俺はさっき破った紙の切れ端を見せる。


「これ、最初からお前を“都合のいい財布”扱いしてる書き方だ。自分を半額で売ると、そういうのが寄ってくる」


「……でも、私、強くないから」


「強くないなら、強くなればいい」


 単純なことだ。


「ただし、自分を安売りして強くなろうとするな。“踏まれて当然の存在”だと思ってると、その通りに扱う連中ばっか集まる」


 リナは拳を握りしめ、小さく頷いた。


「……はい。絶対、強くなります。二度と、ああいうのに縋らないで済むくらいに」


「それでいい」


 その時、背後からクラウスの声。


「応急処置は一段落した。重傷者が三名、神殿に搬送中だ」


 振り向くと、彼はじっと俺とリナ、破かれた紙片を見ていた。


「さっきのやり取り、少し聞こえた。“水増し契約”だな?」


「ええ。証拠、ここに」


 紙片を渡すと、クラウスは目を通して低く唸る。


「……後でギルドで聞き取りをする。君も来てくれ、リナ」


「は、はい!」


 クラウスは俺にも視線を向ける。


「それと、ハル」


「なんでしょう」


「君の“飯”」


 ほんのわずかに、言葉を選ぶ間。


「さっき、負傷者に勧めようとして、やめたな」


「見てました?」


「見ていた」


 リナが驚いた顔で俺を見る。


「……そんなすごいものなんですか? あれ」


「まだ“すごいもの”としては使わない」


 俺はクラウスとリナ、両方に聞こえるように言った。


「選んで使う。選べる相手にだけ出す。そのためにも、俺はしばらく、様子を見る」


 クラウスはわずかに目を細めて、頷く。


「賢明だ。しかし一つだけ覚えておけ」


「はい?」


「選んだ先に、“本当に救うべき相手”が倒れていることもある」


 淡々とした声なのに、その言葉は妙に重かった。


「そのとき君がどう動くかで、“経験値泥棒”か“守護者”か、決まるだろう」


 言い残して、クラウスは救助班の指揮に戻っていく。


 リナは彼の背中を見送りながら、ぽつりと言った。


「私……いつか、本当に自分の力で、誰かを守れるようになりたいです」


「じゃあ、その時まで」


 口が勝手に動いた。


「自分を半額扱いする連中からは、俺が離してやる」


「え?」


「代わりに、自分を安売りしないって約束するなら、だけど」


 リナはきょとんとしたあと、ぎゅっと目を細めて笑った。


「約束します!」


 その笑顔の端で、俺のステータス欄に小さなログが灯る。


『半額シール効果:

 ・不当な搾取阻止 → 微小利益還元』


 ポケットの中で、金貨がまた一枚、ちいさく触れ合った。


(……やっぱり、こういう選び方で合ってるってことだな)


 自分のやり方が、世界のルールと噛み合っている手応え。


 その感触に、わずかに安心しかけた、その時だった。


 街道の先。血の跡のさらに向こうから、遅れて駆けてくる別の馬車が一台。


 紋章旗に見覚えのある紋。


 黄金の剣と、聖なる光を模した意匠。


(……は?)


 嫌な予感が、胃のあたりを冷たく撫でた。


 御者台から身を乗り出している女の姿。風に揺れる聖衣。こちらを見つけて見開かれた、あの高圧的な瞳。


「――あら。こんな辺境で、あなたとまた会うなんてね、“経験値泥棒さん”?」


 聖女ミリアの声が、雨上がりの空気を刺した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る