侯爵の学園生活

第1話

 レグナ王国。大陸の東側に位置し、大陸中央から流れる大河を中心に栄えている。数々の主要都市を抱え、王国の海の玄関口であり、大河の河口部でもある港都ハーフェン、王国の中心部であり王国の全ての中心でもある、王都エクシア、王国の経済だけでなく大陸各国の経済にも影響を及ぼすほどの経済力を誇る、商業都市グリシャード。

 中でも国内からも大陸各国からも多数のエリート達が集い、日々己の目的のために研鑽を重ねる学園都市、レーナー。今年も春が迫り、新入生が入学のために馬車を走らせ、レーナーへと続く街道は馬車の列が作られていた。その行列の中でも、数少ない豪華な馬車のうちの一つ。ヴァレリアン侯爵の家紋の入った馬車の中で、2人の貴族が談笑していた。


「いよいよ到着いたしますね、アレク」

「ああ。随分と長い馬車旅だった」


 アレクと呼ばれた、アレクシス=ヴァレリアン。次期侯爵家当主の最有力候補であり、家中からも、使用人からも、領民からもそうなると信じられている、王立総合学園の首席。


「それもそうですね。腰が痛いです」

「嘘だろ。わざわざ腰をさするだけで座り直しもしない。どこが痛いんだ」

「あら、お気遣いいただけないのですか?」

「……勘弁してくれ」


 そうアレクシスに軽口を叩く、リアナ=ラングラン。ラングラン侯爵家の次女である彼女は、完璧な淑女教育を受け、社交界を優雅に立ち振る舞う王立総合学園の次席。


 彼らが同じ馬車に乗っているのも理由がある。

 家同士による婚約。侯爵家同士の子を婚約は、国内に激震を齎した。

 そんな騒ぎの渦中にいる2人は、これから始まる学園生活がどんなものになるのか、楽しみでならなかった。


「申し訳ありません。少し悪ふざけがすぎましたね」

「いい。いつもの事だろ。それよりも、リアナ。もうすぐ学園だよ」

「ええ、もちろん。楽しみですね」

「ああ、楽しみだ」


 やがて、馬車は関所を抜け、船へと乗り、学園都市へと入っていく。



 ──学園都市レーナー。王立総合学園や騎士養成学院に魔法学専門学園を中心とし、他にも国が運営する数々の研究所に学生寮、更には学生の為の商業エリアが並ぶ、大河のど真ん中にポツリと浮かぶ島と沿岸部で構成される都市。王家の直属領であり、毎年行われる学園祭では、大陸でも類を見ない規模で人と金が動く。──


「さて、私たちも降りようか」

「そうですね」


 立ち上がり、馬車の扉が開く。すると、周りの人がコソコソと話し出す。


「ヴァレリアン侯爵令息だ」

「ラングラン侯爵令嬢もご一緒だぞ」

「2人が婚約されたという話は本当だったのか」


 そんな周囲の視線を気にすることなく、2人は馬車から降りた。


「注目されてますね」

「今更だろ。物珍しい光景を見ているだけだよ」


 そのまま2人は王立総合学園へと入っていく。だが、その2人を上回るどよめきが起きる。


「見ろ、あの馬車の紋章……」

「王家の方だ」


 馬車が止まり、中から出てくるのは、ハイト=レックス=レグナ第二王子、フェリテ=レックス=レグナ第三王女、ルーナ=レックス=レグナ第三王子の3人。王国民は膝を着き、王家への忠誠を示した。


 彼らは跪くアレクシスとリアナの横を通り過ぎる。だが、アレクシスは彼らを横目で見やりながら、何かを見極めるような視線を向ける。



 入学式。式も順調に進み、学園長が壇上で新入生に声をかける。


「今年も多くの新入生が学園の門戸を叩いてくれた。私はそれを嬉しく思う」

「学園では、貧富や階級の差は存在しない。全ては成績で決まる」

「諸君らが素晴らしい成績へと向け日々研鑽に励むことを学園は期待しよう」

「ようこそ、王立総合学園へ」


 そして首席による新入生代表の言葉。アレクシスが壇上に上がり、紙を持ち出すことなく話し出す。


「ここには、様々な国家から、様々な階級の、様々な人種が総合学園で何かを学ぼうとここまで来た者たちが多数いる」

「私は新入生代表として、学園の名に恥じない活躍を見せることをここに誓う」


 その言葉が会館に響きわたり。新入生の反応は数多の種類を見せた。どよめき、嘲笑、平静、敵視。会うのも顔を合わせるのも初めてだと言うのに、あんまりな仕打ちである。


「随分な理想を言いますね」


 席に戻ると、リアナがからかってきた。


「酷い言い草だな。全部事実だよ」

「それもそうですね。あなたなら、成し遂げられることでしょう」


 リアナは納得したように、視線を前に戻す。

 まだ式は終わっていない。式が終わるまで、アレクシスは退屈な感情を押し殺して席に座っていた。


 やがて、入学式が終わり。新入生は8クラスに分けられ、学園を歩いて回り、設備や教室の場所の把握を行う。今年の新入生は200名であり、入学試験時の成績でクラス分けが行われる。既に成績上位25名は最上位クラスのAクラスとして案内が済んでいた。


「妬みの視線が多いですね」


 リアナが話しかけてくる。


「気にしてない。それよりも、そろそろ動くだろ。静かにしておけ」

「お言葉のとおりに」


 リアナの言う通り、アレクシスに対する負の目線は数多ある。それは誰からというものでもない。特にアレクシスとリアナの実家を筆頭とする国内東部、南部貴族らからの支持を受ける保守派を目の敵のように見ている過激派の貴族からは白い目で見られている。

 話していると、既にAクラスの人数分揃ったようだ。教官が歩き出したので、アレクシス達Aクラスはその教官について行き、学園内の構造について把握していった。


 学園内を見て回った後、Aクラスの教室にて。


「今日はここまで。クラス内で交流を深めるなり、訓練室を使う申請をするなり、このまま寮へ帰るなりするがいい。私は日暮れまでは学園の研究室にいるから、何かあれば私の研究室へ訪ねるといい。解散」


 そう言って、教官は去っていった。するとまたたく間に教室内は賑やかになる。主に、アレクシスとリアナへのご挨拶をする貴族の連中が、だが。


「初めまして、私グレン伯爵家三男のアフダール=グレンと申します」

「私はテスラン男爵家のミシル=テスランと言いますの」

「私は……」

「いえ、私から先に……」


 早くもアレクシス達の座る席の周りに人だかりができたが。


「皆すまない。今日のところはもう帰ろうと思っていてね。皆へのご挨拶はまた次の機会とさせて貰えないだろうか」


 笑みを浮かべながらアレクシスは言った。周りはアレクシスの言葉を聞き、「そう仰るのなら」とすぐに散っていった。


「御家のご威光は大きいですね」

「全く苦労もするさ。さて、帰ろうか」

「はい。部屋が別々なのが名残惜しいです」

「そんなことこれっぽっちも思ってもいないだろ」

「あら、バレましたか?」

「まあいいさ。今日は部屋へ戻って一休みだ」



 俺とリアナは足並みを揃えて廊下を歩く。今日から始まるこの4年間の学園生活は、平年よりもさらに過激で、残酷で、途中で脱落する人が多いだろう。酷ければ在籍中に殺されたり、実家の取り潰しにより除籍処分を言い渡される場合もある。なぜか。

 この学園には、4人の王位継承権を持つ王族がいる。あとは言わなくてもわかる通り。


(一体誰が王位を手にするのか)


 既に派閥に属している者、中立を表明し王位争いに関与しない者、まだ所属派閥を決めかねている者が、この学園にはいる。俺は中立を表明しているものの、いずれは舞台上に引きずり出されるだろう。そうなるならば。


(誰につくか)


 これが大事となる。



 これは、ヴァレリアン侯爵次期当主とラングラン侯爵の花が送る学園生活のお話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎週 木曜日 18:00 予定は変更される可能性があります

侯爵の学園生活 @rt6c

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ