馬伯庸「西遊記事変」をめぐるあれこれ

セオリンゴ

第1話 気晴らしに創作して大作となる凄さ

 大陸という風土だろうか、馬伯庸まー・ぼーよん氏の小説は大胆なのに細部をおろそかにせず、壮大なのに機微が深い。大作にしてエンタメなのだ。

 

 2024年に早川書房のポケット・ミステリブック2000作目と2001作目で刊行された馬氏の「両京十五日りょうきょうじゅうごにち」Ⅰ・Ⅱ巻は怒涛の歴史冒険譚だった。その後、馬氏の短編「南方に嘉蘇あり」を読み、歴史上に巧みなウソを広げて一種のユーモア譚に仕立てた洒脱さに唸ったりした。


 その馬氏の最新邦訳「西遊記事変さいゆうきじへん」が私にとって、単にエンタメだけでなかったことを記しておきたい。うつ病治療中で、少々神経過敏なのと頭のなかの靄を整理したくて、ここに書こうとしているのかもしれないが、まぁ、一興。


「西遊記事変」の原題は「太白金星有点煩たいはくきんせいゆうてんぼん(太白金星は厄介事を抱えて)」

 おなじみ西遊記で天竺へ向かう玄奘三蔵げんじょうさんぞう一行に八十一の難行を用意する裏方に任命された太白金星たいはくきんせいこと李長庚りちょうこう。彼は天界の仙人で、天界とは立場を別にする仏教界の観音大士かんのんだいしに八十一難の立案企画を押し付けられてしまう。

 

 この立案企画のさまはまるでツアーコンダクターか敏腕プロデューサー、観音かんのんとやり取りする飛符ひふはLINEかメールで現代的。お仕事小説の側面もある。

 妖怪は派遣か地元で雇うか、玄奘一行を見張っている神仏に必要な線香と洞地どうちはいかほどか、諸費用を計算して財神に提出するのがまた面倒。一難を越えたら報告書である掲帖けいちょうをどう書くか、観音かんのんといちいちやりあう。全てを手配していたら修業する暇がない。

 オフィスワークに現場監督を足したようなハードさで、ほぼ現代と変わらなくて笑う。


 天界での昇進をあきらめていた仙人は、観音大士かんのんだいしと駆引きを経て昇進の意欲が湧く。一方で孫悟空そんごくうに因縁のある一匹のサル・六耳ろくじを、忙しさにかまけて適当にあしらったために思わぬ因果に絡めとられる事態に。

 果たして仙人の任務や、いかに。


 お仕事小説の一面では忖度&根回しの連続で、現代中国のパロディに思えるが、謎に気付き、深みにはまる仙人の葛藤が可視化して二人の赤子になるあたりでは完全にミステリー。

 この謎の深まり具合と仙人の葛藤が複雑に絡んで、ラストの意外な仕掛けにちょっとほろりとなってしまった。仙人人生の哀愁、孫悟空そんごくうのまさに空を悟った態度(でも毒舌)、玄奘三蔵げんじょうさんぞうの覚悟など、キャラクターたちの新たな一歩が清々しくも寂しい。ちなみに女性の姿をした観音大士かんのんだいしは大好きになってしまった。


 ところで何より驚くのが、著者あとがきだ。

 なんと長編小説(たぶん大変シリアスな歴史医学もの)で疲れたため、気晴らしに出版されなくてもいいような話を書いたら、「太白金星有点煩たいはくきんせいゆうてんぼん」になっていたという。

 マジか。

 気晴らしで書いてこれだから、華文(中国語小説)世界は底知れない。


 というわけで(?)詳しくは次回へ(えー?)

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