第8話 副都市長

 私はともかく、ロゼは、まだ今の宴会の雰囲気を纏っている。

 もらった指輪を掌の上で転がしながら、それを見ている。

 それを見ていると子供にしか見えない。

 この娘をモノにしようとした、先程までの私はどうかしていた。

 それでも声を掛ける。

「どう思ったか聞いていい?」

「ごめんなさい」

「まだ、見たい?」

 そう言いながら、廊下を小走りで近づいてくる娼婦に気が付いた。

「どうしたの?」

「少し前に副都市長がお見えになりました」

 その言葉に、ロゼが驚いたふうで顔をあげる。

 ならば見学はここで終わり、それに私としても彼に尋ねてみたい事がある。

「私も彼に会いたいと思っていたところよ」

 ロゼを連れて廊下を歩き始めた。


 夢見館の別邸へは、本館からは一旦外に出なければならない。

 しかし実際は、この廊下の先は別邸の扉になっている。

 こんな不思議な造りが、夢見館の随所にある。

 正門から私の通ってきた小径もそう、招からざる人が小径に入ると夢見館の玄関には決してたどり着けないらしい。

 あとは・・・、私は別邸の扉に着いた。


 扉を開けると、思ったより明るくランプが輝いていた。

 灰色のビロード張りのソファに、若めの男が腰を掛けて、ランプの灯りで書類を見ていた。この地方都市アルバの副都市長レオニス・ディオンは、私に気が付いてこちらを見た。

「遅いな、遅すぎて仕事を始めたところだ」

 年齢は三十を少し越えたばかりだったかな、整った顔立ちで、灰色の瞳の副都市長は真顔でいきなり私に文句を言った。しかし、世話係は私に首を横に振って笑っている。

「ごめんさいね、レオニス」

「レオニス?」

 そう呟いたのは、後ろにいたロゼ、彼女が顔を出して部屋の中の男を見た。

 すると、レオニスが書類を投げ捨て立ち上がった、そして腕を拡げて言った。

「よう、ハーディ、いい女に…なってないか」

「えっ!」

 一瞬で膨れ上がる魔力を感じた瞬間、疾風が私の横を通り過ぎた。

 無防備だったのは間違いないけど、青い疾風がレオニスの上質の白いシャツにそのまま激突するまで私は動けなかった。

 パンッと音がした。レオニスが袖まで捲った腕を前に突き出してロゼのパンチを受け止めていた。

 黒皮の紐で縛った灰銀のポニーテールが後ろに流されたが、すぐに元に戻る。

「空駆術か、知っていたから対処は簡単だったな」

「えっ?」

 レオニスの前に立ったロゼは彼の顔を見上げながら、不思議がっていた。

「お前、昼間、都市庁舎の屋上から飛び降りたろ?」

「あれ見られてたのね」

 ロゼは本気で悔しがっている。

 それでもレオニスと親戚なのは、この会話からも分かる。

(言葉は雑だけど、とても優しい)

 今度は、ドスッと音がした。レオニスが身体をくの字に曲げた。

 どうやら、ロゼの正拳がレオニスの腹筋を叩いたようだ。

 副都市長は、腹を抑えながら体勢を元にもどした。

「お、お前なぁ」

 その次の言葉は、ロゼからだった。

「怖かった!」

 叫び声と供に突進するロゼに一瞬身構えたレオニスは彼女に強く抱きしめられる。

 そしてロゼは言った。

「なんでこんなところを紹介するのよ!」

 そうだ、私は彼女が副都市長に告げ口することは予想していた。

 なのに、実際には忘れていた。

「私からもいいかしら、ここは娼館なのよ。なのに貴方ときたら…」

 私は二人の近づきながら、言った。

 これで私も、被害者ポジションを取る。

「それとロゼ、この娼館じゃ、魔法の使用は禁止なのよ」

 ここで彼女を睨む。

「ご、ごめんなさい」

 振り向いて私を見たロゼは顔を少し引きつらせて素直に謝る。

「今度から気をつけなさい」

「は、はい」

 そう答えても、ロゼはずっとレオニスにきつく抱き着いたまま。

「ヴェロニカ姐さん、その、綺麗だけど…お顔がちょっと怖いって」

 レオニスは私に抗議をした。

「怖がらせてごめんなさいね、ここを仕切るって中々大変なのでつい」

 私はレオニスを真っすぐ見て言葉を足す。

「確かに裸の娼婦が、宴会で給仕しているなんて、ロゼちゃんにとって怖かったかもしれないわね」

少し肩を落としてみせる。

 レオニスは、そんな私を見て黙って頷いた……、わけではなく思いがけない事を口にする。

「貞操さえ守ってもらえばいい」

 その言葉にロゼは驚いたようにレオニスを見上げた。

「ああ、第三夫人にしてやる。ただし20歳までな、護ってやる」

 そしてレオニスは私に向き直って言った。

「姐さん、そういう事にする。水龍祭の間は、保護を頼む」

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