第7話 宴もたけなわ

それでも動かないロゼを見て舌打ちをして、お客が再びサラダを手で取る。

他の客からその客に呆れたような、含み笑いが浴びせられる。

娼婦の腰が一瞬浮いた。

腹部の食材がずれて、サラダの山が太ももから落ちた。

ここからは見えなかったけどが、翳りの下にある唇に小指を引っかけたみたい。

(わざと…なるほど)

私から見えたのは、ロゼの視線がそこに動いて、そして背けた事だけ。

そんなロゼをじっと見ていたのも禿げ頭の客。

彼は手に取ったサラダを口に入れて音を立てて食べてみせている。

ロゼは今、眼と耳から厳しい光景を見せつけられている。

もちろん好奇心はあっただろう、その後に来た自己嫌悪、あるいは自分が皿となっているような、食べられているような悪寒…、それらの感情が入り混じって醸成したその表情…

(素敵だわ)

ただそれは、私がロゼに与え私だけが味わうはずの表情だもの、不快だわ。

「さあ、食べなさい」

客が強い口調で言った。

(そうじゃない、もうひと手間必要よ、ロゼが美酒にならずに腐ってしまう)

私が足を半歩進めて、口を開こうとしてロゼを見てやめた。

「いただきます」

ロゼがフォークで手に取ると、自分の皿に盛られたサラダに口を付けると一気に平らげたから。

客は驚いた顔から笑顔に変わった。

「どうだい?踏み出して食べてみたら、もう普通だろ?」

「そうですね」

抑揚の無い声が私に聞こえてきた。

(散らされた!)

私はギリッと歯噛みした。自身の大失態をまた眼の前で見せつけられた。

私だけの美酒をお客に振舞ってしまったこと。

それだけじゃない、これも自分で仕向けたのだ。

自分が楽しんで散らせるはずなのに、しかもこれを只でお客に…

「ロゼ姐さん、その娘も、売り物かい、いくらだ?」

不意に左奥のお客から声が掛った。

「…いいえ、この娘に宴を見せたいだけ」

「そうか、じゃ、今夜、私に付ける事は?」

「ございません」

「いくら積んでも?」

「私の言葉、聞こえませんでしたか」

気を極力抑えたつもりだけど、お客様をすまんと言って顔をコップの酒を飲んだ。

(私はどうかしている)

今、テーブルに乗っている娼婦は、もうここでは使えない稼ぎの少ない人間の娼婦だ。身体が弱い上に、人が稼げる期間はサキュバス、エルフに比べると少ないというか一瞬だ。だから、まだ稼げるうちに他の店に売る事が多い。この3人はその中でも売れ残り。そして、お客には、宴の旨を説明して参加して頂いた方々なのだ。

「私は、この娼婦にするよ、まだ稼げそうだ」

右奥の口髭が印象的な紳士が彼の目の前の娼婦を指差した。

ロゼに気が行って見ていなかった。

その娼婦の、片方の乳房が先から麓まで全て見えている。

先がツンと天井を向いている。知らない間に何かをされたのだろう。

脚も軽く開いて、そうかしっかり調べたのか。

小さな葉一枚が貼り付いているのは、彼の仕業だろう。

さすが贔屓の娼館を複数抱える、仕入れ担当のブローカーだから抜け目ない。

「ありがとうございます」

私は深々と頭を十分下げから、壁際に立っている宴会担当に目線を送る。

気が変わらないうちに、契約書の手配をさせるためだ。

指で5をお客にも見せながら、頷く。5パーセントオフ。

この水龍祭の間に、もう一度、こういう宴を開く。

とはいえ、初回で一人も捌けないと、今後の気勢が削がれる。

それと、とその客は自分の指に嵌まった指輪を一つロゼにトスする。

ロゼはその指輪を見て、困ったように私を見る。

「その娘は、売らないと皆さまに申し上げましたが…」

「いや、売る気になった時の手付けだな、ウチの現場を一つ任せてみたい」

ちゃんと育ててやってくれと注文がつけたけど…。

娼婦も一人買ってくれたし、ロゼを青田刈り?それならば…

「そうですね、その時が来れば…」

私はロゼに頷くと、彼女は驚いていた。

一人売れたし、ロゼはサラダ以降あまり口にしていない。

頃合いだろう。

私は、ロゼに近づいて肩に手を添えた。

「ごちそうさまでした」

ロゼが私の意思を汲んで席を立った。

私は給仕や担当を視線に納めながら、お客様達に向かって微笑んだ。

「残りの二人も、いい娘なのでよろしくお願いします。

そう言って私はロゼの腰に手を回して、扉のほうに歩き始めた。

担当が扉を開けた。

私は室内を振り返り礼をすると部屋から離れた。

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