第6話 娼館の見学は、体験もできます

 ロゼにアイマスクを着けさせるのを忘れているのに気が付いたので、モナルフィに取りに行かせた。

 普段は、お客様しか付けないから。各国の要人もたまにいるし、政敵同士が廊下で鉢合わせというのも、最悪だもの。付けるとその人の認識自体が他人から見れば曖昧になる。そんな魔法がアイマスクには込められている。

 それと魔法が込められたものは、館内では厳重に管理している。

 それは娼婦でもお客様であろうと回復魔法以外は原則禁止にしている。

 使われてしまった場合は、それなりに処置をさせてもらっている。


「ようこそいらっしゃいました」

 私は扉を開けた。さきほどの乱痴気騒ぎが嘘のように静か。

 ロゼをチラ見したが、不満は無さそうだわ。

(不満が無ければいいわね)

 一見、少数の穏やかな宴なのだけど、決してロゼにとって楽しいと言えるかしら。


 複数のテーブルに山盛りの食べ物が見えるし、人間には食欲そそる匂いもする。

 給仕係が客達の周りを忙しく動いているが、ドレスに乱れはない。

「ここで、およばれしようか?」

 私は、小声でロゼに尋ねると、彼女の腹がキュルキュルと鳴った。

 こちらを見ていた客の一人が、それを聞き逃さなかった。

 笑いながら、ロゼを手招きをする。

「こっちに来て、一緒に食べようじゃないか」


 ロゼは許可と安全を確認するかのように私を見つめた。

「いってらっしゃい、がんばってね」

 まあ、客がロゼに手を出すことはないだろう。

 ロゼはゆっくりテーブルに近づいて行く。

 そこまではね…案の上、空いた椅子の前でロゼが固まった。

 私からは表情は見えないけれど、お客様達が面白そうにロゼを見ているので分かる。

 アイマスクで細かい表情は分からないけれど、彼女の緊張感は部屋中に広がっていく。

 テーブルの上に全裸の娼婦が寝そべっている。

 その裸体の上に料理が盛られているのよ。

 ”女体盛り”そう呼ばれるメニューは以前からあり、それを選んだ。

 乳房には、フルーツが蜂蜜やクリームで貼り付けられている。

 腹からは脚にかけて、ソースのかかったメインの肉や茹で野菜が飾り付けてある。

 野菜サラダがくぼ地に配置してある。

 縦長に切った野菜が取りやすいように刺さっているのは挑発し過ぎだろうか。

 確かにそのように指示したけれど、まさかロゼを参加させるとは思っていなかった。

(いまさらしょうがない)

 とにかく、そんな光景は彼女にとって初めて見ると思う。だから固まるのはわかる。

 助けを求めて私を見ると思って笑みを浮かべながら見ていた。

 もし、これでロゼがこの宴を辞退するなら、それを口実に私の手に落とす事になる。

(ごめなさいね、辛かったでしょう。でも、貴女はお客様の宴を台無しにしたのよ)

 台無しにした責任は、私にあるのだけど、ロゼに罪の意識が湧けば落とせる。


「ありがとうございます」

 そう言ってロゼは逃げ出さずにその席に着席した。

 ほぉっをお客様から声があがった。


 アイマスクを着けた客が3人、そこで長テーブルが三脚、△に並んでいる。

 その中央に給仕係が、一人入って、客の希望に応えて料理を取り分けている。

 三角の各辺の外側に客が座って静かな宴が進んでいる。

 その中の一つの辺の男、頭が禿げたお客の横にロゼは座った。

 お客が給仕にロゼの皿に食べ物を載せるように指示している。

 ロゼは座ったものの、何も口にせず、ただ前の一点を見ている。

(座っては見たもののって感じね)

 テーブルに横たわった娼婦の裸体が目の前にあるのだ。

 泣き出しても取り乱してもおかしくはない。

 ロゼの横の客が振り返って私を見たので微笑み返した。

 それをどう理解したのか客がテーブルから、手を伸ばして直接、野菜サラダを摘まんでロゼの皿に乗せた。明らかにロゼの動揺を狙っての事だとわかる。

 それは私の思いと同じ。サラダの山が崩して娼婦の翳りを見せるのね。

 そういうロゼの心を、乙女の心を削る方法を私も知ってはいる。

 ただ実際見た事は私にとって新鮮だった。

 私は、自らの魅力で、相手の心を鷲掴みするほうが容易いから。

 こうやって、心の表面に傷をつけ、徐々に心の裡を腐らせ、あるいは発酵させるのか…

「さあ、食べなさい」

 ここからははっきり聞こえないけど、お客がそういう手振りをしていた。

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