第43話 提案
国家が国民から復讐権を取り上げた――なるほど、そういう考え方か。それにしてもこいつ、意外とインテリなんだな。インテリヤクザって奴か。
俺がそんなことを思っていると、千弦がさらに言った。
「それにもかかわらず、国家が加害者に与える刑罰がむやみやたらに軽くなっていやがる。わかるか?仇討ちなら、成功すればだが、加害者は殺される。なのに今の現実では、国家は国民から復讐権を取り上げ、代わりに法律でもって刑罰を課すとしながらも、何故かその刑罰が異様に軽くなってんだよ。おかしいだろう?代わりに課すなら、昔と同じように死刑にしてくれよ。ところが実際は刑務所に入るだけじゃねえか。のうのうと塀の中で生き続けているじゃねえか。そんなの納得出来るわけがねえだろうが」
確かにそうだ。そもそも何故国家は、復讐権を国民から取り上げたのか。
それはきっと、秩序を保つためだろう。法治国家として法の元に国民を統制し、秩序立てて国家を統治するために取り上げたのだ。
だが実際の運用は、いちじるしくバランスを欠いているように思う。人ひとりの命を奪っておきながら、ひとりだけなら決して死刑にはならないなんて、確かに千弦の言うとおり、俺にも到底おかしく思える。
「お前の言いたいことはわかる。だがそれでも――」
だが千弦が俺の言葉を遮った。
「お前はさっき、殺人ならともかく、軽微な犯罪なら誰もが多少はしていることだと言ったな?」
「ああ、言ったがどうした」
「お前が俺たちに来栖を引き渡すことは、殺人じゃない。少なくとも直接的な殺人じゃないんだ。多少何らかの犯罪にはなるのかもしれねえが、あくまで殺人そのものじゃない。軽微な犯罪に過ぎん。だったらそれくらいいいじゃねえか。他の一般人だって大なり小なりそれくらいのことはしているんだ。気にするなよ。それに、もしかしたら俺たちだって心変わりするかもしれねえだろう?お前が俺たちに来栖を引き渡したとして、その後のことなんて誰にもわかりはしない。確かめさえしなければな。違うか?」
「そんなのは詭弁だ。お前たちが心変わりなんてするわけがない」
「決めつけるなよ。俺たちの心の中なんて、お前にわかりはしないだろうが。ましてや未来の心なんて、神様仏様にだってわかりゃしないぜ」
「そりゃあ俺だって人の心の中までは読めない。だが、想像は出来るさ」
「お前、想像ばかりだな。なんでも想像で片がつけられると思うなよ」
「そんなことは思っちゃいない。だがこんな想像は簡単に出来る。お前たちに来栖を引き渡したら、確実に殺すに決まっている。ならやっぱりそれは殺人に加担することになっちまう」
「ならねえって。だからそんなに重く考えるなよ」
「考えるんだよ、俺は」
埒が明かない。堂々巡りだ。ならもう――
と、千弦がため息交じりに言った。
「わかった。なら、来栖と一緒に本宅まで来てくれないか」
「はあ?」
俺はその意図を汲めず、素っ頓狂な声を上げた。
千弦は右手をスッと上げて手のひらを俺に見せた。
「悪いようにはしない。あれ以来ふさぎ込んじまってる
春夏冬組の組長――被害者春夏冬葉子の父親だ。
「二人を会わせてどうするってんだ?」
「わからない。だが来栖を前にすれば、
「そのために被害者の父親に会わせようってのか」
「そうだ」
「しかしなあ、それで事が済むとは思えんしなあ」
「俺たちが束になってかかっても、お前たちにはかすり傷ひとつ負わせられなかった。なら例え本宅に帰って、組員総出でかかったところで、結果は同じだろう。なにを恐れることがあるんだ」
「別にお前たちを恐れたりなんかしねえよ」
「だったらいいだろう?来栖を警察に突き出すにしても、別にこの近辺の警察署である必要はないはずだ。だったら本宅の近くでもいいじゃねえか。なあ、頼む。せめて
被害者遺族の前に加害者を引き出したところで、どうなるというのか。俺にはわからない。わからないから――
「面白いじゃないか。連れて行こう」
突然ソルスが軽い調子で言った。
この野郎、ずっと黙っていたかと思えば、また急にしゃべり出しやがって。しかも面白いとは何事だ。人ひとり亡くなってるんだぞ。その遺族に加害者を会わせようかって話をしているんだぞ。面白いなんぞ、不謹慎にも程があるってもんだ。だが、所詮こいつは死神だ。何を言ったところで――
俺は千弦に向き直った。
「面白いとは思わないが、わかった。本宅まで行こうじゃねえか」
俺の同意を得て、千弦がほっと一息吐き出した。
「そうか!ありがてえ!感謝する!」
俺は横のソルスに向き直った。
「おい、来栖を連れてきてくれ」
ソルスが不機嫌そうに片方の流麗な眉を、異様に跳ね上げた。
「面倒くさい」
「いいから、連れてこいよ」
ソルスは不愉快そうに口をひん曲げた。
「お前が運べばいいだろうに」
「なんで俺が運ばなきゃならないんだよ。いいからお前が運べよ」
ソルスは不承不承、踵を返して小屋に向かっていった。
まったくあの野郎、なんかこっちの世界に来てからというもの、ちょっと生意気になっていないか。異世界にいたときは、あまり口答えなんてしなかったのにな。そんなに人間の姿になるのは疲れるのだろうか。
まあいいさ。丁度気絶していた組員たちが、わらわらと起き出し始めた。ともかく、一度本宅へ行くとしよう。被害者遺族と加害者の対面なんてことが、どんな結果を生み出すのかはわからないが、確かにもしかしたら何らかの心の
まあとにかく、一度請け負った以上は行くしかないさ。
朧に照らす月明かりの元、寄せては返す波しぶきを見つめながら、俺はそんなことを考えていた。
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