第41話 特例
「話はわかったが……それでもやはり来栖は渡せねえな」
俺が言うなり、柴崎が勢いよくがばっと上半身を起こした。
「何故だ!これだけ言ってもまだわかっちゃくれねえのか!」
「気持ちはわかる。だが、やっぱり俺は人殺しには加担出来ねえ。人を殺すなんて、俺は今まで一度もしたことはねえし、今後もすることはない。だから来栖はお前たちには渡せねえ。諦めな」
柴崎の歯ぎしりが聞こえた。気持ちはわかる。気持ちはわかるんだけどな。だからといってさすがになあ。
と、それまで存在感を消していたソルスが、ぷっと噴き出した。
俺は眉根を寄せ、鼻にしわを作ってソルスを睨みつけた。
「お前、この状況で何がおかしいんだよ」
ソルスは嫌らしい笑みを湛えながら言った。
「そりゃおかしいだろ。お前、あっちの世界でどれだけの数の魔物を殺してきたんだよ」
俺は思わず、大きな音を立てて舌打ちした。
「関係ない話をするなよ。魔物と人間じゃ違うだろうが」
「違わないさ。どちらも命がある」
「命はあるが、種族が違う。一緒にはならない」
「では種族が違えば、殺してもいいんだな?」
何が言いたいんだ、こいつは。
ソルスが続ける。
「お前確か、あっちの世界でペットを飼っていたよな?そいつを俺が殺したら、お前どう思う?」
俺は再び大きな音を立てて舌打ちした。
「許さねえに決まっているだろ」
「何故だ。種族が違うんだから別にいいだろう」
「よくはねえよ。俺が可愛がってんだ。それを殺してみろ、許さねえぞ」
ソルスが顔を上げて哄笑した。
「つまり殺しちゃいけない種族はお前が決める。そういうことか?」
俺は少し言葉に詰まった。
だが少しばかり考えた後、言った。
「そういうわけじゃねえよ。一般的にもペットは殺しちゃいけないってことになっている」
「ほう、そう決まっているのか?」
「はっきりそうと断言出来るわけじゃねえが……」
俺が言い淀むと、ソルスがまたも哄笑した。
「やっぱりお前の独断なんじゃないか」
「いや、独断じゃねえって。ただはっきりとした決まり事としてどうだったかは憶えていないってだけだ」
「決まり事というのは、法律のことだな?」
「そうだよ。それがどうした」
「それには人間は殺しちゃいけないって書いてあるのか?」
よし、いい方向性だ。これなら――
「書いてあるね。殺人は一級犯罪だ」
「ペットは?」
「ペットは……確か、物扱いだって聞いたことがあるが、他人が殺したりすれば何らかの処罰はされるはずだぞ」
「物か。ならペットを殺しても、壊したって言うのか?」
「いや、別に言い方は変わんねえよ。ただ、法律上は物扱いってだけだ」
「何故だ?」
「何故って言われても、俺は法律の専門家じゃねえんだ。知るかよ」
「ふむ、では他の動物は?」
「他は……別に……ああ、ただ誰かの所有物なら、やっぱり物扱いだし、物損として処罰されるはずだ」
「そうか、では人間に戻るが、人間はすべて何があろうと殺しちゃいけないのか?」
人間は何があろうと殺しちゃいけないだと、何を当然の話を――いや、違うか。
「いや、特例があるな」
「ほう、それはぜひ聞かせてもらいたいものだ」
「重犯罪者は死刑になる。これは国家が責任を持って、その者を処刑する。つまりは殺す」
「ああ、そういえばあっちでもそんなことがあったな。確か、何処かの王に逆らったとかで、処刑された者がいたな」
ちっ!嫌なことを思い出させるぜ、こいつは。
あれは、まだ俺が異世界に転移したばかりのことだ。ちょっとしたことで知り合ったおっさんが、国王の逆鱗に触れて処刑されちまったことがあった。あれは、さすがの俺でも防げなかった。あのときの俺は、まだ国家の力をしのげるほどの強さがなかった。だから、みすみす処刑を許してしまった。今でも夢に見ることがある。あのときのおっさんの死に顔を。俺は――
俺の思考を遮るように、ソルスが言った。
「もう一つ思い出したぞ。確か、国同士で戦争とやらをしていなかったか?あれは人間同士の殺し合いだろ?」
戦争――確かにしていた。人民が魔王や魔物に怯えて暮らしているにも関わらず、異世界では人間の国同士が互いの領地を巡り争っていた。実に愚かなことだと思う。明確な人類共通の敵がいるというのに、それらはそっちのけで人間同士で戦争するなんて。もっともそのどちらの国の王家も今はもうないが――
「こっちの世界には戦争はないのか?」
ソルスの問いに、ため息交じりに答えた。
「あるよ。いっぱいある。人間の国同士で数えきれないくらいに戦争しているよ」
「なら人間を殺しているんじゃないか」
「そうだよ。だがそれも特例だ。戦争は、個人がやるものじゃないんだからな」
「では人が集まればいいのだな。それこそヤクザとか」
ああ、腹が立つ。この野郎、来栖をこいつらヤクザに引き渡せっていいたいのか。
「それとこれとは話が違う。国単位なら正当化されるってだけで、たかが数十人が集まったところで正当化なんてされてたまるかよ」
ソルスは流麗なラインの顎をくいっと上げ、上から見下ろすように俺を見つめている。
俺はそのソルスの様を見て、さらに腹を立てた。
「なんだよ?まだ何か文句でもあるのか?」
するとソルスはゆっくりと顔を下ろし、俺を真正面から見据えて言った。
「それよりお前、本当に今まで人間を殺していなかったっけ?」
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