第17話 駅へ

「左だ」


 ソルスがなんの前触れもなく、突然言った。


 俺はすかさず問いかけた。


「この先の道か?」


 ソルスがこくりとうなずいた。


 俺はすかさず運転手に告げた。


「その道を左へ」


「かしこまりました」


 運転手はすかさず応じるなり、次の道で左へと方向転換させた。 


「ちなみにこの先って、鉄道の駅か何かあるかな?」


 俺の問いに、運転手が即答した。


下氷しもこおり線の鷹応たかおう駅があります。すぐそこですね」


 運転手はそう言って、フロントガラスの向こうを指さした。


 ああ、あれか。確かに駅舎らしきものが真正面に見える。


 俺は横に座るソルスに向き直った。


「どうだ?」


「あの建物の中に伸びているようだ」


 どうやら当たりだ。


 俺は運転手に向き直るなり、告げた。


「じゃあその鷹応駅で止めてくれるかな」


「かしこまりました」


 しばらくしてタクシーは、鷹応駅の正面玄関口に横付けするように止まった。


 引っ付いたゴム同士が離れる時のような音が鳴り、スーッと後部座席の扉が開いた。


「800円になります」


 運転手が笑顔で振り向き、言った。


 俺はすかさず手持ちの一万円札を一枚手渡した。


「じゃあこれで」


「はい、かしこまりました。少々お待ちください」


 その間に、いつまでも真正面を向いて座ったままのソルスを急かす。


「おい、下りろよ」


 ソルスは感情のこもっていないビー玉のような瞳をこちらに向ける。


「わかった」


 ソルスはそう言うと、タクシーに乗る時とは別人のように、上手い具合にスッと降りた。


 この短時間で新しい身体に慣れたらしい。さすがは死神だ。人智を越えていやがる。


「こちらがお釣りになります」


 運転手が、たくさんの千円札の上に小銭を少々乗せて差し出して来た。

 

 俺はそれを受け取るなり、愛想よく挨拶をしてタクシーを降りた。


 すかさずドアを閉めて走り去るタクシーを横目に、俺は駅舎を見上げた。


 ここから鉄道に乗り換えたんだな。


「よし、行くぞ」


 俺はソルスに声をかけるなり、駅舎に向かって歩き出した。


 駅には、早朝とはいえ多くの人々が行き交っていた。


 その中を、俺とソルスが突っ切るように進む。


 突然ざわめきが起こった。周囲の至る所で嬌声きょうせいが上がっている。


 原因はソルスだ。ソルスのあまりにも美しい見た目に、周囲の女性たちが足を止めてざわめいている。


 これで電車に乗るのか。俺はうんざりした気分となった。


「なあ、本当にその姿しか出来ないのか?」


 念のため聞く俺に、ソルスは素っ気なく答えた。


「出来ない」


 あっそ。それなら仕方がない。


 俺は切符を買おうと券売機の前に立ち止まった。だが――


 ――なんじゃこりゃ。


 ちょっと待て。これ券売機だよな?二十年前はこんなんじゃなかったぞ。あ、いや四十年前になるのか。だとしたら、これくらいの違いは当然か。


 それにしてもこんな見たこともない券売機では、とてもではないが切符を買える自信なんて俺にはない。さて、どうするか。


 俺は脳内で高速思案を重ね、ついに結論を出した。

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