第10話 死神との取引
雑居ビルの階段を一気に駆け下り、建物の外に出た俺は、上空からゆっくりと舞い降りてくる死神ソルスと合流した。
「空を飛べるってのは楽でいいな?」
「人間は面倒だな。それよりこの先どうするつもりだ」
「この先?来栖を追うと言ったろ」
「遠いぞ」
マジか。
「どれくらいの距離なんだ?」
「残留思念が薄いのは、時間の経過もそうだが、距離も大いに関係している」
「遠くなればなるほど薄くなるか」
「そうだ。ゴムを伸ばしているのと同じようなものだ」
参ったな。
「俺は飛行は無論、他の高速移動できる魔法なんかは習得していない。こうなったら現代の移動手段に頼るしかなさそうだ」
それまで感情を表に現さなかったソルスが、興味津々といった様子で問いかけてきた。
「こちらの世界の移動手段か。どのようなものがあるのだ?」
俺はにやりと笑みを浮かべた。
「あれを見ろ」
俺は10メートルほど先に路上駐車してある車を指さした。
案の定ソルスが興味深そうに車を見つめる。
「あの箱か。ここへ来る途中、似たようなものがいくつか置いてあったな」
「まだ夜が明けてすぐだから全部停まっていたが、あれは車といってな、動くんだ」
「動く?あの箱を馬が曳くのか?」
俺はソルスの予想通りの回答に、ほくそ笑んだ。
「違う。あれが独自に動くんだ」
「ほう、それは面白い。動かしてみてくれ」
ここで俺は言葉に詰まった。
「いや、そう言われてもな。あれは俺の車じゃないし」
「ではお前のはどれなのだ」
俺はさらに詰まった。
「いや、俺のは特にないんだけどな」
「では、どうしようもないではないか」
俺はがっくりと肩を落とした。
確かにソルスの言うとおりだ。所有する車がなければ動かせないし、移動できない。それではまったくどうしようもない。
かといって所有するには大金がいる。小銭だって持っていないのに。一文無しではタクシーどころか電車にも乗れない。
俺は雑居ビルの前で立ちすくんでしまった。
ソルスが遠いと言うなら、相当だろう。とてもではないが徒歩でいける距離ではない。
となるとこれは難問だが、正直犯罪行為はしたくない。
思い悩んでいたところで、ひとつ思いついた。
ヒッチハイクという手があるか。
だがひとつ問題が――
「お前って、消えながら痕跡を追跡できたりする?」
ソルスが首を傾げた。
「消えながらとは、どういう意味だ」
「異世界ならともかく、こちらの世界では死神なんてものはおとぎ話にしか出て来ないんだよ。だからお前の姿が他のひとたちに見えてしまうと大騒ぎになってしまうんだ」
「ほう、そうか。この世界には死神はいないのか」
「たぶんな。俺もしっかりと確認したわけじゃないから、はっきりとは言えないけどさ。少なくとも常識的にはいないとされているんだよ」
ソルスは納得したようにうなずいた。
「いいだろう。人間の目には映らないようにすればいいのだな?」
「出来るか?」
「出来る。だがその代わり、お前からも俺の存在は感じ取れなくなってしまうが」
それはちょっと困るな。それでは意思疎通が出来ない。そうなると、色々と行動に制限が掛けられてしまう。こいつはかなり面倒だ。
「俺にだけは見えるように出来ないか?」
フードの奥の闇の中で、双眸が奇妙に光り輝いた。
「出来ないこともないが」
「出来るんだな?」
ソルスがこくりとうなずいた。
「ただし、条件がある」
来た。取引だ。こいつは常に、俺と取引をしたがるんだ。
だがこいつとの取引はかなりやばい。俺としては出来るだけお断りしたいところだ。
だがこの場合は――条件次第では受けざるを得ないか。
「言ってみろ」
ソルスの双眸が再び激しく輝いた。
「お前の眼を、俺に喰わせろ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます