第8話 大きな祭壇

 このくらい古いビルならば、いくらでも侵入は可能だ。


 俺は意を決するや半透明なガラス製の入り口ドアに手をかけるなり、力を入れて押してみる。


 するとガラス扉は油をあまり注していないのか、耳障りな甲高い音を立てながらも奥に向かって容易に開いた。


「よし、いけた。やっぱり鍵なんてかかっていなかったな」


 俺は素早く扉の中に身体を滑り込ませ、雑居ビル内への侵入を難なく成功させた。


 ビル内のすぐ手前に上へと通じる階段があった。


 と、ソルスが俺の横をすり抜けて階段の上へと滑るように飛んでいった。


 俺は迷わずソルスを追いかけて階段に向かい、一気に駆け上がった。


 二階、三階と駆け上がる。


「まだか?」


 先を行くソルスに問いかける。


 ソルスは振り向きもせずに答えた。


「もっと上だ」


 四階、五階。


「まだかよ」


「まだだ」


 六階、どうやら最上階だ。


「ここだな?」


「違う」


 俺は思わず眉をしかめつつ、天井を見上げた。


「屋上か」


「そうだ」


 だが屋上へと通じる階段は見当たらない。

 

 俺は辺りを見回した。


 左を見ると扉があり、その扉中央に嵌められたガラス越しに、ベランダが見えた。


 とりあえずあそこから外に出てみるか。


 俺は少し歩き、ベランダに通ずる扉に手をかけた。


 ここも鍵は掛かっていなかった。俺は難なく扉を開けると、ベランダに出た。


 右手側を見ると、屋上へと通じる金属製の手すり付きの細長い階段があった。


「あの上か」


「そうだ」


 俺はゆっくりと歩を進め、細長い階段にたどり着くなり勢いよく昇った。


 いまだ早暁の薄暗い空の下、広々とした屋上がそこにはあった。


 と、俺の横をスーッとソルスが通り過ぎた。


 俺はゆっくりとその後を追う。


 とその先に、あるものが見えた。


 あそこだ。俺はそう直感した。なぜならそこには、沢山の花々が供えられた大きな祭壇のようなものがあったからだ。


 案の定ソルスは屋上の端にあるその大きな祭壇まで行くと、空中でピタと止まった。


 そしてそれまで常に肩に担いでいた大鎌を突然大上段に持ち上げたかと思うと、勢いよく振り下ろした。


 黒い稲妻が幾本も中空を走った。次の瞬間、布切れが破れるかのごとく、空間が斜めにスパッと真一文字に切り裂かれた。


 次いでソルスがもう一太刀、返す刀で先ほどの切れ目と交差するように空間を切り裂いた。


 空間がピラとめくれた。


 裂かれた空間の先は、暗黒だ。


 どこまでもただ黒い空間が、その向こうには広がっていた。

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