第5話 街を彷徨う
俺は実家へと帰れなくなった寂しさからか、煌びやかに輝くカクテルライトに誘われるように町の中心部へ出た。
数限りない電光掲示板や、街灯の明かりが眩しいほどに俺を照らしている。
だが俺の心がその明かりで晴れるわけもなかった。
「マジで参った……」
当面の問題は、いくつもある。
だがその中でも一番の問題は、金だ。
所持金がまったくないのだ。逆にいえばこれさえ解決できれば、いろんな問題をクリアできるといえる。
だがどうやってお金を手に入れればいいのか。
あちらの世界だったらいくらでも稼ぎようがある。
俺は魔王すら倒した
だがこちらの世界にはモンスターはいないし、賞金首だっていない。宝の地図も持ってはいない。
もちろん犯罪者はいるのだが、懸賞金がかかっているわけではないし、そもそもそいつらをとっ捕まえることが出来るのは、逮捕権を持った警察だけだ。
それくらいのことは、十五歳でこの世界からおさらばした俺でも知っていた。
いや、でももしかして制度が変わってたりはしないかな?
俺の感覚ではあれから二十年の月日が経っている。だが母や弟の現在の姿を見る限り、プラス二十年くらい経っているようだ。
だとすれば都合四十年が経っていることになる。それならば警察が賞金制度を導入していたっておかしくはない。
とりあえず交番に行ってみるか。交番には大抵指名手配犯の顔写真がずらっと並んでいるものだ。
そこに賞金が書かれていればしめたものだ。それで生計を立てられるかもしれない。
俺はかつてこの町にあった交番の場所へと向かった。
この先だ。あの角を曲がったところ……なんかあそこの店、めちゃめちゃ明るいな。
なんの店だろう。
俺が視線の先の眩く光る店舗を凝視すると、それはコンビニエンスストアであった。
へえ、こんなところにコンビニか。以前はこの通りにはなかったけど、ずいぶん経ったし、あってもなんら不思議はない。
ていうか、あの先にあるのもコンビニじゃないか?いや、大通りを渡った向こう側にも、めちゃめちゃ明るい店があるぞ。もしかしてあれもコンビニか?
だとしたら凄えなコンビニ。めっちゃあるじゃん。昔は町に一軒しかなかったぞ。
俺はとりあえず、一番近くのコンビニに立ち寄ってみることにした。
ドアの前に立つと、自動でガラス製の扉が開いた。
と同時にひんやりとした冷気が俺の身体を包み込む。
うん、涼しい。そして懐かしい。あっちの世界じゃこんな冷房なんて仕組みないからな。実に二十年ぶりだ。
俺は満足げな表情で店の中に入っていく。
ずいぶんと品ぞろえが豊富だ。たくさんの棚に商品がぎっしりと詰まっている。
転移する前のコンビニは、ここまで品数が揃ってはいなかったと思う。それにそもそも店舗自体がかなり大型だ。
やはり隔世の感がある。
ふと左下に視線を落とすと、新聞が何紙も丸めて金属製のラックに立ててあった。
これだ。これで日付が確かめられる。
俺は手近な新聞を一部手に取った。
そして一番上の欄を見る。
そこには『令和』という見慣れぬ元号が書いてあった。
これじゃあわからん。読み方だってわかりはしない。りょうわか?それともれいわか?だが今はそんなことはどうだっていい。
俺はごくりとつばを飲み込み、その横に括弧して併記されている西暦の欄を見た。
そこには『2025』と書いてあった。
大当たりだ。いや、当たりたくはなかったけども、予想が当たってしまった。
俺の生まれは1970年だ。そして異世界に転移させられたのは俺が十五歳の時であり、1985年だった。
だが今こちらの世界が2025年ということは、あの忌まわしき転移の日から数えて四十年の月日が流れていることになる。
二十年もの誤差がある。俺が異世界にいた期間は二十年だったはずだ。それなら今は2005年のはずなんだ。だが2025年ということは……俺は三十五歳のはずなのに、五十五歳になっちまったってことか?
冗談じゃない。くそっ嫌な予想が当たっちまったぜ。
これではやはり実家には帰れない。到底俺が橘陣本人だなんて、どれだけ言っても信じてもらえるはずがない。
これで完全に確定してしまった。
俺は重苦しい失意を背負い、煌びやかなコンビニを出た。
この後、どうすればいいのか。ほんのわずかな望みも
何処へ行けば……そうだな。先ほどの考え通り、交番に行ってみよう。たとえ家族のもとへ帰れなくなったとしても、生きて行かなければならない。それならば、お金を稼がなければいけない。
つまりは職に就く。だが俺はこちらの正業に就けるような勉強をしてこなかったし、学歴もない。でも賞金稼ぎなら難なく出来るはずだ。それを当てにするしかない。だがなかったら?それは、その時に考えよう。まずは交番へ行くことだ。
俺は少し足元がおぼつかなかったものの、つま先を交番のある方向へと向けて歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます