武道館

@isa00

武道館

「俺たち、本日をもって、解散します!」

会場がえーっと驚愕する観客の声で、嫌な地響きが起きる。彼らを照らすスポットライトは観客の動揺も関係なく、ただ真っすぐ照らしている。腰から折るお辞儀は、あの時から変わっていない。最高のライブを演奏した時も、コンテストで優勝した時も、そして今回も。溢れ出しそうになる喜怒哀楽を必死に抑え込むための儀式。彼らのつむじは、あの頃のままだった。


夢を追いかけ上京し、6畳一間のアパートに住んだ。桜の咲く季節が訪れるのは9回目。僕は26歳になった。


夢追い人の代表格、3人組の男性ロックバンド『チェッカーズ』のベースを担当している。同い年のヒロともう1人で高校時代から活動していた。

高校卒業時に「普通の人生を歩みたい」と言われ1人脱退し、大きな舞台でスポットライトを浴びる瞬間を目指し、ヒロと僕は上京した。


春一番が吹き荒れる頃、初めての1人暮らしが始まった。否が応にも気持ちは高ぶった。自由を手に入れたこともそうだが、これで思い切りバンド活動に励むことができる。

武道館の最寄り駅、九段下駅に1人暮らし。できればよかったのだが、家賃が高い。でも武道館に近いところに住みたかった。ずっと夢をできるだけ近くで感じていたかったのだ。電車に揺られて、30分以内で家賃が安い土地に住んだ。夜は様々なライブハウスに顔を出した。

都内の驚くべきところは1時間自転車を漕げば色々な場所へ行けることだ。高校への通学手段は自転車だった。1時間かけて登下校をしていた。夏の暑い日は汗をかき顔を真っ赤にしながら、雨が降ったらカッパを着てひたすら漕ぎ続けた。

近所の自転車屋で、頭にタオルをまき、いつも眉間にしわを寄せて腕を組んでいるおじさんに「夢、諦めんなよ」と1万円で自転車を買った。ひと漕ぎごとにフレームがきしむ音、元々はシルバーだったであろう車体は錆びて茶色に変色している自転車だった。こんなオンボロならくれてもいいのにと思った。しかしタイヤとブレーキパッドは新品に交換してくれたようで、よく走り、よく止まってくれる。1度ひび割れてしまったタイヤを無償でおじさんが交換してくれたっきり、何のトラブルもなく今日まで僕と共に行動してくれた。

出身地にはライブハウスなんてものはなかった。披露する場所といえば、文化祭のステージと、部活の定例演奏会、そして年に1回しかない都市中心部で行われる高校生バンド限定のコンテスト。


1年生の時から予選を突破し、決勝のこの舞台に立つのは3度目。百数十組の中から決勝に行けるのは10組。

最初のコンテストは3年生が多くいる中で1年生バンドは僕らだけ。まさか決勝に行けるなんて思っていなかったから、天にも昇る気持ちだった。決勝に選ばれただけでも喜ばしいことだが、思いがけず3位まで取れてしまった。軽音部の先輩たちはこの快挙に、まるで世界的スーパースターを見るような目で僕らを称賛してくれた。2年目も周囲の期待に応え、2位。3年生には念願の優勝も見えていた。

だが、その3年生の時は2位だった。優勝したのは1年生バンドだった。

会場で唯一様子がおかしかったのが彼らだった。控室の隅っこで荷物を降ろさずにオロオロしていた。肉食動物の檻の中に放り込まれ、自分の命の終わりが、今か今かと近づいてくる草食動物のような目をしていた。横目でその姿を確認していた。そんな彼らに先輩として優しく声を掛ければいいものの、僕も、他のバンドも自分たちのことしか考えていることしかできなかった。しかしステージに立つと控室の彼らとは別人となった。

メンバー個々の技術はもちろんのこと、会場を一瞬で自分たちのものにする力があった。人々を引き込む魅力があった。少々粗削りな部分も垣間見えたが、結局優勝したのは彼らだった。

そして一番印象的だったのが、演奏し終わり会場が興奮の渦に巻き込まれている中、彼らだけはいたって冷静に深々とお辞儀をしていたこと。それはまるで台風の目だった。


僕ら「チェッカーズ」は、とある事務所に声をかけられた。当時の仲間は1人抜け、丸眼鏡をかけたゆるふわパーマのドラム、まってぃーが加入。メンバー間の話し合いでは肯定も否定もしない。ただ何の気なしに彼が発した言葉は意外と芯を食っていることが多く、僕らを驚かせる。

インディーズながらもCDが発売出来たり、ライブハウスで対バン、ワンマンライブを開けるようになり、チケットが完売することもちらほら出てきた。ほんの一歩ずつだが、しっかり前へ進んでいる感覚を掴んでいた。

そんな中、後輩の彼らは大手レーベルからデビューした。ロングセラーの清涼飲料水のCMソングに大抜擢され、瞬く間に若者の間で流行った。あれよあれよという間に、CDはミリオンセラー、サブスクでは億再生され、音楽活動だけでなく個人でドラマに出演したり、個展を開いたり、小説家になったりと多才ぶりを発揮していた。国民的バンドといえば、という質問があれば100人中80人は彼らの名前を答えるだろう。彼らの勢いは凄まじかった。


6畳一間、貰い物の15インチテレビの中の、昨日の彼らのつむじを見ていた。

ドームツアーをも完売にするほど超人気となった彼らが、武道館でライブをする。座席数が5分の1ほどになる。プレミア価格がつくほどで、ビートルズの武道館公演を彷彿させるような様子だった。

ファンはあの手この手を使いチケットを確保しようとする。運良くチケットを確保できたファンがSNSにアップし、当たらなかったファンの妬みや嫉妬が書き込まれたことが、ワイドニュースで取り上げられたこともあった。


なんで今さら、武道館でライブを?

僕は部外者である。真実は彼らしかわからない。僕は彼らが武道館でライブを行うことを知り、もしやと思ったし、解散することを知った今、やっぱりと思った。

どのチャンネルでも彼らの解散発表を報じている。SNSではファンの悲しみのつぶやき、解散理由を憶測するコメント、自分は流行になんか乗らないと誰に対して表明したいのか分からない、似非マイノリティの戯言。

世の中がカオスとなった今しかできない。テレビの前で固まった腰を上げ、ヒロ、まってぃー、そしてフォロワー1215人のアカウントに言葉を投げる。


「サクラ散る」

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