第6話 適性試験③

「はい……!」


試験管に指名されると、ベスの表情が強張った。


肩に力が入り、緊張している様子で、心臓の音が聞こえてくるようだ。

ベスはフーッと息を吐いた。


補助官は「聖水」と書かれたラベルの貼られたボトルを、ベスの両手にスプレーした。それを入念に揉み込んで清める。


「よし。両手の平で優しく水晶に触れてみなさい」


「こう……ですか?」


ベスは慎重に手を触れた。


ゴクリ。


それからほんの2、3秒すると、水晶の表面が光りだした。


青い光が水晶の表面を優しく包んでいる。

それだけではない。水晶の中のくじらの旋回スピードが速まっている。

徐々に徐々に

やがて目で追えない速度に達した。

青い光もさらにその色を濃くしていく。


水晶の中に液体はない(ように見える)のに、内部に波紋のようなものが生じている。波紋は中心から外側へと打ち寄せる波のように水晶の中で次々と広がっていく。光の波だ。

光の波は速度を増したかと思うと、今度は中心に留まり、ブルブルと震えだした。そしてついには我慢できなくなったという風に、一気に光の輪を部屋いっぱいに広げて消滅した。


俺達は茫然として立ち尽くした。 となりのギットはぽかんと口を開けたままだ。

水晶はその発光を終え、くじらの旋回は元の穏やかなスピードに戻っていた。 何かが完了したということなのだろうか?


「あ、あのう……これはどういうことなのでしょうか……?」


ベスは震える手をゆっくりと水晶から離しながら不安気にきく。


「うむ、問題なしね。何か問題を検知すると、くじらは動きを止めて、水晶は濁るのよ」


それを聞いて安心したのか、ベスはホッと息をつき、その小さな手で額の汗をぬぐった。


張りつめた空気が少し柔らかくなった。


やったな、ベス。


「ニャハハハー! おっもしれー! 先生、俺も早くやりたい!」

「言われなくても次はあなたの番よ、ギット君。そして私は先生ではない」


ギットは意気揚々とくじら水晶の載った台車に向かう。


「頑張ってね、ギット。しっかりだよ」


場所を譲ったベスが真剣な眼差しで応援する。頑張ってどうにかなるものでもなさそうだが、優しい子だ。


「そいじゃ、いっきまーす!」


ギットが水晶に触れると、先程と同じように水晶は青く光りを発し、くじらは高速で旋回し、波紋は部屋の隅まで閃光を放った。


問題なし。


ギットは楽勝、楽勝とご機嫌だ。


あれだけ激しい動きをしておきながら、何事もなかったかのようにくじらは悠々と泳いでいる。


「なんだか可愛く見えてきちゃった。よろしくね、くじらさん」

サラは指先で水晶をつんつんとつついた。


そうしてサラとトラムも問題なく試験を終えた。


くじらに疲れた様子はない。


サラが言う。「あとは君だけだね、ヴォックス」


そう、あとは俺だけだ。


場は和んでいたが、流石に少し緊張して台車に近づく。


その時だ。


突然、誰かに、胸の奥をノックされるような感覚がした。それは小さいが不穏な響きをもったノックだった。


「手を」


不信に思って足を止めようとしたが、補助官に促されて手を清めた。


なんだ、今の感覚。 ——引き返すか?


いや、俺だけやらないわけにはいかない。


不安を払拭するように顔を横に振り、両手で水晶に触れた。

そっと、慎重に。


手を触れて少しすると、水晶はぼうっと輝きだした。みんなと同じ青色に。


よし、問題ない。


しかしいくら待ってもくじらの旋回は速くならない。いや、むしろ徐々に遅くなっている気がする。


ハッとして自分の手を見てみると、触れた手の縁をなぞるように、水晶に黒いシミのようなものが浮きでている。


「なんだこれ……!」


胸の奥をまたノックされた。さっきより強く、何度も、警告するように。

頬を汗が伝う。

怖くなって手を離そうとした瞬間、突然視界が暗転し、何かに頭から吸い込まれるような感覚に襲われた。


「!?」


取り返しのつかないことが起こっているかのような、絶望的な予感が喉元まで一気に上がってきた。「ま……まって」


——抗えず、急降下する!



直後、俺は悲しい世界にいた。

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