第33話 懺悔部屋





「ねぇ、ナギちゃんから猫の匂いがするんだけど!」


「えっ」


 トレーニングルームでダンベルを持ち上げている時、横にいた鬼ちゃんに大きな声で言われた。好奇心旺盛な目を私に向けてくる。


 見張りとして鎮座していた、アイリスの目が鋭く光る。


「この香ばしい匂いは絶対そう! あっ。Tシャツに毛が付いてるよ! いいなぁ。どこで触ったの?」


 鬼ちゃんは、私の肩に付いていたものを手に取った。

 見てみると、白と黒が混ざった——まさしくゴロロの毛だった。


「ずるいずるい〜! ウチも触りたい! 外に出たい〜!」


 鬼ちゃんが決めつけて、食ってかかった。

 私は微妙な顔をして、"黙っていてほしい"アピールをするけど、彼女には通じない。


「——織川さン。どういうことですカ?」


 アイリスが私の前へ立つ。いつもよりも声が冷たい気がした。


「アー。これは確かに、猫の毛ですネ。100%そうだと言えまス」


 アイリスが鬼ちゃんからゴロロの毛を貰うと、高らかに、そう宣言した。


「——外に出たということで、間違いないですカ?」


「そんなわけないじゃない! アイリスが一番よく知っているでしょ!」


 押さえていた感情が溢れてしまった。

 こういう時こそ、冷静に受け答えをするべきなのに、我慢できなかった。


 ゴロロとの感動の再会を否定されたみたいで悲しくなってしまった。


 私はどうして、今日も規則正しくトレーニングルームに来てしまったのだろう。習慣とは恐ろしいものだ。


「凪沙は外に出てないよ。私たち、ずっと部屋にいたもん」


 ルカがルームランナーを降りて来て、間に入ってくれた。


「そんなの証拠になりませン。織川さん、外に出てはなりませン」


 アイリスは頭に血が上っているかのようだった。ルカの話を聞いていない。


「——何で。何で外に出ちゃいけないの!?」


 言うべきことは他にあったと思う。

 この時の私は感情的になっていて、頭の一番上にあった言葉を吐き出していた。


「——それは、ワタシが、そう言うように決められているからでス」


 アイリスはずるい。


 私は泣いていた。


 彼女に対して、勝手に仲間意識のようなものが芽生えていた。

 一緒に遊んだり、勉強を教えてもらったりしたこともあった。


 だけどやっぱり、アイリスは大地の手先なのだ。

 私たちを外に逃がさないための鎖となる存在なのだ。


「織川さんには、今から半日ほど、懺悔部屋に入っていただきまス」


「何それ?」


「一畳ほどある真っ暗な部屋で、一人反省してもらいまス」


 アイリスは私の手を強く握りしめた。グイッと引っ張って入り口まで連れて行こうとする。


 急に何? 懺悔部屋?

 思考が追いつかなかった。


 私は足に力を入れて踏みとどまった。——冗談じゃない。


「嫌だ!!」


「規則ですのデ。申し訳ございませんが、一緒に来てもらいまス」


 アイリスは力が強かった。さすがロボットだ。ビクともしない。


「凪沙を連れて行かないでよ! バカ!」


 ルカが私たちに追いついて、アイリスの手を引っ張った。彼女の力では到底敵わない。


「物質的な証拠があるので、申し訳ございませんが、実行に移させていただきまス」


 猫の毛は、きっとゴロロを抱きしめた時に付いたものだろう。


 そういえばルカもゴロロを触っていた。だけど、ギュッとはしていなかったから、多分、毛は付いていないはず。彼女を巻き込むことはしたくなかった。


「——ロミオ。ワタシは織川さんを懺悔部屋に連れて行きまス。そのため、二人を見ていてくださイ」


『かしこまりましタ』


 アイリスが胸についたバッジに話しかけた。そしたら、すぐにアイリスと似たロボットがトレーニングルームに現れた。


 名前的に男性のロボットかと思ったら、声が高い。頭にひまわりの髪飾りを付けているのが印象的だった。


 アイリスはロミオに会釈をすると、私を連れて廊下に出た。グイグイ引っ張っていく。痛い。


 アイリスは、無言で先を行く。窓から見える月は、未完成の満月だった。少し欠けているのが、これから先の不吉な未来を暗示しているようで身震いがした。


「ここでス」


 アイリスが連れてきたのは黒い扉の前。ドアを開けると、まるでネットカフェの個室のような部屋が広がっていた。

 真ん中には、白い椅子がポツンと置かれている。


「半日したら迎えにきまス。ここで一人、反省してくださイ」


「きゃっ」


 部屋の中に強引に押されて、扉を閉められた。埃っぽくて、反射的に咳が出た。


「それでハ」


 アイリスの気配が遠ざかった。

 ちょっと待ってよ!


 目の前は真っ暗だった。音も何もしない。

 手探りで壁に触れてみると、ザラザラした感触が手に残る。気持ち悪い。


 力が抜けるように、床に腰を下ろした。ガタンと音がしたのは、椅子に手が当たったからだろう。

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