すくほろ

うさらぶ

第1話 天使が死んだ日




登場人物


■蒼:あお。碧とは双子の兄弟。男性で書いてますが、女性に変えてもOK。痩せ体型で不気味な印象。2回発狂します。消費カロリー高め。※叫びあり。


■碧:みどり。蒼の双子。性別不問。一人称はどちらの性別でも「僕」。健康的で美しい容姿。※叫びなし。


■親:蒼と碧の親。性別はどちらでも可、一部のセリフは母・父Verあるので性別によって読み分けてください。以下首相、親?、子供、職員、「誰か」と兼ね役。 ※全て叫なし、性別不問です。

■首相:この国の国家元首。

■親?:蒼と最後までずっといっしょにいてくれます。

■子供:施設で暮らしている子供。

■職員:斎藤さん。志高い、善良な人。

■「誰か」:セリフはありませんが、この人は最後までいっしょにいてくれます。




【天使が死んだ日】 以下本編




親:(母)あなたたちはね、私たちのもとに来てくれた天使なのよ。

親:(父)お前たちは、神様が俺たちに授けてくれた天使なんだ。



蒼M:まだ俺たちが幼い頃、両親が生きていた頃のことだ。両親は俺たちのことを「天使たち」と呼んで憚らなかった。それを聞くたびに俺は胸が苦しくなった。

蒼M:違う。

蒼M:俺は天使なんかじゃない。

蒼M:あの頃はずっと頭が痛かった。身体は常に倦怠感に支配され、どれだけ部屋を綺麗に掃除しても、些細なことで咳が止まらなくなった。季節の変わり目には毎回気管支を悪くして、毎日、ほぼ一晩中咳き込んでろくに眠れなかった。苦しかった。でも、もっと苦しいのは、俺が眠るまでの間、ずっと両親が手を握っていてくれたこと。「ごめんね」「大丈夫だよ」と言われる度に申し訳なくて死んでしまいたくなった。

蒼M:青白い肌。痩けた頬。パサパサとした髪の間から、ギョロリとした目が覗く。

蒼M:鏡越しに、醜い化け物がこちらを見ていた。



碧:(タイトルコール)「天使が死んだ日」



碧M:始まりは、3年前に動画サイトに投稿されたリーク動画。よくある陰謀論みたいな感じ。

碧M:「10年後、世界が滅亡する」

碧M:なんでも「とある強大な能力者」の予言だとか。その時は信じる人は少なくて、多くの人が笑って流していた。


碧:これで繋がってる…?面白いね、こんな風に「能力」が変化するなんて。……どうしたの?不思議そうな顔をして。

蒼:…当たり前だろ。あっちには「能力者」なんていないんだから。いきなりそんなことを言ったら、変な顔もするさ。

碧:…!そっか。君たちの世界には無いんだっけ。確かに、それなら不思議に思うかもしれないね。じゃあ、実際に見せてあげるね!


ーー碧は、鼻歌まじりにメモ帳に絵を描き始める。


蒼:こちらには稀に「能力」を持つ人間が生まれてくる。あんたたちがこっちを覗いているその窓は、俺の持つ、この「本」に繋がってる。元々は眠っている間に一ページだけ、ランダムに周囲の人間の情報を記すだけの能力だった。

碧:でーきたっ!


ーー碧、描き上がった絵を「本」に向かって広げる。


碧:どうかな?……ホント?君にも喜んでもらえてよかったあ。


子供:おーい!碧ー!


ーードアが勢いよく開かれ、子供が部屋の中に入ってくる。蒼を見て一瞬嫌そうな顔をした後、碧に笑顔を向ける。


子供:碧、プログラムを受ける時間だよ。

碧:もうそんな時間?蒼、行こう。

子供:…そいつはいいよ。プログラムの結果が出ないからって、よく仮病使ったり、嘘をつくから先生を怒らせて。出るだけ無駄だよ。今だって、何も書いてない本なんか広げて、適当なこと言ってたんだろ。

碧:そんなことないよ、蒼は(本当に)

子供:(被せて)行こ!


ーー子供は碧の手を掴み、そのまま強引に碧を部屋から連れ出す。その時、碧が手に持っていたメモ帳が床に落ちる。


蒼:……。そうだよ。今聞いた通り、他人の目にはこの本のページは白紙にしか見えない。この本の内容が読めて、あんたの事が見えるのは俺だけ。碧は読めるっていうけど、正直それが本当かは分からない。あいつは「優しい」し、頭もいいから、あんたの反応を予想して、俺に付き合ってくれてるだけかもしれない。


ーー床に落ちたメモ帳を拾い上げる。


蒼:あんたも見ただろ。碧の絵には、人の心を明るくする力がある。比喩とか、物語性とか技巧とか、そんな話じゃない。こんな適当に1分足らずで描き上げた絵でも、ちょっと気分が良くなった。違う?

蒼:「能力」はそいつの心を反映しているって説がある。こんな素晴らしい力を持つ碧は「天使」だって。俺もそう思う。


蒼:でも、俺は……この絵が、死ぬほど嫌いだ。




碧:ただいま、蒼!今月のプログラムの教材持ってきたよ。一緒にやろう!

蒼:飽きないな。正直、無駄じゃないか?

碧:そんなことないよ。だんだん本に書き込まれる情報量が増えて、この間はついに知らない世界にも繋がった、でしょ?

蒼:…。

碧:なんと!今回は情報処理方式拡張プログラムのデータもあるよ!

蒼:碧の能力は情報系じゃないのに、なんで…

碧:「楽しいっていう情報をみんなに広げてるから多分きっともしかしたら情報系の訓練も意味があるかもしれない!」って言ったらくれたよ。みんなは笑ってたけど、多分、先生たちは「蒼に渡したいんだな」って気付いてると思うなあ。

蒼:だったら、普通に参加させてくれたらいいのに。

碧:きっとみんなの前で怒っちゃったから言い出しにくいだけで、本当は蒼のことを心配してるんだよ。

蒼:どうだか。

碧:そうだよ。みんな、今は誤解してるだけで、いつか分かってくれるよ。ほら、ヘッドホンとデバイスつけて。

蒼:待っ…


ーー碧は少し強引に、蒼にプログラム用の機器を装着させる。


碧:待たない〜。プログラムスタート!

蒼:うわっ!…

碧:…。

蒼:……。

碧:おーい。(蒼の頬をつつく)

蒼:………。

碧:うん、外部情報が遮断されてるから、ちゃんとプログラムが起動したみたい。


ーー意識を失った蒼の手元に「本」が現れる。


碧:情報系はプログラム中も眠っているって扱いになるからか、蒼の場合は「能力」が働いて、それで疲れちゃうんだよね。みんなは「本」が読めないから仮病だって思ってるけど。


ーー「本」は勝手に動き、あるページを開く。


碧:あ、こんにちは!今日は君と繋がる日だったんだ。蒼が寝てるのにそっちと繋がるのは初めてだなあ。……そうだよ、今、蒼は寝てるんだ。正確には、「能力」を強くする特訓中なんだけど。……なんで特訓するのか?この国の、ううん。世界の方針なんだ。「能力」を持っている人はみんなその力を伸ばしましょう!って。……理由?そういえば、なんでだろう。昔は「能力」は心とともに成長するから、ありのままでって言ってたんだけど。ここ数年、急に能力開発プログラムで「能力」を伸ばそうって、そんな感じなんだよね。


碧:……蒼はプログラムを受けさせてもらえないんじゃないかって?


碧:そうだよ。でも僕にはちゃんと見えるから、いつか、他の人にも見えるようになるんじゃないかなって思うから、僕の教材をもらってきて一緒に使ってる。本当は他の人に見えても見えなくても、どっちでもよかったんだけど、蒼がつらそうだから。


碧:もったいないよね。楽しいこと、嬉しいこと、心が明るくなるようなものがいっぱいあるのに、ずっと苦しいって気持ちでいっぱいだなんて。

碧:僕の絵で明るい気持ちにしてあげたかったんだけど、蒼は、僕の絵が好きじゃないみたいだからさ。


碧:あ、蒼がうなされてる。頭が痛いのかな。ごめんね、一度プログラムを止めるから、「能力」が切れるかも。




蒼:……っ!う…(吐き気を堪えている)

碧:あ、起きた。

ーー蒼は、急いでベッドサイドのごみ箱を抱える

蒼:(嘔吐。嘔吐NGの方は飛ばしていただいてもOK)

碧:大丈夫?

蒼:…ッ、ハァ、…ハァ…(呼吸を整えて)…なんで、こんな、気持ち悪く…

碧:「本」があっちと繋がってたんだ。多分だけど、普段の文章より負担が大きいんだと思う。

蒼:は…?

碧:…?

蒼:……何て言ってた?

碧:えっと、蒼が訓練で寝ているから話せないんだって説明したら、訓練は何のために行うんだって聞かれたんだ。ここで暮らすようになってからずっとそうだったし、能力者専用の児童養護施設だからだって思ってたけど、蒼はなんでだと思う?

蒼:碧が分からないことが、俺にわかるわけない。

碧:蒼、昔から頭がぼーっとするって言ってたもんね。…うーん、あれかな、ネットで噂の「世界滅亡論」! 動画が出た時期と、能力開発プログラムが発表されたのが同じ時期だから、滅亡を回避するために政府が秘密裏に計画を進めているという…!

蒼:流石にない。

碧:だよね。能力開発プロジェクトはオープンだし。




碧M:そんなことあった。

首相:みなさん、信じられないでしょうが、どうか落ち着いて聞いてください。誓約の能力者に誓って、これから話すことは全て真実です。

碧M:お正月。みんなで朝食を食べている時、施設のリビングにあるテレビの全チャンネルが、首相の緊急会見に切り替わった。

首相:この世界は、今から2192日後…6年後の10/1を以て、滅亡します。

蒼:は…

碧M:リビングは阿鼻叫喚といった感じで、みんな「嘘だ」と叫んだり、泣いたりしていた。「誓約の能力」に「真実である」と誓ったなら、嘘はつけないし、不確かなことは言えない。

首相:事の発端は、政府所属の、アカシックレコードに接続し重大な天災を予見する能力者が、未来のある時を境にアカシックレコードの情報が読み取れなくなる…という報告でした。天災の予見は国家の一大重要能力であることから、詳細の究明を進めておりました。しかしながら…世界各国の政府機関で協力してもなお、まだ原因の解明には至っておりません。

首相:世界は、この事態を非常に重く受け止めております。よって本日より世界各国で「全世界緊急動員国際法」が施行されることとなりました。つきましては、情報系能力の開発プログラム全受講者を対象に、15歳未満など一部例外を除き、政府施設内でより高度な開発プログラムの受講、および原因の解明への協力をお願いすることとなりました。

蒼:…!

碧M:みんなの目が、僕と蒼を見る。

碧M:この施設にいる15歳以上の能力者で、情報系の開発プログラムを受けていたのは、僕と蒼の2人だけだった。

子供:この施設で条件を満たしているのは蒼だけだ。碧は優しいから、嘘をついて蒼の教材をもらってたんだよ。なあみんな、そうだろ!?

碧M:あ、これはあんまり良くない流れだなと思った。

碧:ねえみんな、落ち着いてよ。今は驚いて、混乱してるんだよ。蒼の本には何も書いてないっていつも言ってるでしょ。プログラムを受けても変わらなかったし、蒼の「能力」は情報系じゃなかったんだよ。そうだ!玄関に飾ってくれてる僕の絵を見て、今の辛い気持ちを忘れて、一度落ち着こう。

子供:碧は優しいな。でも、これは蒼のためでもあるんじゃないか?高度な開発プログラムを受けたら、あいつの能力も分かるんじゃないか?

碧M:「そうだそうだ」と同意する声があちこちから上がる。ああ、みんな滅亡が怖いんだ。不安で押しつぶされそうだから、蒼を政府のプログラムに参加させようとしている。蒼のことを「白紙の本を出すだけの無意味な能力」だっていつも言っていたのに。先生も、子供達も、みんな苦しそう。かわいそうだ。

蒼:っ、……お、俺…行くよ。何かできるかは、分からないけど……。

碧:蒼!?

首相:これから先、大きな天災はありません。予見能力者が誓約した事実です。そして戦争も起こさせないと各国首脳陣で誓います。ですからどうか、「安心」してお力をお貸しください。これは世界の…いや、私たちの全員の、危急存亡の秋(とき)であります。どうか、国民のみなさまのご協力をお願いいたします。

碧M:「協力のお願い」とは言っても、本当はそうじゃない。蒼が頷いたのも、きっとそういうことなのだ。




蒼M:1週間後。施設を出て政府の研究機関へ移る日がやってきた。1週間も間が空いたのは、時間が欲しいと碧が施設のみんなに願ったから。

碧:蒼、これ…。

蒼:…っ!

蒼M:碧から手渡された紙袋に入っていたのは、写真たてだった。多分、中には碧の描いた絵が入っているのだろう。

碧:蒼が、僕の絵の力があまり好きじゃないってことは知ってる。だから、見たくないなら伏せたままでもいいから、せめて持っていって欲しい。

蒼M:この時胸を襲ったのは、いったいどんな感情だったんだろうか。たくさんの、強い感情が渦巻いていて、自分のことながらよく分からなかった。ただ確かなのは、この絵を突き返せなかったということだけだ。

碧:蒼は真面目で、辛くても頑張ってしまうから。無理しないでって言っても、難しいんだろうけど。僕は…

蒼:…碧。

蒼M:この時、俺は笑えてたかな。例えあいつが、俺が、どう思っていても、笑ってさよならを言おうと決めていたんだ。




蒼M:研究機関へ着くと、研究者たちからは予想外に歓迎された。早口でよく聞き取れなかったところもあったけど、俺の経歴を聞いて「アカシックレコード接続者なんじゃないか」と疑っていたみたいだった。そんな漫画みたいな話があるか?と思ってたけど、誓約能力によって「白紙のページには俺だけに見える、聞いたことのないはずの情報が載っていること」「別の世界の存在と会話ができること」が事実だと証明されてしまった。…そこからまた、研究者達の早口が爆発した。

蒼M:どうやら幼い頃の体調不良は、脳がアカシックレコードから得る情報に耐えられず、オーバーヒートしていたことが原因で、元々情報を整理する睡眠時に本に出力するという形式をとることで、脳への負担が和らいだのではないかと言っていた。別の世界に繋がったという原因は分からない。アカシックレコード接続者たちが使用しているという高機能デバイスを装着すると、いつもぼーっとしていた頭がクリアになって、嬉しかった。


蒼M:大興奮の研究者たちに「生命の安全を保証しない研究への参加同意書」を書かされるまでは。





ーー研究施設、個室にて


蒼:あ゛ー…そう、だよなあ…。世界、滅亡しそうなんだもんな…。


蒼M:幼い頃に感じていた不調が、さらにひどくなったような気分だった。頭が痛くて、体が重くて、眠れなくて、眠くて、ぐらぐらして、でも寝ないといけなくて、起きて書かないと。だんだん、今本当に自分が起きているのかも分からなくなっていった。ただ、今は、多分起きている。さっき研究者が、「本」の内容を読み上げさせて、メモしていたから。もともと大したことがわかるわけじゃ無かったから、そんな重要なことは分かってないと思う。能力強化してるらしいけど、覚えてないからたぶんそう。


蒼:……?うん、だいじょうぶ。起きてるよ。……うん…


蒼:やだな…昔みたいで…あ、ああ…やだやだまたもどっちゃったって、なにもできなくて、…ゲホッ、ゲホッ(しばらくの間、空咳が続く)…ごめん、ごめんなさいうるさくてみんながねむれない…(空咳)


蒼:……「え」?え、え、え、……「たなのうえ」?……………絵だあ…「え」って絵?


蒼:あは、あはは。絵だ。嬉しい。…よにんいる…1、2、3、4…。……「だれか」って?…だれだっけ?…えっと、あ、ちいさい碧だ…あとは、おとうさんと、おかあさんと…あ、おれだあ…。…あ、あ、わすれてごめんなさいごめんなさい…ウッ(咳が出そうになる)……「えをみて」?…あはは。わあ、うれしい、たのしいなあ。……「ごめん」?なんで?……「きみはえをみるのがすきじゃなかったのに」?なんで?たのしい、たのしいよ?あは、あははははは。




蒼M:目が覚めた。頭がズキズキと痛い。研究者の話だと、俺はこの2週間ほど、多くを寝て過ごしたらしい。脳に負担をかけすぎたので、緊急医療ポッドで治療を受けていたらしく、しばらくはアカシックレコードに接続するのは厳禁と言われて、「能力」を抑えるデバイスがつけられた。

蒼:研究者が言ってた「精神が不安定で、家族の絵を見て笑っていた」って…碧の絵のせいじゃ…。はあ…だから嫌なんだよ。

蒼:……

蒼M:棚の上に伏せられた写真立てを見る。研究者がいうには、あそこには家族4人の絵が飾られているらしい。ここ何年も、碧が人物画を描いているのを見た事がなかったから、てっきり猫とか鳥とか、風景とか、そんな絵が入っているんだと思っていた。

蒼:なんで…。

蒼M:写真立てに手を伸ばしかけて、やめた。




親:(母)あなたたちはね、私たちのもとに来てくれた天使なのよ。

親:(父)お前たちは、神様が俺たちに授けてくれた天使なんだ。


碧M:それが両親の口癖だった。いつも笑顔で、蒼が咳こんで眠れない夜、1人は夜通し蒼の手を握り、もう1人は僕に添い寝しながら優しく胸をたたいていた。

碧:天使って、どんなものなの?

親:うーん、そうだなあ…とっても大切で、ただ居てくれることが奇跡のような、何にかえても守りたい…そんな存在かな。

碧:それが、僕たち?

親:そうだよ。

碧:めーわくかけてるのに?

親:迷惑?どうして?

碧:僕の絵が欲しいって、変な人たちがいっぱい来るから。

親:迷惑じゃないよ。

碧:なんで?

親:お父さんとお母さんは、碧と蒼が幸せだと、とっても嬉しくなるんだ。だから、碧が絵を描くのが好きなら、他のことは気にせず、いっぱい描いてほしい。

碧:なんで?

親:碧と蒼が、大好きだからだよ。

碧:なんで?

親:おっと、碧にも「なぜなぜ期」が…? コホン(小さく咳払い)…そうだなあ…言葉にするのは難しいけど…こうやって、碧を抱きしめていると、愛おしくてたまらなくなる。胸がぽかぽかして、温かくなる。

碧:ほんとだあ。

碧M:両親が触れた所が、むず痒くて、でも離れがたかった。胸を叩かれる度、髪を撫でられるたび、胸が温かくて、幸せになった。

親:碧、ここに産まれてきてくれて、ありがとう。

碧M:世界が温かくて、美しいものだということは、両親が教えてくれた。

碧M:そして、「優しい」だけではないということも。

碧M:ある夜、大きな物音と怒鳴り声で目を覚ました。知らない男が窓を割って入ってきて、何かをよこせと言っていた。

碧M:両親は怒って男に言い返して、それに逆情した男が、ハンマーで父を殴った。母も殴った。久しぶりに体調がよかった蒼は、僕の隣で眠っていた。動いたらだめだと思って、僕は暗い部屋の隅で静かにしていた。

碧M:男が帰って、しばらく経ってから。僕はやっと動き出した。

碧:…おとうさん?おかあさん?

碧M:僕にとって、暗い夜は両親が抱きしめて眠ってくれる、温かい存在だった。

碧M:そのはずなのに。月明かりしか届かない暗い部屋で触れた両親の体は、とても冷たかった。

碧:あれえ…ぽかぽかしない、なんで?おとうさん、おかあさん…

碧M:いつもは胸が温かくなるはずなのに、この時はずしりと重いものが乗っかってきたような、そんな感覚がしたのを覚えている。




碧M:翌朝。動かなくなった両親を見た蒼が大きな声で泣いて、近所の人がやって来て、両親がもう抱きしめてはくれないことを知った。両親は燃えて、石の下に埋められた。僕たちは最初は普通の養護施設にいたけど、12歳の時、国の定例検査を受けて、特殊児童養護施設という所で暮らすことになった。不思議な「能力」を持つ子供が暮らす施設なんだって。蒼にも「能力」があるの?と思ったけど、いつの頃からか、眠っている蒼の手に大きな本が現れるようになった。

碧M:なんでも、色んな人のことが書いてあって、眠る度に増えていくんだって。蒼と僕には読めるけど、他の人が見ても真っ白に見えるんだって。

蒼:絶対、お父さんとお母さんを殺した奴をみつけるんだ…!

碧:どうやって?だって、その本に書いてあることは、他の人にはわからないんだよ?

蒼:証拠を集めて警察に通報する!調べたいやつがいたら、探偵が調べて証拠を探してくれるんだ!

碧M:無理だった。蒼は「可哀想な子供」から、「嘘つき」の「迷惑な子供」になった。色んな人から怒られて、この頃は特に苦しそうだった。咳をする蒼の背中を撫でているとき、両親と触れている時とは少し違うけど、胸がさわつくような、不思議な感じがした。だから、苦しそうな蒼の心を何とかしてあげたかった。

碧:蒼、みて!お父さんとお母さんの絵を描いたんだ。つらい夜は、いつも手を握ってくれていたよね。犯人は捕まえられなかったけど、もうそんなどうにもできないことは忘れて、明るく幸せに暮らそうよ。

蒼:え…あ、あれ、え、…あはは、うれしい!

碧:よかった!

碧M:蒼が喜んでくれて、僕も嬉しかった。でも、僕は何かを間違えたみたいで、その後、蒼に大嫌いだと言われてしまった。一生懸命描いた両親の絵はビリビリに破かれてしまって、それからは家族の絵は描かないようにしていた。

碧M:蒼と離れ離れになることが決まった、あの日までは。




蒼:嫌な夢を見た…。

蒼M:脳を休めるためとか言って、ヒーリングミュージックや綺麗な風景や動物が遊ぶ映像ばかり流されていたせいで、碧の絵のことを思い出したからかもしれない。

蒼:せめて、本でも読ませてくれたらいいのに…。

蒼M:何もすることがなくて、自然と伏せた写真立てに目がいってしまう。

蒼:なんで、わざわざ家族の絵なんか描いたんだろ…まさか、俺のため…?

蒼:…そんなはず、無いか…。両親が死んだ時も、全然悲しそうじゃなかった。それ以降もずっとにこにこ笑ってて、碧は多分、楽しいとか嬉しいとか、そういう感情しか分からないやつなんだ。

蒼M:あの時も、両親を殺した犯人のことを「そんなこと」と言って笑っていた。

蒼M:そして、その後見せられた両親の絵。両親を失った悲しみや、何もできなかった悔しさ、犯人への怒り、いろんな感情が塗りつぶされていくのが怖くて、気持ち悪かった。碧と一緒になんてなりたくなかった。

蒼:…って、ずっとそう思ってたんだけどな…。

蒼M:俺が決めつけていたものと違う碧の姿を想像したくなかった。抑制装置が取れれば、まだ「隣人」と話ができて気が紛らわせられるのに、とすら思っていた。今思えば、もっとちゃんと、碧について考えていればよかったのに。

蒼M:しばらくして、研究が再開された。最初よりは慎重に進められていたんだと思う。それでも何日か続くと、また起きているか寝ているか分からなくなって、緊急医療ポッドに入ることになった。俺は、今回も写真立てを握りしめていたらしい。

蒼M:何度か繰り返すうちに、ポッドに入る間隔が短くなってきたので、頭がまともなうちに碧に手紙を書いた。そして…最後にはポッドに入っても戻らなくなった。

蒼:ああ、ねむい、いたい、…(空咳)やだ、もうねたいよ…どこ…。


ーーベッドから降りて、ほとんど物がない部屋の中をふらふらと歩き始める。その一歩一歩は重く、まるで幽鬼のようだ。


蒼:あ、きらってした。どこ。


ーー壁に嵌め込まれた鏡に手をつく。


蒼:あ、あああ、ああ…!!!


ーー自分の姿を見て、まるで化け物でも見たように発狂し、暴れ回る。


蒼:うわああああああ!こわい、こわい!


ーー振り回した手が写真立てに触れる。写真たては壁にぶつかり、蒼の足元に落ちてくる。


蒼:(絵を見る)あ、ああ、たすけて、おとうさ、おか、さ…。…あはは!たのしい!たのしいね!


ーー蒼は、写真たてに入れられた絵を見て、とても楽しそうに笑っている。


蒼:おとうさんと、おかあさんと、碧と、蒼!わーい!

親?:蒼…。

蒼:あれえ、ふたりいる??なんで?

親?:…蒼、楽しいかい?

蒼:うん!

親?:蒼、幸せ?

蒼:わかんない。でも、つかれた…ねむたいのに、ねれないの

親?:そっか…じゃあ、眠れるまで、手を握っているね。

蒼:…いつも、ごめんなさい、せき、うるさくて、ごめ、(空咳)

親?:私こそ、すまない…いや、ごめん、ごめんね…。…蒼、ほら、絵を見てごらん。

蒼:「え」?

親?:両手に握っているだろう?

蒼:絵だ!あはははは。

親?:…蒼、何もできなくて、ごめんね。せめて最後まで、君が眠るまで、一緒にいよう。

蒼:ずっといっしょにいてくれるの!?やったーうれいい…

親?:ああ…。

蒼:ありがとう…。

親?:!…蒼?

蒼:あね、いつもいっしょーてくれて、ありがろー

親?:…ああ。

蒼:おえ…しあわせだあ…

親?:…。

親?:………。おやすみ、蒼…。




碧M:蒼が、死んだらしい。政府の職員が、見覚えのある小さな壺と、手紙と、写真立てだけを持ってきて、そう言った。僕が蒼に渡した写真立ては、安物で、柔らかい木材を使っていたが表面は綺麗に磨き上げられていて滑らかだった。今、職員から渡された写真立てには、よほど強く握りしめたんだろうか、爪が食い込んだ痕と、血が染み付いていた。

職員:蒼さんは、最期まで、その絵を支えに頑張ってくださいました。このような御帰りとなってしまい、大変…大変申し訳ございません…!!

碧M:この人は多分きっと、いい人なんだろうなと思いながら、手紙を開いた。


ーー以下、手紙。()内は読み上げなくていいです


蒼:『碧へ 最初に、謝っとく。今、あまり字が上手く書けないから、多分読みにくい。ごめん。

(何かを書こうとして、何度か消した跡がある)

蒼:なんか、何か言わないとって思って、でもよく分からなかったから、内容も多分、読みにくいと思う。

蒼:俺、碧のこと、ずっと嫌いだった。

蒼:碧は子供の頃からすごかった。俺が体調崩してばっかりで、夜もすごく咳き込んでうるさかったし、自分で言うのもなんだけど、ガリガリで、お化けみたいな見た目だったのに、いつも笑顔で接してきて。碧は健康で、きれいで、絵で人を幸せにする特別な力も持ってて。…ずるいって思ってた。両親は俺たちのことを「天使」だって言ってくれてたけど、俺は自分のことを天使だなんて思えなくて、申し訳なくて、俺なんかいなければいいのにって思ってた。

 

蒼:でも、いざ世界が終わるって言われたら、死ぬのが怖くて

 

蒼:両親が死んだあとも、碧はずっと笑顔だった。怖かった。

蒼:しかも、よりによって両親の絵で、ふたりが死んだ悲しい気持ちも、悔しさも、大切な人を殺した犯人への怒りも全部塗りつぶされるのが、嫌で嫌でしかたがなかった。

 

蒼:だから、碧のことが、嫌いで、気持ち悪くて、両親のことを忘れるのが嫌で…碧が描いてくれた絵を、破いた。

蒼:ごめん。

蒼:本当にごめん。

 

蒼:なあ、あの時と、今回。なんで、家族の絵を描いたの。俺に絵をくれたの。

蒼:碧のこと、家族のことも何とも思ってなくて、楽しいとかそういう感情しか分からないやつだって思ってたけど、違うの。

 

蒼:何にもわかんなくて、もっとちゃんと、碧と話せばよかった。

 

蒼:生まれてからずっといっしょに暮らして来たのに、何にも分かんないんだ。

蒼:俺でもそうなんだから、これからは、ちゃんと碧が考えてること、誰かに話してよ。

 

蒼:なんだろうな。何で、急に、こんなすっきりした気持ちなんだろう。

蒼:世界が滅ぶから?もう死ぬから?

 

蒼:分からない。でも、怖くてたまらないけど、実はちょっと嬉しい。

蒼:俺、碧以外にはじめて信じてもらえたよ。

蒼:はじめて、誰かの役に立ったよ。

蒼:それだけのことが、とても嬉しい。

 

蒼:世界は終わるけど、いろんなつらいことが無くなって、俺、幸せなんだ。

 

蒼:終わりまで、あと何日なんだろう。よく分からないけど。

 

蒼:碧、幸せになってよ。

蒼:お前のおかげで、俺、多分怖いのも乗り越えられるよ。

蒼:だから、碧、俺を幸せにしてくれたお前も、幸せになって。

 

蒼:ありがとう。碧。さよなら 』


碧M:頬を、冷たいものが流れた。職員の人から、ハンカチを渡される。そうか、僕、今泣いてるんだ…。

碧:ねえ、職員さん。

職員:っ、はい。

碧:僕、ずっと、「悲しい」とか「苦しい」とか、そういうマイナスの感情が分からなかったんだ。世界が滅亡するって言われた時も、みんな苦しそうで、かわいそうだなって思ってた。

職員:…!それは…。

碧:でも…でも…こんなに、苦しいのに、痛いのに、

職員:……

碧:蒼は、すごいよ。僕なんかより、ずっと。

碧:(深呼吸。任意の回数どうぞ)

碧:僕は、まだ、この苦しみをどうしたらいいか分からない。それでも、蒼みたいに、僕にできることを頑張りたいんだ。

職員:碧さん…。

碧:僕の「能力」は、僕が描いた絵を見た人を、明るい気持ちにさせる能力!僕のこの力で、終わりに向かう世界でも、絶望しないで、前を向いて最後まで歩けるように、その支えになりたい。

職員:それは、それは、願ってもいないお申し出です。本当に、ありがとうございます…!…ですが、私どもも、最後まで、諦めずに足掻く所存です。この世界を、命を、終わらせてたまるものか!

碧:職員さん…

職員:私は、斎藤と申します。残された時間を、最後まで生き抜く同士として。幸せな未来を、掴みましょう。

碧:…はいっ!

碧M:未だ、世界が滅びるという予言は変わらず、その原因すら見つかっていない。きっと世界は滅びるのだろう。それでも、僕たちは前を向いて、幸せになるために生きていくのだ。


碧M:世界滅亡までーーーあと、2102日。


NEXT STORY…→「世界が終わった日」

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