第10話 創造神の宇宙と、六枚の地図
全社会議の日が、来た。
午前九時五十五分。
旧会社・大会議室。
天井のプロジェクタは三台。
正面スクリーンは一面まるごと御堂ゾーン、
右側のサブ画面には、後で俺たちの六枚が映る予定だ。
百人以上入るホールは、既に八割方席が埋まっている。
前列は役員と部長、その後ろが課長、さらに後ろが一般社員。
一番後ろの席に、新会社側として俺とことね、紗良、結衣、それに白石が並んで座っていた。
ホールの空気は、MI堂の効果音みたいに、すでに少し高揚している。
「……本当に、ここでやるんですね」
ことねが小声で言う。
「“宇宙のあとに六枚”って、順番的にはなかなか地味ですよ」
「地味でいい」
俺は口元だけ笑った。
「大丈夫。向こうは宇宙。こっちは“今日この会社で何を決めるか”だけに絞る」
紗良が前方を見つめる。
「創造神の全力運転、見ておいて損はないです」
結衣は、手帳を開きながら言う。
「私は“どのタイミングで人が疲れた顔をするか”をメモります」
白石が腕を組み、短く言った。
「朝倉は、ただ見てろ。増やしたくなるから、絶対真似するなよ」
「しません」
俺は自分のノートの最初のページに、
でかく「6枚から増やさない」と書いて線で囲った。
♢
開会の挨拶が終わる。
司会「それではまず、新サービス“ライトプラン”について、旧サービス企画部よりご説明です。発表は御堂さん、よろしくお願いします」
拍手。
ステージ袖から御堂 惟久が現れた。
ネイビーのスーツ、少しだけ光沢のあるタイ。
ラペルの小さなピンは、今日も十字っぽいあの形だ。
御堂はマイクを握らない。
マイクスタンドの前に立ち、ホール全体を見渡す。
「創造神・御堂です」
一番後ろの誰かが「出た」と小さく笑い、すぐ黙った。
「今日は、新しい世界の“断面”を、ほんの十数分、皆さんと共有したい」
照明が少し落ち、スクリーンが光る。
タイトルスライド。
背景は宇宙。
星の粒がゆっくり集まり、ライトプランのロゴを形作る。
新サービス「ライトプラン」
〜迷える者に光を〜
御堂「我々はこれまで、“全部選べる”ことを善としてきた。だが——選択肢が増えすぎた世界は、時に人を迷わせる」
クリック音。
二枚目へ。
・ユーザーのシルエットが、
「ベーシック」「スタンダード」「プレミアム」「キャンペーン」「期間限定」の矢印に囲まれてぐるぐる回るアニメーション。
御堂「ここに、迷える子がいる。どのプランが自分にふさわしいか、分からず立ち尽くしている」
画面の端に、吹き出し。
〈よく分からないので一番安いので〉
〈よく分からないので全部入りで〉
ことねが前のめりになって、ノートにさらさら書き込む。
たぶん「吹き出しは面白いが、実務的には危険」とかそんなことを書いてる。
三枚目。
営業のシルエットが、紙の山に埋もれていく。
御堂「導くべき側も、また迷っている。資料は増え、説明は伸び、話す側も聞く側も疲れていく」
ここまでは、確かにうまい。
言っていることも、内容自体はそんなに間違ってない。
四枚目。
スクリーンの下から、柔らかい光の帯が立ち上がる演出。
御堂「そこで——光を束ねて一本にしたのが、“ライトプラン”だ」
ライトプランのロゴが、光の帯の上に浮かぶ。
テキストが一行ずつ現れる。
・機能を絞る
・サポート範囲を明確にする
・申込・解約を軽くする
御堂「“全部できます”ではなく、“これだけできます。その代わりここから先は別の光です”と、はっきり区切る」
ここまでは、ほぼ俺たちの考え方と同じだ。
違うのは——
・トランジションのひとつひとつが凝っている
・アイコンや図形の密度が高い
・説明の言葉が、いちいち宗教的で格好いい
御堂「皆さん一人ひとりが、“小さな光の発信源”だ。ライトプランは、その光をまっすぐ届けるための器に過ぎない」
前のほうの若手社員が、素直に「おお……」と声を漏らす。
(うん。これは刺さるよな……)
俺は少しだけ嫉妬しながらも、
黙ってノートに線を引いた。
「かっこよさ:◎
情報量:△〜×
“自分で話せるか”:? 」
♢
御堂のスライドは、全部で15枚。
そのうち8枚くらいまでは、会場の集中力が保たれていた。
・機能の境界線を、光と影で見せるスライド
・旧プランとの比較を、惑星の大きさで見せるスライド
・売上インパクトを、光の帯の太さで見せるスライド
ことねと紗良と結衣は、
それぞれ違うタイミングでペンを止めた。
ことね(小声)「ここから、情報の種類が増えました……」
紗良(メモを指しながら)「数字が増えるのに、具体的な“決める線”が出てこない」
結衣(前方を見たまま)「アニメーションの向きが増えて、目が疲れます」
俺は、隣の白石がため息を飲み込むのを聞いた。
御堂は、時間を気にしながらも、
どうしても言いたいところで言葉が乗ってしまう。
御堂「——つまり、“ライトプラン”とは、お客様と我々が、同じ星を見上げるための小さな望遠鏡なのです」
(うまいけど長いな……)
タイマーは既に11分台に入ろうとしている。
それでも、御堂は最後だけは削らない。
最後のスライド。
星空の中に、ライトプランのロゴだけが浮かぶ。
御堂「この宇宙の一部を、共に覗いてくださって、ありがとう」
お辞儀。
大きな拍手。
役員席は、かなり好意的だ。
前のほうの社員たちの表情も悪くない。
ただ——後ろのほうでは、
何人かがそっと肩を回したり、目元を押さえたりしている。
結衣が、ノートに短く書く。
9分までは“すごい”
11分を超えると“ちょっとしんどい”
白石が腕を解く。
「……悪くはない。でも、“聞き終わったあと何をすればいいか”がまだ曇ってる」
司会がマイクを取る。
「御堂さん、ありがとうございました。続きまして、新会社ライトプラン運営室の朝倉さんより、“6枚版ライトプラン説明”を共有いただきます」
少しざわめきが起きた。
「6枚?」
「さっきのに比べて半分以下?」
「そんなので説明できるの?」
役員のひとりが興味深そうに身を乗り出す。
「よし、行ってこい」
白石が椅子に座ったまま言った。
「“地図”でいい。宇宙にはならなくていい」
「はい」
俺は立ち上がり、通路を歩いてステージへ向かった。
♢
マイクを受け取って、深呼吸。
ライトの熱が、額にじんわり当たる。
「新会社ライトプラン運営室の朝倉です」
さっきまでの宇宙スライドから切り替わり、
画面には白背景にシンプルな文字と図だけのスライド。
角丸も、影も、アニメーションも、ほとんどない。
「今日は、“ライトプランをどう説明するか”を、6枚だけで共有させてください」
1枚目。
タイトルと、今日のゴール。
今日話すこと/決めること
・ライトプランが「誰の」「どんな困りごと」を軽くするのか
・今日“ここまで決める”、今日“決めない”こと
・各部署が、来週までにやること
「御堂さんのプレゼンで、“ライトプランが目指す世界”は見えました。ここからは、“今日この会社で何を決めるか”だけに絞って話します」
会場の空気が、少し切り替わる。
2枚目。
現状。
・ユーザーからの「選べない」相談の割合
・営業の「説明に○分以上かかる」案件の割合
・サポートの「プラン間違い」問い合わせ
数字は、全部で3つ。
棒グラフも、一本ずつ出るだけ。
「御堂さんのスライドにもありましたが、迷っているのはお客さんだけじゃなくて、説明する側も迷っているのが現状です」
3枚目。
課題。
「ここでの課題は、“全部話そうとしてしまうこと”です」
箇条書き三つ。
・聞き手にとって重要でない情報まで全部出してしまう
・“やらないこと”が曖昧なまま話し始めてしまう
・結果として、“決める”までたどり着かない
「この会社のプレゼンは、技術的にはレベルが高すぎるくらい高い。でも、そのぶん、時間に収まりきらないことが増えてしまった」
4枚目。
提案。
ライトプランの説明は、“やらないことリスト”から始める
・このプランでできないこと
・このプランでは対応しないこと
・その代わり、どこまで軽くなるか
「“全部できます”ではなく、“ここまでです。その代わりここから先は別プランです”と、最初に線を引いてから話す」
前の方で、営業の誰かがうなずいた。
サポート席からも、小さな頷きがいくつか見える。
5枚目。
影響・メリット。
・営業:説明時間の短縮見込み
・カスタマー:よくある質問の減少見込み
・開発・サポート:設定・運用の軽さ
「ライトプランは、“何でもできる魔法”ではありません。“これだけできます”を10分で言い切るための枠です」
6枚目。
次の一手。
今日決めること
・“ライトプランで“やらないことリスト”を作るチーム構成
・来週までに各部署が持ち寄るもの
・“10分で説明する”練習を、誰がいつやるか
「今日ここで、“ライトプランをやる/やらない”まで決める必要はありません。今日決めてほしいのは、この3つだけです」
俺は、3つの箇条書きを指でなぞりながら、
ゆっくりと読み上げた。
「1つ。各部署から1名ずつ、“やらないことリスト”を作るチームに入ってもらうこと。
2つ。来週のこの時間までに、“自分の部署から見たライトプランの注意点”を一枚にまとめてもらうこと。
3つ。ライトプランの説明を、実際に10分で話す練習を、このホールで一度やってもらうこと」
一礼。
「以上です。ありがとうございました」
マイクを離し、タイマーを見る。
08:47。
会場は一瞬、静まり返った。
“終わり”の合図を聞き慣れていない空気だ。
最初に拍手を始めたのは、サポート席の誰かだった。
それに釣られるように、ぱらぱらと拍手が広がっていく。
♢
司会がマイクを取る。
「ありがとうございました。では質疑応答に移ります」
最初に手を挙げたのは、営業部長。
「御堂くんと朝倉くん、両方に聞きたい。“ライトプランを選ばないほうがいいお客さん”は、どんな人だ?」
御堂がマイクを受け取る。
「我々の光が届かないほど、複雑すぎる要件をお持ちの方ですね。それは別の星、別の宇宙で扱うべき案件です」
それはそれで、分かったような分からないような答えだ。
同じ質問が、俺に回ってくる。
「“ライトプラン”を選ばないほうがいいのは——」
少しだけ考えてから、はっきり言った。
「“全部自分で細かく決めたい人”です」
会場の何人かが、クスッと笑う。
「料金も、機能も、全部自分で調整したい人には向きません。“迷うほうが楽しい人”には、フルのプランのほうが合っています」
営業部長が、納得したように頷く。
「なるほどね。そういう言い方なら、お客さんにも伝えやすい」
別の質問。
「6枚で足りるのか?」
開発側のマネージャーだ。
「仕様はもっと多いだろう?」
「足りません」
俺はきっぱり言った。
「仕様を全部説明するスライドは、“別の束”で用意します。今日見せた6枚は、“ライトプランの位置づけを共有するためだけ”の地図です。全部をここに詰めるつもりはありません」
マネージャーは腕を組んで、少し考え——
そしてうなずいた。
「なら、いい」
最後に、役員席から一言。
「今日は、“世界を語るスライド”と“決めごとを整理するスライド”の両方を見られた。ライトプランは、この二つをどう組み合わせるかだね」
御堂は微笑んだまま、何も言わない。
俺も、黙って一礼した。
♢
会議が終わり、ホールの人波がばらける。
俺たちは隅で荷物をまとめていた。
そこへ、御堂がふらりと近づいてくる。
「お疲れ。良かったよ、“六枚”」
「創造神の宇宙も、すごかったです」
俺がそう言うと、御堂は肩をすくめた。
「宇宙は広い。……でも、人間の集中力は、そこまで広くないらしい」
結衣が横から口をはさむ。
「9分までは、めちゃくちゃすごかったです。11分を超えたあたりで、ちょっと疲れました」
御堂は素直に笑った。
「そういうフィードバック、嫌いじゃない」
ことねが、遠慮がちに聞く。
「御堂さんは、“6枚だけにする”ってルール、どう思いますか?」
御堂はスクリーンのほうをちらっと見上げてから、答えた。
「世界を語りたいときは足りない。でも、“今日決めること”だけ話すなら、多すぎるくらいだ」
紗良が頷く。
「たぶん、両方要るんだと思います」
御堂は、少しだけ表情を曇らせる。
「問題は——、どっちを、どこまで“やめられるか”なんだよな」
そこで司会に呼ばれ、御堂は去っていった。
背中に向かって、白石がぼそっと言う。
「創造神も、ちゃんと“人間”だったな」
俺は深く息を吐いた。
(本番は、たぶんここからだ)
宇宙みたいに広げたい人と、
6枚で終わらせたい人。
ライトプランは、その真ん中の線をどこに引けるかにかかっている。組み合わせつつもお互いどこまで譲るのか。
全社会議の幕は、いったん閉じた。
でも、創造神との“本当の対決”は、
ここからが本番だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます