第4話 必要十分キャンペーン、炎上寸前

水曜日・朝。

プレゼン支援チームの島のホワイトボードには、

昨日の文字がそのまま残っていた。


【10分会議=スライド上限6枚】

・6枚までレビュー無料

・7枚以上は理由付き申請


その下に、新しくことねが太字で書き足す。


【本日】

1.社内告知文

2.申請フォーム

3.反発ポイントの予測


「三番目がいちばん大事ですね」


ことねがマーカーをくるくるしながら言う。


「“便利そう”と思ってくれる人もいますけど、“俺のスライドが否定された”って思う人も絶対出てきますから」


「“御堂さんの弟子筋”とかね」


俺が言うと、

紗良と結衣が同時にうなずいた。


 



まずは社内告知文から。


ことねがPCを開いて、ゆっくり読み上げる。


「――仮タイトル『必要十分プレゼンお試しのご案内』」


・会議時間に対して、スライド枚数が増えすぎて困っていませんか?

・“なんとなく増やしてしまう”をやめたい方へ

・プレゼン支援チームが、「その会議で本当に必要なぶんだけ」に絞り込むお手伝いをします。


「いい出だしだと思います」


紗良がうなずく。


「“お前らのスライド多すぎ”じゃなくて、“困ってませんか?”から入るのは大事です」


結衣が画面を覗き込む。


「禁止ワードは“無駄”“やり直し”ですね。“スリム化”“整理”くらいのワードにしときましょう」


ことねが文面を直す。


・スライドの「整理」「スリム化」をしたい方へ

・内容は変えずに、枚数だけ減らす相談も歓迎です


「あと、“御堂式”って言葉は絶対に出さない」


俺が釘を刺すと、

三人とも真顔でうなずいた。


「それ、書いた瞬間に戦争になりますからね」


 



次は申請フォーム。


結衣がぽん、とテンプレを出す。


画面にはシンプルな入力欄。

• 会議名

• 会議時間

• 現在のスライド枚数

• 決めたいこと(最大3つ)

• どこまで減らしたいか(目安)


ことねが一行ずつ確認する。


「“決めたいこと”は大事ですね。ここがあやふやなプレゼンは、何枚あっても決まりません」


紗良が、にやりとしながら付け足す。


「最後に、“御堂さんのチェックを想定していますか?”って項目入れます?」


「やめなさい」


「冗談です。でも、“誰かを説得したいかどうか”は聞いていいかも」


結衣がサクッと項目を増やす。

・このプレゼンで特に説得したい相手(任意)


「説得したい相手が“部長”とか“役員”とか“いつも質問が厳しい人”って書かれてたら、その人の時間コストも含めて設計しないとですね」


ことねがペンでメモする。


「“上の人ほど時間が高い”って意識が、なぜかスライドに反映されてないケース、多いんですよね」


俺が肩をすくめる。


「“部長来るから、枚数盛っとこう”って発想だからな。ほんとは逆なんだけど」


 



一通り形ができたので、

あとは実際に流すだけ――なんだけど。


「三番目、“反発ポイントの予測”やりますか」


紗良がホワイトボードの前に立つ。


「まず、“枚数=頑張りの証明”と思ってる人」


結衣が「あるある〜」と笑いながら書き足す。


・“スライド多い=仕事した”と思っている人

・“作り込み”と“盛りすぎ”の違いが分かってない人


ことねが真面目に続ける。


・“昔からこの形式だから”で安心している人

・“自分のスライドが否定された”と感じる人


俺は一本線を引いた。


「そして最大の反発ポイントは――」


三人がこちらを見る。


「“創造神の系譜”の人たちだ」


「やっぱりそこに戻ってきますね」


「向こうから直接クレームが来る前に、こっちから“説明会やります”って先に言っときます?」


ことねの提案に、

俺は少しだけ考えてから頷いた。


「“説明しないでシステムだけ変える”のが一番危ないからな。“決して御堂さんを否定したいわけではなく”って言いながら、中身だけ完全に真逆にする」


紗良が苦笑いした。


「それ、否定してるのと同じですけどね」


 



昼前。

告知文と申請フォームが完成した。


ことねが最終チェックをして、

「送信」のボタンにカーソルを合わせる。


「行きます?」


「行きましょう」


カチ。

送信音は地味な音だったけど、

俺たちにはやけに大きく聞こえた。


数分後、

社内チャットの全社チャンネルに通知が流れる。


【プレゼン支援チームより】

「必要十分プレゼンお試しキャンペーン」のご案内


結衣がブラウザを開いて、反応を眺める。


「“助かる”“お願いしたい”系のスタンプ、多いですね」


紗良が頷く。


「“枚数減らしたいけど、文句言われそうで怖い”って人、

 やっぱりたくさん居たんですよ」


ことねが、安堵の息を吐く。


「とりあえず、初動はいいですね」


――そう思っていたのは、

午後三時くらいまでだった。


 



15:07。

社内チャットに、少し重たいテキストが流れた。


【企画部・課長】

「“スライド枚数の上限”について、トップダウンで決めるのはいかがなものかと思います。案件によっては“盛ること”も必要です」


「来ましたね、最初の反発」


紗良が言う。


結衣がスクロールする。


【別の課長】

「弊部では“世界の事例をしっかり見せる”ことを重視しています。枚数だけの制限は乱暴ではないでしょうか」


ことねが小声で「世界の事例……」とつぶやいた。


(御堂教の影響だな、完全に)


俺は少し考えてから、

自分の名前で返信を書いた。


朝倉:

「コメントありがとうございます。“上限”というより“目安”と考えてください。案件によって追加が必要な場合は、理由付きで“枚数延長”のご相談も歓迎です。“世界の事例を見せる”こと自体を否定する意図はありません。“この会議の時間で決められるぶんだけ”をはっきりさせるための取り組みです」


送信して、

全員でモニターを見守る。


数十秒後、別のコメントがついた。


【営業部・部長】

「朝倉さんの仕組みを使って、本日10分報告が“10分で終わる”ようになりました。個人的には非常に助かっています。“延長申請”という考え方も良いと思います」


星野の上司だ。


ことねがほっと息をつく。


「味方の声、早めに出てくれてよかったですね」


結衣が小声で言う。


「“使ってみたら楽だった”って人の声がないと、反対意見だけ残っちゃいますから」


紗良がメモを取る。


「“実績→ルール→空気”の順で効いてくんですね、やっぱり」


 



その頃。

旧会社・御堂のフロア。


御堂 誠は、自席のPCで社内チャットを見ていた。


【旧会社のOGがリポスト】

「前の会社の元同僚が、“10分=6枚”みたいなこと始めたらしい」


その下に、

今の会社の「必要十分プレゼンキャンペーン」のスクショ。


御堂は、ふっと笑った。


「……6枚?」


隣の若手が恐る恐る覗き込む。


「どうされました?」


「10分で6枚だと?」


御堂は画面をくるりと回した。


「“決められない会議”を増やしたいのか、“何も語らない会議”を増やしたいのか、どっちだろうな」


「いや、むしろ逆じゃないですか?」


若手の呟きは、御堂の耳には届かなかった。


(朝倉……)


名前を見た瞬間、

どこか眉の奥がぴくりと動いた。


「“必要十分”……か」


御堂は、ゆっくりと立ち上がる。


「お前」


と、若手を指さした。


「は、はい」


「このキャンペーンをやってる会社、今度の合同説明会で同席だな?」


「えっと……はい。資料に名前出てました」


「……スケジュールを送れ」


声だけが低くなる。


「“創造神ごっこ”に口出しした元信者が、何を作るのか、この目で見てやる」


若手は、心の中でだけ

(ごっこって言ってるの自分なんだよな……)と思いながら、

「はい」とだけ答えた。


 



夕方。

プレゼン支援チーム。


ことねがチャットのタイムラインを見ながら言う。


「反対もあるけど、“試したい”って声もかなり多いです。とりあえずキャンペーンとしては成功ですね」


紗良がペンを回す。


「“次は30分会議向け版を”ってリクエストも来てますよ」


結衣はニヤニヤしながら、

別のウィンドウを開いていた。


「御堂さん、見てますね」


画面には、

旧会社の社内チャットの切り抜き。


御堂:

「“必要十分”という言葉は、本来もっと重い場面で使うものだと思うがね」


「絡んできたな」


俺は苦笑いした。


ことねが、ホワイトボードに新しい行を書き足す。


【次の一手】

・実績を増やす(10分以外の会議)

・“説明会”の準備

・いつか来る“公開対決”に備える


紗良が、さらっと一言添える。


「“神に勝つ”って宣言するとややこしいので、“神にも楽になってもらう”ってことにしときましょう」


結衣がペンを持つ。


「じゃあ書きますね」


・創造神にも“早く終わる幸せ”をいつか知ってもらう


「勝つとか倒すじゃなくて、“楽にする側”って立場です」


俺は、その一行を見ながら思った。


(楽にするためにも、こっちがちゃんと“必要十分”を使いこなせないといけない)


旧会社の創造神は、

きっと簡単には変わらない。


でも、

変えるための方法は一つだけだ。


――“短く終わるのに、ちゃんと決まる”体験を

とにかく増やすこと。


それを続けていれば、

いつかあの神様も、

アニメーションじゃなくため息を減らす方向に

一歩くらい踏み出すかもしれない。


そんな都合のいい未来を、

少しだけ信じてみることにした。

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