第4話 必要十分キャンペーン、炎上寸前
水曜日・朝。
プレゼン支援チームの島のホワイトボードには、
昨日の文字がそのまま残っていた。
【10分会議=スライド上限6枚】
・6枚までレビュー無料
・7枚以上は理由付き申請
その下に、新しくことねが太字で書き足す。
【本日】
1.社内告知文
2.申請フォーム
3.反発ポイントの予測
「三番目がいちばん大事ですね」
ことねがマーカーをくるくるしながら言う。
「“便利そう”と思ってくれる人もいますけど、“俺のスライドが否定された”って思う人も絶対出てきますから」
「“御堂さんの弟子筋”とかね」
俺が言うと、
紗良と結衣が同時にうなずいた。
◇
まずは社内告知文から。
ことねがPCを開いて、ゆっくり読み上げる。
「――仮タイトル『必要十分プレゼンお試しのご案内』」
・会議時間に対して、スライド枚数が増えすぎて困っていませんか?
・“なんとなく増やしてしまう”をやめたい方へ
・プレゼン支援チームが、「その会議で本当に必要なぶんだけ」に絞り込むお手伝いをします。
「いい出だしだと思います」
紗良がうなずく。
「“お前らのスライド多すぎ”じゃなくて、“困ってませんか?”から入るのは大事です」
結衣が画面を覗き込む。
「禁止ワードは“無駄”“やり直し”ですね。“スリム化”“整理”くらいのワードにしときましょう」
ことねが文面を直す。
・スライドの「整理」「スリム化」をしたい方へ
・内容は変えずに、枚数だけ減らす相談も歓迎です
「あと、“御堂式”って言葉は絶対に出さない」
俺が釘を刺すと、
三人とも真顔でうなずいた。
「それ、書いた瞬間に戦争になりますからね」
◇
次は申請フォーム。
結衣がぽん、とテンプレを出す。
画面にはシンプルな入力欄。
• 会議名
• 会議時間
• 現在のスライド枚数
• 決めたいこと(最大3つ)
• どこまで減らしたいか(目安)
ことねが一行ずつ確認する。
「“決めたいこと”は大事ですね。ここがあやふやなプレゼンは、何枚あっても決まりません」
紗良が、にやりとしながら付け足す。
「最後に、“御堂さんのチェックを想定していますか?”って項目入れます?」
「やめなさい」
「冗談です。でも、“誰かを説得したいかどうか”は聞いていいかも」
結衣がサクッと項目を増やす。
・このプレゼンで特に説得したい相手(任意)
「説得したい相手が“部長”とか“役員”とか“いつも質問が厳しい人”って書かれてたら、その人の時間コストも含めて設計しないとですね」
ことねがペンでメモする。
「“上の人ほど時間が高い”って意識が、なぜかスライドに反映されてないケース、多いんですよね」
俺が肩をすくめる。
「“部長来るから、枚数盛っとこう”って発想だからな。ほんとは逆なんだけど」
◇
一通り形ができたので、
あとは実際に流すだけ――なんだけど。
「三番目、“反発ポイントの予測”やりますか」
紗良がホワイトボードの前に立つ。
「まず、“枚数=頑張りの証明”と思ってる人」
結衣が「あるある〜」と笑いながら書き足す。
・“スライド多い=仕事した”と思っている人
・“作り込み”と“盛りすぎ”の違いが分かってない人
ことねが真面目に続ける。
・“昔からこの形式だから”で安心している人
・“自分のスライドが否定された”と感じる人
俺は一本線を引いた。
「そして最大の反発ポイントは――」
三人がこちらを見る。
「“創造神の系譜”の人たちだ」
「やっぱりそこに戻ってきますね」
「向こうから直接クレームが来る前に、こっちから“説明会やります”って先に言っときます?」
ことねの提案に、
俺は少しだけ考えてから頷いた。
「“説明しないでシステムだけ変える”のが一番危ないからな。“決して御堂さんを否定したいわけではなく”って言いながら、中身だけ完全に真逆にする」
紗良が苦笑いした。
「それ、否定してるのと同じですけどね」
◇
昼前。
告知文と申請フォームが完成した。
ことねが最終チェックをして、
「送信」のボタンにカーソルを合わせる。
「行きます?」
「行きましょう」
カチ。
送信音は地味な音だったけど、
俺たちにはやけに大きく聞こえた。
数分後、
社内チャットの全社チャンネルに通知が流れる。
【プレゼン支援チームより】
「必要十分プレゼンお試しキャンペーン」のご案内
結衣がブラウザを開いて、反応を眺める。
「“助かる”“お願いしたい”系のスタンプ、多いですね」
紗良が頷く。
「“枚数減らしたいけど、文句言われそうで怖い”って人、
やっぱりたくさん居たんですよ」
ことねが、安堵の息を吐く。
「とりあえず、初動はいいですね」
――そう思っていたのは、
午後三時くらいまでだった。
◇
15:07。
社内チャットに、少し重たいテキストが流れた。
【企画部・課長】
「“スライド枚数の上限”について、トップダウンで決めるのはいかがなものかと思います。案件によっては“盛ること”も必要です」
「来ましたね、最初の反発」
紗良が言う。
結衣がスクロールする。
【別の課長】
「弊部では“世界の事例をしっかり見せる”ことを重視しています。枚数だけの制限は乱暴ではないでしょうか」
ことねが小声で「世界の事例……」とつぶやいた。
(御堂教の影響だな、完全に)
俺は少し考えてから、
自分の名前で返信を書いた。
朝倉:
「コメントありがとうございます。“上限”というより“目安”と考えてください。案件によって追加が必要な場合は、理由付きで“枚数延長”のご相談も歓迎です。“世界の事例を見せる”こと自体を否定する意図はありません。“この会議の時間で決められるぶんだけ”をはっきりさせるための取り組みです」
送信して、
全員でモニターを見守る。
数十秒後、別のコメントがついた。
【営業部・部長】
「朝倉さんの仕組みを使って、本日10分報告が“10分で終わる”ようになりました。個人的には非常に助かっています。“延長申請”という考え方も良いと思います」
星野の上司だ。
ことねがほっと息をつく。
「味方の声、早めに出てくれてよかったですね」
結衣が小声で言う。
「“使ってみたら楽だった”って人の声がないと、反対意見だけ残っちゃいますから」
紗良がメモを取る。
「“実績→ルール→空気”の順で効いてくんですね、やっぱり」
◇
その頃。
旧会社・御堂のフロア。
御堂 誠は、自席のPCで社内チャットを見ていた。
【旧会社のOGがリポスト】
「前の会社の元同僚が、“10分=6枚”みたいなこと始めたらしい」
その下に、
今の会社の「必要十分プレゼンキャンペーン」のスクショ。
御堂は、ふっと笑った。
「……6枚?」
隣の若手が恐る恐る覗き込む。
「どうされました?」
「10分で6枚だと?」
御堂は画面をくるりと回した。
「“決められない会議”を増やしたいのか、“何も語らない会議”を増やしたいのか、どっちだろうな」
「いや、むしろ逆じゃないですか?」
若手の呟きは、御堂の耳には届かなかった。
(朝倉……)
名前を見た瞬間、
どこか眉の奥がぴくりと動いた。
「“必要十分”……か」
御堂は、ゆっくりと立ち上がる。
「お前」
と、若手を指さした。
「は、はい」
「このキャンペーンをやってる会社、今度の合同説明会で同席だな?」
「えっと……はい。資料に名前出てました」
「……スケジュールを送れ」
声だけが低くなる。
「“創造神ごっこ”に口出しした元信者が、何を作るのか、この目で見てやる」
若手は、心の中でだけ
(ごっこって言ってるの自分なんだよな……)と思いながら、
「はい」とだけ答えた。
◇
夕方。
プレゼン支援チーム。
ことねがチャットのタイムラインを見ながら言う。
「反対もあるけど、“試したい”って声もかなり多いです。とりあえずキャンペーンとしては成功ですね」
紗良がペンを回す。
「“次は30分会議向け版を”ってリクエストも来てますよ」
結衣はニヤニヤしながら、
別のウィンドウを開いていた。
「御堂さん、見てますね」
画面には、
旧会社の社内チャットの切り抜き。
御堂:
「“必要十分”という言葉は、本来もっと重い場面で使うものだと思うがね」
「絡んできたな」
俺は苦笑いした。
ことねが、ホワイトボードに新しい行を書き足す。
【次の一手】
・実績を増やす(10分以外の会議)
・“説明会”の準備
・いつか来る“公開対決”に備える
紗良が、さらっと一言添える。
「“神に勝つ”って宣言するとややこしいので、“神にも楽になってもらう”ってことにしときましょう」
結衣がペンを持つ。
「じゃあ書きますね」
・創造神にも“早く終わる幸せ”をいつか知ってもらう
「勝つとか倒すじゃなくて、“楽にする側”って立場です」
俺は、その一行を見ながら思った。
(楽にするためにも、こっちがちゃんと“必要十分”を使いこなせないといけない)
旧会社の創造神は、
きっと簡単には変わらない。
でも、
変えるための方法は一つだけだ。
――“短く終わるのに、ちゃんと決まる”体験を
とにかく増やすこと。
それを続けていれば、
いつかあの神様も、
アニメーションじゃなくため息を減らす方向に
一歩くらい踏み出すかもしれない。
そんな都合のいい未来を、
少しだけ信じてみることにした。
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