第18話 復讐の人魚

高校二年生の渚紗なぎさは学校で、クラスメイトの理沙りさから、陰湿ないじめを受けていた。

それを友達の真琴まことは、助けてあげられなかった。

話を聞いてあげることしかできなかった。

秘かな恋心さえ抱いていたのに。

守ってあげられなかった。

「勇気を出せば、いや、出すべきじゃなかったのか」

真琴は自分を責めた。


渚紗は深い湖に身を投げた。

遺体は見つからなかった。

もしかしたら、人魚になったかもしれないと、人々は噂した。

確かに渚紗は死ぬ前に、

「私、人魚になりたい」

と言っていた。

「水の中を自由に泳ぎ回れるから。学校でいやな思いをしなくて済むし」と。


岸辺に靴がそろえて脱いであった。

発見されたのは、それだけだ。

入水の時は靴を脱ぐのだ。

足がヒレになれば、もう靴はいらない。


湖には古い言い伝えがある。

「人魚になりたい」と心から願って投身すれば、必ず叶うというのだ。

けれどもほとんどの者は、やがて遺体となって、水面に浮いてくる。

人魚になるのも簡単ではないらしい。

しょせん言い伝えは、言い伝えにすぎないのだ。


ただし、本当にごく稀にではあるが、遺体が上がらない時もあって、

その場合は、望み通り人魚になったのだと言われている。


月のきれいな夜、湖に澄んだ歌声が響くことがある。

人魚の歌声だと人々は言う。

真琴も何度か聞いた。

はかなくも物寂しげな旋律だった。

真琴には渚紗が歌っているように、思えてならなかった。


湖ではカヌーの体験教室も行われる。

真琴たちの高校でも、各学年が、毎年参加している。

その体験教室で、渚紗をいじめていた理沙のカヌーが、突然ひっくり返った。

不思議なことには、ライフジャケットを着用していたのに、理沙の体は浮き上がらないで、深い湖の底へ引き込まれるように沈んでいった。


遺体が上がったのが数日後で、

すでに大部分が白骨化していた。

たった数日で骨になるはずはない。

しかし間違いなく理沙の遺体だった。


不可解ではあったが、事件性はないと判断された。

魚や動物に食べられたのだろう、ということになったらしい。


湖には何かがいる。

それは人魚かもしれないし、違うモノかもしれないが、人間でないのだけは確かだ。

人間でなければ、たとえ誰かに危害を加えても、法で裁かれることはない。

時に法は、加害者をことさらに保護し、被害者の気持ちをないがしろにする。


「だから法の外から、罪を裁くものがいてもいいじゃない」

と真琴は思った。


そんな過激な考え方をするのには訳がある。

渚紗が自殺すると、今度は真琴が、理沙からいじめられるようになったのだ。


だれも助けてくれなかった。

教師でさえ見て見ぬふりをした。

渚紗の時と同じだった。

自分も渚紗を助けてあげられなかったから、仕方ないと思った。


「ねえ、渚紗。私も人魚になれるかな」


カヌー教室が終わったら、入水自殺するつもりだった。

実行する前に、転覆事故が起きて、真琴は死なずにすんだ。


いじめ加害者の理沙がいなくなってから、学校の雰囲気が明るくなった。

もしあれが転覆事故でないとしたら、身勝手な理由で、他者をいたぶり、安寧を乱す者への、法によらない処罰―――というよりも、むしろ復讐だったかもしれないと真琴は思った。


「因果応報、自業自得ってやつだわ」


真琴はそんな考え方をする自分を、醜いと思ったが、自分や渚紗がされてきたことを思うと、同情する気には全くなれなかった。


その後、真琴は何度か人魚の歌声を聞いた。

旋律は、以前よりもずっと明るく感じられた。

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