第9話 あいあい傘に気をつけて

登校する時は晴れていたのに、下校時は一転、雨になっていた。

「はぁ……やっぱ、予報通りか」

高校二年生の成美なるみは、傘がなくて、校舎のひさしから出られずにいた。

「もー、折り畳みがカバンに入ってると思ったのにー!」

雨はザーザー降るばかりで、とても止みそうになかった。

「あーあ。濡れて帰るしかないか」

とぼやいていたところ、突然後ろから声をかけられた。

「あなた、傘がないの?」

振り向くと、一人の美少女が立っていた。

どの学年の何組なのか、見かけたことのない、色白で愛らしい子だ。

「転校生かな」

と思った。

「よければ、入っていかない?」

「え、いいの? じゃ、遠慮なく。ありがとう」

渡りに船って、微妙に違う?

地獄に仏は大げさかな。

とにかく、可愛い子とあいあい傘なんて、ラッキー。

断る理由なんて全くないって。

更に幸いなことに、帰る方向も同じみたいで、家の前まで送ってもらえた。

成美は心臓がドキドキしっぱなしで、ろくに話もできなかったのだけれど。

「ただいまー」

「おかえりなさい。あら、ちょっと。成美ったら、どうしたの。ずぶ濡れじゃない」

母親が驚いて目を丸くした。

なんと傘に入れてもらったはずなのに、頭のてっぺんから足の爪先まで、びしょびしょになっていた。

「はっ、もしかして、あの子」

成美は、学校でささやかれている、ある噂を思い出した。

雨の日に傘を差し掛けてくるという、女の子の幽霊の噂だ。

せっかく傘に入れてもらっても、全身ずぶ濡れになってしまうらしい。

実体のない幽霊の傘から、雨が通り抜けてしまうのは、当然と言えば、当然だ。

「まさか幽霊だったなんて。気をつけないと……うー、ぶるぶる、体がすっかり冷えちゃった。お風呂、お風呂」


しかし数日後、成美は、また傘を忘れてしまった。

午後はやっぱり雨になって、帰れなかった。

学校の玄関先で困っていると、この間とは違う女の子が、

「もしよかったら、入っていきません?」

と声をかけてくれた。

美しくて、清楚な感じの子だった。

別人だから、大丈夫だと思って、家まで送ってもらった。

「ただいまー」

「おかえりなさい。ちょっと、成美ったら、また?」

「あれ?」

成美はすっかり濡れねずみになっていた。

「じゃ、あの子も幽霊だったの? もうっ、冗談じゃないって。あー、寒い、寒い……はっ、くしゅんっ! やだ、風邪ひいたかな」


そして数週間後。

今度こそ、三度目の正直。

傘をしっかりカバンに入れて、帰りは雨。

「よし、帰ろう!」

上履きから靴に履き替え、玄関を出ると、目の前に綺麗な顔立ちの女の子が、ポツンと一人で立っていた。

傘がないようだ。

「入れてあげないと」

と成美は思った。

あの幽霊たちに目をつけられたら大変だ。

「よかったら、入っていかない?」

成美はその女の子に声をかけた。

「え、いいの? ありがと」

笑顔がとてもすてきで、ドキッとした。

「ほんとに、ありがとね」

とその子は別れぎわ、何度もお礼を言ってくれた。

けれども成美は、疑問に思った。

彼女の体が、上から下までびしょ濡れになっていたからだ。


『ヘンだな、せっかく傘に入れてあげたのに、なんで濡れているの?』

と成美は首をかしげた。


成美は、自分が既に幽霊になっていることに、全く気づいていない。

風邪がこじれて、重篤な肺炎を発症し、

死んでしまったというのに―――

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