第5話 私だけが見えている

クラスメイトで親友の亜紀子あきこは、明るく優しい性格で、勉強も運動もできて、顔も超カワイイ。

そんな彼女の唯一の悩みが、恋人がいないことだ。


亜紀子が、ため息をつきながら、私にこぼす。

「ああ、彼氏が欲しいな。みんなみたいに、ステキな恋がしたい。高校に入学してから、ずっと願いが叶わないまま、もう三年生だなんて。いったい、わたしのなにがいけないんだろう。どこを直せばいいのかな。ねえ、涼子りょうこ。親友のあなたなら、わかるでしょ。正直に言ってくれない?」

「直すところなんてないって。亜紀子は今のままが一番だよ。そのうち必ず、良い相手が見つかるって」

「そうかなあ?」

「そうだよ。ってか、案外すぐ近くにいたりしてね」

「すぐ近くって、このクラスとか? それはないでしょ。女子校だし」

「うふふ、私じゃ、だめ?」

「ええーっ!? でも、涼子となら、付き合ってもいいかなあ」

「うれしいな。じゃ、恋人同士なら、こんなことしても、いいよねっ!」

と私はすかさず亜紀子の胸に、両手でタッチしてやった。


「あんっ、ちょっと、やめてよー」

「あれー、亜紀子。もしかして、またおっきくなった?」

制服の上からでも目を引く膨らみは、ふにっと柔らかくて、思わず好きが溢れそう。

「もっ、知らない。涼子ったら、セクハラだよー」

と両手で胸を抱えて、恥じらうしぐさがたまらない。

そんなふうに、ふざけ合っている時の、私の本当の気持ちを、亜紀子は知らない。


大好きだよ亜紀子。

ずっと想ってる。

親友というポジションのおかげで、いつもそばにいられるのは、うれしいけど。

近づけば近づくほど、胸が苦しいなんて。

この苦しみが全て、喜びに変わる日が来てほしい。

でも今はまだ、早すぎる。

じっと耐える時だと思う。


さて、亜紀子に恋人がいないと言っても、だれもが振り向くほどキレイな彼女が、モテないわけはない。

実際これまでに幾度となく、他校の男子から告白されて、うち何人かには、オーケーの返事をしている。

しかし、いざ付き合い始めると、どういうわけか関係が長続きせず、自然消滅してしまうらしい。

積極的にアプローチしてきた相手が、急に熱がめたように、彼女への興味を失うというのだ。


「はっきりした理由はわからないけど、たぶんわたしのせい。性格に致命的な欠陥があるんだと思う」

と言って、亜紀子は肩を落とす。

「まさか。あなたほど性格の良い子はいないよ。容姿もキレイだし。自信を持ちなさいって」

「ありがとう、涼子。おかげで、前向きになれそう。実は昨日も、告白されたの」

「へえ、だれから?」

「バイト先の先輩。かっこいいし、もろタイプだし、前から気になってて。すごくうれしかった」

「で、オッケーしたのね?」

「うん、もちろん。この恋は絶対に終わらせたくないって思ってる。でもうまくいくかなぁ……今までみたいに、すぐダメになっちゃったら、どうしようって不安もあって……」

「そっか。それで私に相談してくれたんだ。大丈夫。今度こそ、うまくいくよ」

と私は亜紀子を、にこやかな笑顔で励ましつつ、心の中では、呪いの言葉を吐きまくっていた。

『絶対にうまくいかないから。ってゆうか、いかせないから!』と。


『亜紀子。また相談する相手を間違えたね。あなたは全く気づいていない。その美しく均整の取れた背中に、イヤな虫が一匹、へばりついていることに』


それは私だけに見えている奇妙な虫で、だれかが亜紀子に近づくと、決まって彼女の背中に現れる。

退治すべき、悪い虫なのだ。

「亜紀子、応援してるよ。がんばってね!」

と言いつつ、私は手の平で彼女の背中を、パシッと叩いてやった。

虫がグシャリと潰れた。

ふふふ、これでよし。

亜紀子には、だれも近づかせない。

彼女にりつこうとする虫は、私が排除するんだ。


そしてもう一匹、別の虫が、長い足と鋭い爪で、彼女にしがみついているのが見える。

ちょっとキモいけど、それは潰さないように、ちゃんと気をつけている。

大切な私の虫だから。

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