推し活女子大生が悪の王妃様と過去に戻って、王国を救うまで現代に帰れません!
夢野少尉
第一章 異世界と芸能界とファミレスと
第1話 エピローグ
私は絶対にこの部屋の扉から出てはいけない。
外の世界に出れば……誰かが罰を受けてしまうから。
「リリーシャ様、朝食のお時間でございます」
「どうぞ 、入りなさい」
若いメイドは、王妃の部屋にワゴンで食事を運び入れ、テーブルにセッティングしていく。
顔は真っ青で呼吸も荒い。
彼女は震えながら、スープや料理を配膳するので、カチャカチャと食器が鳴って危なっかしい。
幼い王妃リリーシャは、冷めた目で彼女を見つめる。
下手に彼女を気づかった素振りを見せたり、優しい言葉をかけてはいけない。
「彼」の機嫌を損ねたら、それこそこのメイドの命が危ないのだ。
朝食のセッティングが終わろうとした時それは起きた。
メイドは牛乳が入ったポットを少し傾けて床を汚し、リリーシャのガウンにもかかった。
「……も、申し訳ございません!! お許しを!!」
メイドは慌てて王妃のガウンの裾をタオルで拭き、ずっと謝罪していた。
リリーシャは彼女を座ったまま見下ろしていたが、ついに足で彼女の手を踏みつける。
「配膳もできないの? ……少し罰を与えないとね」
リリーシャはベルを鳴らして別の使用人を呼んだ。
入室した使用人は、泣きながら謝り続けるメイドと、座ったまま彼女の手の甲を踏みつけている王妃を目にして、青白く表情を変える。
「……このメイドをどうしましょうか?」
「4番の処置で」
「かしこまりました」
しばらくすると、先程のメイドの悲鳴が遠くから聞こえてきた。
「4番の処置」とは、ムチ打ち5回と2ヶ月の無給だ。
かすかに聞こえる叫び声に、リリーシャは耳を塞ぎ目をきつく閉じる。
良心が痛む。
(動揺してはいけない。平然としていなくては)
これも、あのメイドを生かすため。
「彼」にメイドの失態がばれて私が罰を与えていなければ、「彼」はもっと残酷な罰をメイドに与えるから。
数時間後、リリーシャの部屋の扉が開き、リリーシャは思わず身構える。
「彼」が帰ってきた。
夫である王のアクアが帰城し、王妃のリリーシャの部屋に入ってきたのだ。
「リリーシャ、今帰ったよ」
「お帰りなさいませ。この度のオークテリシア大帝国ハル第二皇子との謁見はいかがでしたか」
二人はソファに向かい合わせに座って話を続ける。
「面白くもない。あの方とは気が合わない。大帝国民に絶大な支持を受けているが、何が良いのか……いつも仮面かぶっていて顔もわからない」
「それでも、お若いのに功績も立て、国政も皇帝の代理を少しずつこなされていると聞いております」
「……まさか、大帝国の第二皇子殿下に好意があるのか?」
アクアの声が低くなり表情が強ばり目つきが鋭くなった。
リリーシャは一瞬身体が硬直したが、こういう場面は慣れている。
立ち上がりアクアが腰かけているソファの横に座って、彼に身体を寄せた。
「私の夫はあなたですよ。堂々と一国の王陛下らしくして下さい」
そう言ってそっとアクアの手を握った。
アクアは、リリーシャを見つめ握られた手を自らのほほに寄せてつぶやく。
「不安で仕方がない。結婚したら少しは心が安定するかと思ったが……どうやっても君が私のものになった実感がない」
リリーシャは彼を抱き締め背中をなでる。
「何が不安なのですか? 私は8才の時から、あなたの妻になると決まっていたではないですか」
「君は……君が美しすぎるからいけないんだ」
「……だからと言って……この部屋から出れなくなって、もう3ヶ月経ちます。お願いですから……陛下。私も皇居内くらいは歩きたいのです」
リリーシャは涙声でアクアに訴えた。
「……ダメだ……一生誰にも君を見せない!」
アクアがリリーシャの細い体を力任せに抱き締めた。
「いいか! 君がこの部屋の扉を一歩でも出てみろ。その時は外の見張りの護衛の首がとぶ。君に対して使用人が少しでもミスをおかしたら罰を与える。よく覚えておけ!」
リリーシャはアクアが激昂したので身震いした。
恐怖で生理的な涙が浮かぶ。
怖い……ただこの男が怖かった。
アクアはリリーシャが涙を浮かべているのに気付き、弱々しい声で謝罪し始める。
「わ、悪かった……急に声を荒げてしまった。私はただ君の周りから要領が悪い人間、怪しい人間を排除したいだけなんだ。君を世話する人間は完璧でないといけない。それに、君が外に出て、危険な目に遭わせたくない。それだけだ」
アクアは、リリーシャの首筋に唇を這わせた。
リリーシャはこれから始まる行為に身を委ねるしかない。
もちろん夫婦間では当たり前のこと。
見えない鎖につながれた部屋では、どうすることもできなかった。
ーー誰か私をこの牢獄から出して。 私は自由になりたいだけ…… ーー
リリーシャは、漠然とこの幼い王の統治では、このリアンナ王国は滅びるという予感がした。
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