クジラと校庭の桜

昼月キオリ

クジラと校庭の桜

<登場人物>

 

桜が好きなクジラ

桜の時期だけ波子と入れ替わる。


磯村波子(いそむらなみこ)

高校一年。涼馬に片想いしている。

真面目。内気だが行動力ある。美術部。


秋月涼馬(あきづきりょうま)

高校一年。クールで部活に一生懸命。弓道部。


風見凪(かざみなぎさ)

涼馬の友達。高校一年。ヤンチャでよく笑う。

サッカー部。


校長先生

桜が好きなクジラを知っている唯一の人物。


ひだまり高校

波子たちが通う高校。






一話 クジラと入れ替わって!?


入学式から少しして・・・。


体育館の教壇に上がるとよぼよぼな校長が話を始めた。

ほとんどの生徒は眠くなってあくびをするか聞いているフリをしている。


やがて話が終わり頃になった。

 

校長「昔々、この地域には言い伝えがあった。

桜が好きなクジラの話だ。」


凪が大きなあくびをする。

もはや誰も聞いちゃいないがせめてもうちょっと隠そうとできないものか。


凪とは中学からの付き合いだが一緒にいるとこちらまで気が抜けてくる。


凪「ふあーあ・・・長いよなぁ校長の話」

涼馬「それが仕事なんだから仕方ないだろ」

凪「本当、涼馬はいっつもクールだよなぁ、

ね、波子ちゃんもそう思わない?」

波子「貴重な話が聞けるからいい機会よ、ほら、前向いて前」

凪「はーい」


しぶしぶ凪が前を向く。

とは言え、頬が膨らんでいるのが横目に見える。

やれやれ、子どもじゃないんだから。

凪、普段はいいがこういう場ではそろそろ大人しくしててくれ。




しばらくして校長の話が終わった。


波子とは高校で知り合った。

真面目で大人しく、凪よりもずっと話が分かる。

考え方が似ているのだ。

 

入学式の時に三人は並んで座っていた。

凪が暇すぎたのか波子に話しかけて静かにして、と注意されたのが出会いの始まりだ。

終わった後に俺も何故か謝るはめになったんだっけな。


凪「わぁ二人とも真面目〜、俺にはとてもじゃないけど理解できないや」

涼馬「つまらないと感じてるんなら無理に変える必要はないだろ」

凪「もおー、君たち大人過ぎ!俺らまだ高校生だよ?」

涼馬「充分大人だろ」

凪「やだやだ、俺はずっと子どもでいたいんだ!」

涼馬「何を言ってるんだお前は・・・」

波子「いいんじゃないかな?無邪気で」

涼馬「全く」

 


凪「第一さー、校長が最後らへんで言ってた桜が好きなクジラなんているのかよ」

涼馬「なんだ、一応話は聞いてたのか」

凪「なんだとはなんだよう」

涼馬「はいはい、俺は教室戻るからな」

凪「俺も行くって!つか、クラス一緒じゃんか!」


ささくさと歩き出す涼馬の後ろに凪が引っ付くようにして教室へ向かった。

その少し後ろから波子が付いていく。




下校時間になるといきなり「海行かね?」と凪が言い出した。

波子がちょっとだけならいいわよと言ったので俺も仕方なく付いていく。


海に着くと凪が靴下を脱いで海に入る。


凪「お?なんか魚いる!うわ!こっちにはワカメが!」

涼馬「おい、あんまり奥へ行くなよ」

凪「膝くらいまでだって!」


いや、すでに膝より上濡れ初めてるだろ・・・。

よくもまぁ一人でそんなにはしゃげるものだ。

二人ははしゃぐ凪をしばらく傍観していたがやがて異変に気付く。


凪「二人もおいでよー!」


波子「私は足濡れるからいいよ・・・!凪君うしろ!!」

涼馬「逃げろ!!」


波子と涼馬が急いで凪の元へ走る。


凪「え?」


凪が振り返ると同時に足をもつれさせ、転びそうになった。

波子と涼馬が凪を支えようとしたが二人も足を取られて転ぶ。


バシャーン!!


凪「ぷはっ、お前らいきなり何すん」

涼馬「いいから早く逃げ・・・」


その生き物は少し離れた場所からこちらをじっと見ている。


涼馬「は?」

凪「え、く、クジラ!?」

涼馬「サメじゃなかったのか・・・」

凪「あー、それで慌ててたのか」

涼馬「ってか波子大丈夫か!?」


ぽや〜んとしている波子の腕を涼馬が取り、引っ張って立たせる。

凪も立ち上がる。


波子(クジラ)「きゅー?」


涼馬「おい、急に訳の分からん声出してどうした」

凪「もしかして頭打ったの!?ごめん、俺のせいで!」


あわわ、と凪が慌てる。


クジラ(波子)「あのー」


「「ん?」」


二人が声のする方へ振り返る。

しかし、そこにはクジラが見えるだけだ。


凪と涼馬はクジラを見て時が止まる。

顔を合わせると互いに手を振る。


「「ないないない」」


凪「波子ちゃん、今の腹話術だよね?」


クジラ(波子)「違うわ、私、さっきぶつかったショックでクジラになっちゃったみたいなの」


明らかにクジラから声がする。

波子は完全に口を閉じているし、声が聞こえるのは少し向こう側のクジラがいるあたりからだ。

声を届かせるように声を張りながら話しかけてきている。


涼馬「そんなアホな」


波子(クジラ)「きゅー!きゅー!」


その時、いきなり隣に立っていた波子(クジラ)が走り出した。


涼馬「え!?」

凪「ちょっ、波子ちゃん!?」

涼馬「とにかく追いかけるぞ!」

凪「う、うん」


波子(?)を追いかけていくとたどり着いたのは校舎だった。

門のところで突っ立っている。


涼馬「おい、波子ちょっと待・・・」


全くもって周りの声が聞こえていないのか波子(?)は更に走る。

たどり着いたのは校庭にある桜の木の下だった。


桜を見て目をキラキラさせている。

その目はまるで純粋な子どものようだ。


涼馬「桜が見たかったのか?でも、そんなのいつも見てるだろ」

凪「なぁ、ひょっとして校長の言ってた桜が好きなクジラの話じゃないか?

そんでそんで!波子ちゃんと入れ替わっちゃった、みたいな!?」

涼馬「そんなアホな・・・」

凪「なぁ、そうなんだろ?波子ちゃ、じゃなかったクジラちゃん!」


波子(クジラ)「きゅっ」


波子(クジラ)が頷く。

波子は嘘を付くタイプではないし腹話術だってさすがにどこから声が聞こえてきているのかくらい分かる。

凪のあり得ない話もだんだん信憑性が高くなってきた。


凪「お!人間の言葉も分かるのか!すげーじゃん!」

涼馬「まじかよ・・・あり得ない、物理的に考えて・・・ブツブツ」

凪「ま、なっちまったもんは仕方ないじゃん」

涼馬「お前何でそんな受け入れ早いんだよ・・・」

凪「なるようになるさ精神で生きてるからさ☆」

涼馬「ある意味羨ましいな」

凪「褒められちゃった!」

涼馬「褒めてない」


凪「でもさー、とにかく一旦海に戻ってクジラちゃんと、じゃなかった波子ちゃんと話さないとじゃない?

こっちのクジラの気が済んだらとりあえず連れていくしかないよね」


当の本人、波子(クジラ)は相変わらず桜を見てキャッキャしている。

その姿を見て涼馬がため息をつく。


涼馬「だな・・・」







二話 クラスメイトを守れ!


帰ろうとした時、事件は起きた。

クラスメイトが海で溺れているらしい。


道路越しに海の中で手をバタバタさせている奴と、それを見ているだけの奴が見える。


涼馬「おい、あれ、A(クラスメイト)じゃないか!?」

凪「うっそまじ!助けに行かないと!!」

 

涼馬と凪が横断歩道を渡り、海へと走り出す。

涼馬は波子(クジラ)がどこへも行かないように手を掴んでいたが海岸にたどり着いた瞬間離す。


クラスメイトB「あ!秋月!風見!」


涼馬「お前らなにぼけーっと見てんだよ!」


クラスメイトB「通報はしたよ!」

クラスメイトC「でも、俺ら泳げねーし・・・」

クラスメイトD「まさかあんな遠くに流されるなんて思ってなかったんだよ」


確かによく見るとかなり沖へ流されている。

下手に助けに行けばこちらも溺れてしまうだろう。

俺も泳ぎは得意な方だがそれはあくまでプールでの話だ。

自然の力には到底敵わない。


涼馬「とは言え、あんな遠くじゃ俺も泳いでいけないな・・・」

凪「俺も・・・・そもそも泳げない」


その時、A(クラスメイト)の体が浮いた。

こちらに向かって泳いでくる。


A「え!?く、クジラ!?」


浅めの場所まで来るとクジラが動きを止める。

なんとか足がつくくらいの深さだ。


B「うわ!!クジラじゃん!」

C「クジラが人助けとかやべー!!」

D「クジラかっけー!!」


A「あ、ありがとう・・・」


助けられた当の本人はポカンと口を開けたまま浅瀬に突っ立っている。


涼馬「早くこっちに戻って来い、また流されるぞ」


その言葉に足早にこちらへ駆けてくる。


凪「大丈夫?」

A「う、うん、なんとか・・・あのクジラ一体何者?」


二人は思わずギクリと反応する。


凪「いや〜、優しいクジラで良かったね!!」

涼馬「ああ、感謝しないとな!」


A「そ、そうだね・・・」


Aは二人の勢いに負けたのかそれ以上追求して来なかった。


凪「なんとかごまかせたみたいだね」

涼馬「ああ、一時はどうなるかと思った」


波子(クジラ)「きゅー?」


隣で波子(クジラ)が首を傾げている。

海の少し離れた場所ではクジラ(波子)がこちらをじ〜っと見ている。


涼馬「さてと・・・これからどうするか」



とりあえず二人は「おかえり、ただいま、おはよう、おやすみなさい、ありがとう、ごめんなさい」を覚えさせることに成功した。


涼馬「いいか、とりあえず元に戻るまでは会話をなるべくしないようにするんだ、いいな?」

波子(クジラ)「ありがとう」

凪「いや、今のはありがとうじゃなくて、えーと・・・」

涼馬「こんなんで大丈夫か?・・・」

凪「まぁ、普段家で会話をあまりしないみたいだから意外とバレないんじゃない?」

涼馬「全く、気楽な奴だな」


凪「じゃーねクジラちゃん!」

 

ガシッ。


凪「?なに涼馬」

 

涼馬「お前、まさかこのまま帰る気じゃないだろうな?」

凪「え、何で??」

涼馬「はぁ、あのなぁ・・・この状態でその辺をふらふら歩かれてみろ、

また急に校舎に走り出したり、話しかけられてきゅーって泣いたり大変だろうが」

凪「あー・・・」

涼馬「そもそも、帰り道知らないだろ」


凪「帰り道、知らない?」


波子(クジラ)がうんうんと頷く。


結局、その日は二人が家まで送った。

 






三話 桜とクジラ


またある日のこと。

事件は起きた。

通勤途中のバスの中で男はナイフを持ちながら通路を歩く。


涼馬と凪は一番前の席だ。

他の客は後ろの方に座っていた。


「動くなよ!動いたら刺すからな!」


凪「まじかよ・・・」


窓際に座っている凪が小声で喋る。


涼馬「万事急須か」


その時、波子(クジラ)が海の岩場で会話しているのが見えた。

岩場周辺は深くなっているのだ。


あいつは何やってんだ・・・。


涼馬が片手で頭を押さえる。


いや待てよ?

この先に海から川で繋がってる場所がある、そこから波子とクジラに攻撃させれば・・・。


涼馬は犯人に気付かれないように鞄の影に隠れて携帯で波子にメールを売った。

その内容を凪はチラッと見る。




ピロリン!


クジラ(波子)「あ!クジラさん、メール来てるみたい、見てみて」

波子(クジラ)「きゅ!」

 

波子inクジラが携帯の画面をクジラin波子に見せた。


"今バスジャックに合ってる、

バスは空港へ、

海から山へ繋がってる川がある、

通ったら合図する、潮を吹いて"




やがて指定した場所に来た。


よし、今だ!


通路側にいた涼馬が立ち上がる。


凪「え、涼馬?」


「おい、大人しくしろと言っただろ!」


犯人が涼馬の方へ向かって早足でくる。


涼馬「トイレ行きたくて・・・ダメですか?」


「ダメに決まってるだろ!」


涼馬がずいっと近寄る。


涼馬「マジで漏れそうなんですよ!」



ピロリン!


"今だ"


「だからダメだと・・・」


涼馬「凪!」


その合図で凪が扉を開けた。


「しゃがんで!」


波子の声がして二人はしゃがむ。


「おい、お前らふざけん・・・!???」


犯人が抗議しようとした瞬間、勢いよく水しぶきが横から犯人の顔面に直撃。


犯人はナイフを手から落とし、後ろに吹き飛んだ。

その衝撃で後頭部を打って気絶している。

かなりの勢いだったらしい。


水しぶきが上がったと同時に驚いた犯人を捕まえる、という涼馬の計画はいい意味で破られた。


涼馬がナイフを遠くへ蹴った。


涼馬「まさかこんなに上手くコントロールできるなんてな」

凪「すげーじゃん涼馬!!」

涼馬「いや、凄いのは俺じゃなくてあいつら・・・ってもういないし・・・」

凪「まぁ、何がともあれ助かったな」

涼馬「ああ」


その後、二人は警察に表彰されたがクジラや波子が関わったことは誰にも知られずにいた。

あれだけ大きな動きをしていたのにニュースにならなかったのは不幸中の幸いだな。




事件解決後、お礼を言いに波子(クジラ)を連れて海へ向かった。


涼馬「ありがとな」

凪「おかげで助かったよ!」


クジラ(波子)「ううん、無事で良かったよ」


その時、波子(クジラ)がソワソワし出した。


凪「どうしたの?」


クジラ(波子)「最後に桜が見たいんだって」


凪「あ、そうか、桜ももう終わりだから・・・」

涼馬「行くか、桜」


 

 

波子(クジラ)が散っていく桜を眺め、そんな波子(クジラ)を二人が見守る。


波子(クジラ)「ありがとう」


凪「うん?急にありがとう??」


波子(クジラ)がニコッと笑うと駆け出した。


涼馬「おい、今度はどこ行くんだ!」

凪「待って波子ちゃんー!」


二人が追いかける。

どうやらまた海を目指してるらしい。




海にたどり着くとクジラ(波子)が遠くに待っていた。

波子(クジラ)が海に近付く。


涼馬「おい、危ないぞ」


止めに入ろうとした涼馬に振り返る。


波子「ううん、もう大丈夫だから」

凪「え、うそ、元に戻ったの!?」

波子「うん」

涼馬「まじか」


遠くからキューキューと聞こえる。


波子「クジラさーん!またね!」


その声にクジラが潮を吹くと海の中へ帰っていった。


凪「あー!もう波子ちゃんが元に戻って良かったよ〜!」

波子「心配してくれてありがとう、もう大丈夫だから」

涼馬「それにしても何で入れ替わったんだろうな」


波子「きっと、桜が見たかったのよ、クジラの姿のままじゃ近くまで行けないから」

凪「なるほど!確かにそうだね」

涼馬「本当に桜が好きだったんだろうな」



凪「それにしても波子ちゃんも大変だったよね、クジラと入れ替わっちゃうなんてさ」

波子「最初は驚いたけど時期に戻れるんじゃないかなってなんとなく思ってたから」

凪「それ凄いな!クジラちゃんとシンクロしてたってこと?」

波子「そんな感じ、でもね、楽しかったよ、クジラさんになって海の中泳いだり、意思が通じ合えたり」


二人は楽しそうにしている波子を見ると

顔を見合わせてフッと笑った。


凪「この話、校長に言ったら喜ぶんじゃない?」

涼馬「その前にショック死するから辞めとけ」

波子「いいんじゃない?三人だけの秘密ってことで」

凪「いいな、三人だけの秘密」


ビュオーっと潮風が吹く。


波子「くしゅん!」

涼馬「大丈夫か?」

波子「うん、でもだいぶ寒くなってきたね」

凪「とりあえず今日は帰ろっか」

涼馬「だな」


そう言って三人は砂浜を歩き出した。

校庭では葉桜が風に揺られていた。

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クジラと校庭の桜 昼月キオリ @bluepiece221b

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