第34話 予期せぬ標的:復讐のコスト計算。27人目
大山と神保は、サイレンの音が近づく中、都心のビル群の裏路地を駆け抜けていた。究極の支配者に「法の執行者」として認定された警察からの追跡は、これまでの「非効率な復讐」よりも圧倒的にコストが高く、逃げ切るのは困難だった。
「くそっ、奴は**五十嵐の『法』を、俺たちを排除する『究極のコスト計算機』に変えた!」大山は、ボロボロのタブレットを握りしめながら、立ち止まった。古川剛のデータ残存率は、早くも38%**に低下している。
「このまま逃げ続けても、データが消滅するだけだ。…計画を変更する」
大山は、近くの老朽化した商業ビルの屋上を目指して階段を駆け上がった。神保は黙ってそれに従う。
🏙️ 屋上からの俯瞰:コストの転嫁(第二次)
屋上に到着した大山は、すぐさま背負っていたケースを開いた。中には、精密に分解された長距離スナイパーライフルが収められている。
「何を企んでる?」
神保が問うた。
大山はライフルを組み上げながら、冷静な声で答えた。
「**究極の支配者は『効率』と『法』を愛する。ならば、奴の最も嫌うもの、『無意味で、予期できない、非効率な破壊』**をぶつける」
彼は銃のスコープを覗き込み、眼下の賑やかな広場に焦点を合わせた。そこには、数組の外国人観光客が、自撮り棒を掲げ、日本の風景を背景に笑顔で記念撮影をしていた。
「ターゲットは、最も無害で、最も法の監視から遠い存在だ」
大山は、スコープを覗く目をわずかに細めた。
「**五十嵐を『法廷』に立たせる前に、世界を『無法地帯』に変える。この一発は、『復讐の連鎖』ではなく、『無秩序なテロ』という名の、究極の『非効率なコスト』**だ」
彼は、息を殺し、指をトリガーにかけた。
タブレット警告音:
「警告! この行動は、全てのコスト計算から逸脱します。復讐の目的と、古川剛のデータ保護の意図に反します。」
大山は、警告を無視し、引き金を引いた。
乾いた、しかし重い銃声が、都心のビルの谷間に響き渡った。
眼下の広場では、突然の出来事に人々がパニックに陥り、絶叫が上がった。
📉 究極の支配者への逆説的打撃
大山はすぐにライフルを分解し、ケースに収めた。彼はタブレットの警告画面を見つめた。古川剛のデータ残存率は、なぜか38%から39%にわずかに回復していた。
「どういうことだ?」
神保が驚きを隠せずに問うた。
「奴の計算がエラーを起こした」大山は笑みを浮かべた。「究極の支配者は、復讐(個人間の争い)のコストは計算できるが、無差別なテロ(無意味で非効率な破壊)のコストは計算できない。『法』と『効率』の枠組みから完全に外れた事態に、奴のシステムは一時的にフリーズした」
「この**『計算外のノイズ』が、奴のシステムに致命的な隙間を作った。今だ、神保。
『究極の支配者』のコスト計算が再起動する前に、五十嵐を確保する**ぞ!」
大山は、ビルの屋上から、人々のパニックと警察のサイレンの音が響く広場を、冷酷な目で見下ろすのだった。
合同庁舎前の広場は、平日の喧騒がまだ残る時間帯だった。ビルの谷間を渡る風に、通勤客の足音と観光客の笑い声が混ざる。大山は遠くからその光景を眺めながら、タブレットの画面を暗くして目を細めた。五十嵐が庁舎に入るまでの動線は完璧に読まれている。だが、完璧は――大山が学んだように――いつだって脆い。
神保はツヴァイハンダーを背にしたまま、冷ややかに周囲を監視していた。ドローンの制御はまだ片倉ゾンビの手にある。視界の片隅で、片倉由来の情報ノイズが断続的にちらつく。大山は息を吸って、指先で次の命令を打ち込んだ。復讐の連鎖を「法」によって覆す。舞台装置は用意できた。だが、演目に紛れ込む予期せぬ人物――外国人観光客の白い帽子の女性が、広場に入ってきた。
マリー。娘のように年若いその女性は、スマートフォンで写真を撮りながら歩いていた。無邪気な笑みが、庁舎の無味乾燥な石造りに鮮やかさを添える。五十嵐の進行と交差するその瞬間、大山は計算の中にはなかった小さな変数に気づく。五十嵐を「裁く」ための劇場に、無関係の観客が入った――それが全ての流れを変える可能性がある。
神保の目が瞬時にマリーに向いた。彼の口元にかすかな歪みが走る。大山は冷静に、しかし内心で揺れた。計画は成功すれば強烈な効果を生む。だが、公の場で民間人が巻き込まれるリスクは、自分たちの「コスト計算」を狂わせる。タブレットの残存はもう40%だ。ミスは許されない。
そのとき、群衆の端で突発的な混乱が起きた。片倉ゾンビからのサイレン音――ドローンが干渉を受け、予期せぬ飛翔を始めた。人々のざわめきが広がり、スマートフォンを持った手が一斉に上がる。五十嵐は反射的に動き、庁舎へ駆け込もうとした。大山は決断を迫られた。計画を継続するか、それともここで手を引くか。
決断は、短く冷たい命令となって出た。神保は大山の意図を察し、動いた。だが彼の動きは“抑止”ではなく“排除”を目的とするものだった。広場の一角、マリーがシャッターを切る姿がターゲットラインに入る。瞬間、銃声が響いた。
鋭い火薬の匂いとともに、マリーはスマートフォンを落とし、音を立てて膝をついた。血の匂いが空気に混じったが、視覚的描写はそこで止める――彼女はその場に倒れ、周囲が一瞬にして凍りついた。叫び声、携帯電話を操作する震える手、そして床に広がる人だかり。五十嵐の顔が変わる。仕事柄、彼は瞬時に現場の優先順位を切り替え、負傷者の救助と法的な収集を指示しようとするが、目の前の光景は「法で裁く」という理念を一挙に現実へと押し戻した。
大山のタブレットの表示が跳ね上がる。現在のコスト: 古川剛のスキルデータ、残存22%。
数値は冷酷に、だが正確に事態の代償を刻んだ。神保の表情は一瞬だけ揺れたが、すぐ元の無表情に戻った。その瞳の奥で、計画と人間性が交錯する。五十嵐は救急隊員に取り囲まれながら、広場の中央で茫然と立ち尽くしていた。彼の胸中に、これまで封じてきた無力感と怒りが静かに燃え上がるのを大山は見逃さなかった。
銃声は、ただの騒音ではなかった。法と正義を舞台に掲げていた大山の演出は、無関係な命を奪ったことで一転して“犯罪”そのものの証拠に変わる。報道のフラッシュ、スマートフォンに記録された断片的な映像、目撃者の証言――すべてが法廷へと直結する。大山が目論んだ「法のコスト」は、今や彼自身に跳ね返る負債となった。
五十嵐は、その場で声を上げた。怒りでも悲しみでもない、静かで確かな声だった。
「誰が撃った?」
人々の視線が一斉に大山たちの方向へ向く。大山はタブレットを握りしめ、歪んだ笑みを浮かべた。計算は狂った。しかしまだ終わりではない――復讐の連鎖を断つため、大山はさらなる一手を思案し始めていた。だが、その一手は、もう“法を利用する”という建前だけでは済まされない重さを帯びていた。
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