第51話 ー C級昇級


ーー《冒険者ギルド・裏手試験場》


円形の土の広場を、野次馬がぐるりと囲む。


「本当に来たのか。」


「お、今回は逃げなかったな。」


支部長ゴレアスが腕を組み、C級パーティー《銀の角》と並んで待っていた。相手に立つのは三人。


隊長槍士ラード

盾斧ボルグ

双短剣ミラ


ゴレアスが規定を告げる。


「刃は革巻き、致命は禁止。止めの声で即停止だ。それと《銀の角》は手加減をする。スキルは使わん。基礎だけでお前らを測る。」


ラードが頷く。


「全員、怪我させないように気を付けてね。」


「おう。」


「はーい。」


木槌が鳴った。



ボルグが盾で圧をかける。


重い、だが綺麗な型で合理的に来る圧。


「受け流す!」


エリナが半身で角度を作り、俺は斜に滑って盾縁を小突く。


「ーー《土留》、浅く。」


ノワールの短詠唱。


土の指がボルグの踵だけを噛み、踏み込みが半拍鈍る。


「今!」


エリナの喉元を狙った横打ちが、斧の背に防がれる。


「甘いな。」


ゴレアスの低い声。


脇ではミラが砂を切る足で回り込み、ノワールを狙う。


「ーー《石菱》!!」


尖り石が扇に散り、ミラは細かいステップで潰してくる。


その繊細な足捌きは基礎の高さを裏付ける。


前では角槍のラードが間合いの端を削る。


穂先が揺れず、打突が最短で刺さる。


俺が槍でいなすと、即座に別角度の直突き――教科書通り、隙がない。


「側面!!」


エリナがラードの外を取り、ボルグの割り込みを肩で止める。


「ーー《砂流》」


視界の端、ミラの足がわずかに滑る。


ノワールの砂を操る魔法が効いている。



しかし、戦況は着実に”詰み”に追い込まれている。


最初に倒れたのはノワールだった。


ミラが砂を切ってすっと距離を消す。


肩の揺れで目線をずらし、次の瞬間には短剣の革巻きがノワールの喉元に冷たく触れていた。


「1人目、戦闘不能。」


支部長ゴレアスの声。


ノワールは悔しさを飲み込み、両手を上げて場外へ下がる。


次に崩れたのはエリナ。


盾斧のボルグは一歩ごとに圧を積む。


盾面で視界を小突き、斧は振らずとも“いつでも来る”角度でぶら下げてくる。


エリナの刃は有効打にならない。


「くっ……!」


小さな隙を読まれ、丸盾で肩を弾かれた瞬間――腹へ、抑え気味とはいえ重い一撃が落ちた。


「ヴッ!?」


エリナの体が砂を滑って飛ぶ。


無意識の受け身で後ろに跳んで衝撃を逃すが、足が震えて立ち上がれない。


息が詰まり、目が潤む。


「2人目、戦闘不能。続行。」


場内に残るのは俺ひとり。


正面には角槍の隊長ラード、斜にはボルグ。ミラはいつでも入れる距離に浮いている。


しかも、連中はスキルを使っていない。


基礎だけでここまで持っていく厚み。


喉が熱くなる。


脳の奥のどこかが、静かに笑った。


――胸の奥で、あの時の感覚が疼いた。


巨大ムカデの双顎に、突進から中段を叩き込んだあの一撃。


踵、膝、腰、肩、槍の順に全てが合理的に可動した理想の一本の線。


「……思い出せ。」


呼吸を一つ捨て、右足が砂を噛む。


左の股関節が落ち、背の“線”が繋がる。


集中は高まり、視界が白く染まる。


ーー《ディラトン》


踏み出しと同時の加速。


中段、渾身。


空気が裂け、穂先がラードの喉元で音もなく止まった。


「そこまで!」


ゴレアスの声が場を断つ。


湧き立った砂が静まる。


一拍の沈黙のあと、野次馬がどよめいた。


「おお……今の速さ……」


ラードはゆっくりと槍を下ろし、口角を上げる。


「――今のは、偶然じゃない《ディラトン》だ。踵から穂先まで一本、通ってた。」


ボルグが肩で笑う。


「こりゃ驚いたぜ。」


ミラが短剣を納める。


「槍の置き方、いやらしいわね。あ、褒めてるのよ?」


ゴレアスが一歩前へ。


「確認は済んだ、実力審査は通過だ。フジタカ、エリナ、ノワールはC級へ昇級とする。」


ラードが口笛を吹く。


「やったな坊主。」


脈がまだ速い。


喉が渇く。


だが、手の震えは喜びに近かった。


――偶然じゃない……次も確実に出せる。


「受付に行き、昇級の手続きをしてこい。」


「はいっ!!」


「……わかりました。」


「了解。」


夕風が砂の匂いを運ぶ。人垣がほどけ、武具の音が遠のく。


俺たちは門の方へ向き直った。

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