第51話 ー C級昇級
ーー《冒険者ギルド・裏手試験場》
円形の土の広場を、野次馬がぐるりと囲む。
「本当に来たのか。」
「お、今回は逃げなかったな。」
支部長ゴレアスが腕を組み、C級パーティー《銀の角》と並んで待っていた。相手に立つのは三人。
隊長槍士ラード
盾斧ボルグ
双短剣ミラ
ゴレアスが規定を告げる。
「刃は革巻き、致命は禁止。止めの声で即停止だ。それと《銀の角》は手加減をする。スキルは使わん。基礎だけでお前らを測る。」
ラードが頷く。
「全員、怪我させないように気を付けてね。」
「おう。」
「はーい。」
木槌が鳴った。
◆
ボルグが盾で圧をかける。
重い、だが綺麗な型で合理的に来る圧。
「受け流す!」
エリナが半身で角度を作り、俺は斜に滑って盾縁を小突く。
「ーー《土留》、浅く。」
ノワールの短詠唱。
土の指がボルグの踵だけを噛み、踏み込みが半拍鈍る。
「今!」
エリナの喉元を狙った横打ちが、斧の背に防がれる。
「甘いな。」
ゴレアスの低い声。
脇ではミラが砂を切る足で回り込み、ノワールを狙う。
「ーー《石菱》!!」
尖り石が扇に散り、ミラは細かいステップで潰してくる。
その繊細な足捌きは基礎の高さを裏付ける。
前では角槍のラードが間合いの端を削る。
穂先が揺れず、打突が最短で刺さる。
俺が槍でいなすと、即座に別角度の直突き――教科書通り、隙がない。
「側面!!」
エリナがラードの外を取り、ボルグの割り込みを肩で止める。
「ーー《砂流》」
視界の端、ミラの足がわずかに滑る。
ノワールの砂を操る魔法が効いている。
◆
しかし、戦況は着実に”詰み”に追い込まれている。
最初に倒れたのはノワールだった。
ミラが砂を切ってすっと距離を消す。
肩の揺れで目線をずらし、次の瞬間には短剣の革巻きがノワールの喉元に冷たく触れていた。
「1人目、戦闘不能。」
支部長ゴレアスの声。
ノワールは悔しさを飲み込み、両手を上げて場外へ下がる。
次に崩れたのはエリナ。
盾斧のボルグは一歩ごとに圧を積む。
盾面で視界を小突き、斧は振らずとも“いつでも来る”角度でぶら下げてくる。
エリナの刃は有効打にならない。
「くっ……!」
小さな隙を読まれ、丸盾で肩を弾かれた瞬間――腹へ、抑え気味とはいえ重い一撃が落ちた。
「ヴッ!?」
エリナの体が砂を滑って飛ぶ。
無意識の受け身で後ろに跳んで衝撃を逃すが、足が震えて立ち上がれない。
息が詰まり、目が潤む。
「2人目、戦闘不能。続行。」
場内に残るのは俺ひとり。
正面には角槍の隊長ラード、斜にはボルグ。ミラはいつでも入れる距離に浮いている。
しかも、連中はスキルを使っていない。
基礎だけでここまで持っていく厚み。
喉が熱くなる。
脳の奥のどこかが、静かに笑った。
――胸の奥で、あの時の感覚が疼いた。
巨大ムカデの双顎に、突進から中段を叩き込んだあの一撃。
踵、膝、腰、肩、槍の順に全てが合理的に可動した理想の一本の線。
「……思い出せ。」
呼吸を一つ捨て、右足が砂を噛む。
左の股関節が落ち、背の“線”が繋がる。
集中は高まり、視界が白く染まる。
ーー《ディラトン》
踏み出しと同時の加速。
中段、渾身。
空気が裂け、穂先がラードの喉元で音もなく止まった。
「そこまで!」
ゴレアスの声が場を断つ。
湧き立った砂が静まる。
一拍の沈黙のあと、野次馬がどよめいた。
「おお……今の速さ……」
ラードはゆっくりと槍を下ろし、口角を上げる。
「――今のは、偶然じゃない《ディラトン》だ。踵から穂先まで一本、通ってた。」
ボルグが肩で笑う。
「こりゃ驚いたぜ。」
ミラが短剣を納める。
「槍の置き方、いやらしいわね。あ、褒めてるのよ?」
ゴレアスが一歩前へ。
「確認は済んだ、実力審査は通過だ。フジタカ、エリナ、ノワールはC級へ昇級とする。」
ラードが口笛を吹く。
「やったな坊主。」
脈がまだ速い。
喉が渇く。
だが、手の震えは喜びに近かった。
――偶然じゃない……次も確実に出せる。
「受付に行き、昇級の手続きをしてこい。」
「はいっ!!」
「……わかりました。」
「了解。」
夕風が砂の匂いを運ぶ。人垣がほどけ、武具の音が遠のく。
俺たちは門の方へ向き直った。
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