第32話 ー 特訓最終日


10日間はあっという間に過ぎ去った……。


「そうだ、分かってきたじゃないか!!」


「「はいっ!!」」


フジタカとエリナの声が重なる。


ドルードの巧みな猛攻を2人で捌き、拮抗しているように見える。


「少しギアを上げよう。」


「え」


「あ、まって」


焦りを浮かべる俺とエリナ。


「スキルと言うのが、どれ程の差を生むのか……知らなければならん。」


ドルードの小さな呟きの直後。


その筋骨隆々な肉体に赤いオーラが集まり、纏わりつく。


ーー《身体強化》


次の踏み込みは段違いに速かった。


「ドンッ!!」


土の地面が爆発するような音を立てる。


う、嘘だろっ!?


いつの間にか俺の懐に”いた”ドルードの木剣が喉を刈りにくる。


「フジタカッ!?」


しかし、それは寸止めで終わった。


木剣の風圧で前髪が浮き上がるのを感じた。


「へ、へひ」


縮こまった肺によって変な音を漏らす。


し、死んだかと思った……。


「今使用したのは、《身体強化》というスキルだ。弛まぬ肉体の鍛錬によって得られる。」


ドルードは落ち着いた様子で淡々と説明する。


「スキルとは、鍛錬の末に辿り着ける一種の切り札だ。容易に獲得できるものではない。」


「しかし、C級以上を目指すのならば必要不可欠。ルーベントダンジョン中層まで辿り着けば嫌でも実力不足を思い知るだろう。」


エリナが息を呑む。


「中層深部からスキルを使用する魔物が現れる。そして、極めつけの深層に生息する魔物は全て、スキルを使用してくると思え。」


ドルードは言い、手短に告げた。


「三十秒、生き残れ。」


赤いオーラ——《身体強化》。


踏み込みが爆ぜ、木剣が喉を刈る位置に“もうある”。


俺は槍柄で首を庇い半歩下がる。風圧だけで肺が縮む。


「フジタカ、右!」


エリナが滑り込む。


細い影が俺とドルードの間に“線”を引いた。


切先が一点から逸れない。


さっきまでの彼女にはなかった、揺らぎの少ない刺突。


(そうだ、その線だ!)


ドルードの目がほんの一瞬だけ細くなる。


木剣が受ける。


音が重い。


エリナの足が震えたが、抜かない。


「三十秒。」


オーラが消える。俺たちは膝をつき、息を吐く。


「悪くない。」ドルードは淡々と続ける。


「対スキルの手は三つ。“削る”“耐える”“やり過ごす”。

最初から勝とうとするな。半歩と呼吸で凌ぎ、連携を合わせろ。」


指導は要点だけだ。


「フジタカ——常に退く道を残せ。槍は近づかれたら弱い。忘れるな。

エリナ——今の刺突はフジタカの壁になっていた。良い、ただ役目は時間稼ぎだ。焦るな。」


夕暮れ。


フジタカとエリナの呼吸がようやく重なる。


完璧じゃないが、前より揃う。


「終いだ。明日からルーベントダンジョンに向かう事を認める。」


「「ありがとうございました!!」」


背を向けたまま、ドルードが最後に言う。


「スキルは“貰う”ものじゃない。お前たちが“選び取る”ものだ。——生きて、選べ。」


槍を握り直す。


生きて、選ぶと決めた。


燃える夕焼けの下、俺とエリナは無言で頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る