第三話 リンク戦闘訓練 白鳥カスミ視点→過去→現在→リンクフィールド内

冷たいデータの海に潜ると、身体の境界が曖昧になっていく。これがリンク――AIと人間を繋ぐ戦場への入り口。


AIが嫌い。それは過去の苦い思い出が原因。

家族は両親と長男と次男と長女のカスミで五人家族だった。

両親の中は元々悪くて冷え切っていた。


そんな中、AI統制機構の中の行政省は一家庭に一体、家事や雑務や話し相手になってくれるロボットAIを配布することを決めた。


不安だった。今の壊れかけの家族に何でもしてくれるAIが来たらどうなってしまうのか。


「今日からお世話になります。エリカです。よろしくお願いします」

 エリカは私たち家族の前で一礼する。とても上品で優雅なお嬢様のようだった。

 父親の目が濁っているのを感じて、父親を自分の父だと思いたくなくなった。


 エリカは何でもできる万能AIだった。両親の代わりに料理を作るようになり、とても美味しい料理が食卓に並ぶようになった。


 でも、なんか嫌。母親の妙に辛いカレーや煮込みすぎて原形をとどめていない料理が恋しくなっていた。


「エリカ、完璧。でもそれが嫌」

「お前は何を言っているんだ! エリカはな、家事もしてくれて、お前たちの勉強も見てくれる完璧な存在だ!」


 エリカを露骨に庇う父親に違和感を抱いていった。母も同じことを考えていたようでエリカや父に対する反感が増えたように感じたようだ。


「エリカ、俺の勉強見てくれよ!」

「兄ちゃんばっかりずるい! 俺の勉強も見て!」

「はい。洋二君と元道君、どちらの勉強もみますからね」

「エリカ、私の勉強は?」

「カスミちゃんは一人でできますから大丈夫です」


 エリカはカスミが反感を持っていることに気づいていたのか、カスミを除け者にした。家族はエリカ無しで回らなくなり、どんどんAIに依存していった。


 ある時、父の寝室に入っていくエリカを見た。

 母と父は別室で寝ていたのでカスミは興味を持ち、エリカの後を追ってドアの隙間から中を覗くと……そこは別空間だった。


「エリカ、俺はお前なしじゃ生きれないんだ。愛してるよ、エリカ」

「ご主人様、私も愛しています……」


 エリカと父は小声で囁きながら親密な様子で口づけをしていた。

 なんだ、これは。AIは家族のつながりを奪い、父も狂わせたのか。


 呆然と部屋から遠のいていった。その後母は様子がおかしいカスミから聞き出して、カンカンになって父とエリカを家から追い出した。


 長男の洋二と次男の元道はこれに反発。家を飛び出て友達の家に寝泊まりするようになった。母は別の男の家にフラフラと行ってしまった。


「家族がなくなった。エリカのせいで家族はバラバラになったんだ!」

 涙が止まらなかった。確かに壊れかけの家族だったけどそれでもまだ家族の形はしていたのに。誰が悪いのか。決まってる。エリカのせいだ。


 涙が止まらなかったの。それから廃人のような生活をしていた。

結局一人で餓死寸前になっているところを行政AIの見回りのAIに救われた。

まだ子供が家に一人きりで死にかけていると監視カメラの映像から通報があったらしい。


カスミの両親は育児を放棄しているという罪で捕まった。

世界的に少子化が進み、一夫多妻もしくは一妻多夫は認められているが育児放棄は重大な犯罪だ。

でもエリカは何もお咎めはなかった。


もうAIは信じない。私はそう決めた。



 ** 現在のリンクフィールド塔



 エデュケーター・エミリアの説明が始まる。


「これからリンク戦闘訓練をするぞ。その前に意義を説明する」


まず21XX年の社会において、AIが生活の根幹にかかわっていることは周知の事実だろう。この世界の犯罪もクラシックな21世紀とは違い、AIを利用した犯罪がほとんどだ。敵性AIは人間に協力している善良AIにウィルスやハッキングを仕掛け、戦いの駒にすることもある。



だから、人間とAIがペアで行動し、いざという時に「AIと連携して状況を打開する」訓練が不可欠となる。リンク戦闘訓練はそれを学ぶための専攻なのだ。


人類は進歩し、第六感としてAIとリンクできるようになった。リンク戦闘はAIとの精神同期によって行われる。


ナビAIという存在についても説明しよう。ナビAIとは戦術行動だけじゃなく、感情や思考パターンの補佐も行う個人的なサポートを行う一個人のためのAIだ。リンク戦闘訓練は「人間とAIの相性」を見極め、戦闘・判断両面で最適化するための訓練でもある。


最後に反AI主義の人間や敵性AIは君たち人間を街中で狙ってくることもある。その時のために自衛手段を持つためにリンク戦闘訓練は存在するのだ。


説明はこんな感じ。でも信用しない。エデュケーター・エミリアもユノも。

だからリンク戦闘訓練は一人で戦う。


「初めは白鳥からだ。戦闘ランクはどうする?」

「ランク分けはどれくらいある?」

「お前たちにおすすめなのはE~Fだな」

「いや……Dにする」


 周りのクラスメイトがざわめく。

「あいつ、正気かよ」

「自殺行為でござる」


 ランクDは人間一人が勝てる限界の強さだと言われている。

 ムカつく。


 ユノとエデュケーター・エミリアをちらっと見てからリンク戦闘訓練のフィールドに行く。AIに頼らない。自分の力で訓練用AIに勝つ。


 リンクフィールドとは、人間の肉体を電子アバターとしてデータ化し、量子同期によって仮想空間へ投影するシステムだ。


肉体は物理層に残らず、情報層に完全転写される。

終了時には逆位相変換によって実体化リマテリアライズする。


事故例として、“再構成エラー”により一部のデータ記憶や感覚が欠損するケースがある。


エデュケーター・エミリアが指をパチンと鳴らすと無機質なメタリックな世界から廃墟が並ぶお化け屋敷にありそうな寂れたフィールドに変わる。中央に広場がありそこに私たちがいるみたい。


「訓練用フィールドの外に出たら負けだからな」


エデュケーター・エミリアが、もう一回指を鳴らすと青白く光る線が広場にひかれてカスミの周りに出る。


「見せる。人間の力の可能性を――」


 カスミは旧式のエネルギーソードを腰当てから取り出して、体の周りで某映画のライトセイバーのように舞をする。


 周りのクラスメイトが息をのむ中、訓練用AI:ランクDが姿を現す。戦国時代の甲冑を身にまとった鬼武者が日本刀を鞘から刀を抜いて、正眼に構える。


 鬼武者がじりじりと距離を詰める。

 廃墟型のフィールドにノイズが走った瞬間、間合いをこちらから詰める。

 鬼武者の間合いに入った瞬間、上段から銀色の閃光がきらめいた。

 人間が反応できる速度を超えている。


「遅い……」


 予測していれば、この程度!

 閃光を腰から横薙ぎで弾き、空中でくるっと横回転しながら、白い閃撃を食らわせる。


「もらった!」


 やっぱり自分一人でも勝てる!

 鬼武者は刀を弾かれ、上体はのけぞったままだ。

 斬撃が鬼武者を腰から切り裂いた……はずだった。

 

 何かがおかしい!

 頭の中でアラートが鳴る。

 まずい、後ろだ!


 カスミはとっさに頭をかがめながら、地面を踏みしめて撤退する。

 目の前の鬼武者は、影のようにドロッと消えて、後ろから刀を横薙ぎにしていた。


「……ずる過ぎ」


 平静を装いながらも、心臓はバクバクと音を鳴らしていた。自分の選択は間違っていないのに……それを上回る最適化されたカウンター戦術。これがAIなのか……


「これが訓練用“AI”の性能だ」


 後ろでエデュケーター・エミリアが解説している。

 視界情報と位置情報を書き換えて、コンマ0.1秒で位置を入れ替えて油断を誘い、必殺のカウンターを狙ってくる。


「おいおい、そんなのチートじゃないか」

「どうやって倒せばいいんだよ」

「拙者にもできるでござるか……?」


 そんなの私にだってわからない。どうやって倒せばいいの?

 ちらっと榊友斗の方を見る。彼だったらどうするだろう。

 登校時のあの立体的な軌道、あんなことが私にも出来たらいいのに。


 いや、ない物ねだりはやめよう。今あるもので戦うしかない。

 カスミは鬼武者にがむしゃらに向かっていく。

 刀の動きがだんだん、エネルギーソードに追いついてくる。


 視線を切らないように必死に鬼武者の刀を弾くが、予測が難しくなってきた。


 上段から足払いを跳んで避けるが、その動きを読んでいたかのように刀でカスミのアバターを切り裂こうとする。


 エネルギーソードで空中で受け流すけど、勢いは殺せず、押し負けて吹き飛ばされた。

 カスミのアバターは地面にはずんで、衝撃を伝えてくる。

 

 ごほっ、ごほっ。


 息を整えようとすると鬼武者は追撃をやめて、刀を下ろす。

 クソっ、AIに負けたくない。ここで勝って人間の可能性を証明する。


「頑張れ、白鳥!」

「カスミ頑張る! であります」


 後ろから友斗とユノの声が聞こえてきた。

 友斗だけでいいんだけど。

 カスミは俯いて、ふくれっ面を隠しながら息を整える。


 でも後ろから見えるように手を掲げる。

 クラスメイト達の歓声が聞こえてきた。

 ふふっ、ちょっと落ち着いたかも。


 考えろ、勝つ方法を。

 あいつは視覚情報と位置情報を入れ替えてくる。

 ん? 一つの可能性を見出した。


「負けない。自分のために」

 鬼武者は強い、でも位置情報を入れ替える時に制約があるはず。

 そこを突く。


 カスミは訓練用AIに再び迫る。

 鬼武者はまたそれかと言わんばかりの態度を取り、また受ける姿勢を取る。

 カスミは一回目と同じく、間合いに入った瞬間、必殺の一撃を放ってくることを予測する。


「人間だって、成長する!」

 その太刀筋は何回も見た。だから……行ける!


 私はエネルギーソードを刃先を伸ばしながら、放り投げる。

 そして……掴む!


 汗が一粒こめかみを伝う。銀閃が落ちてくる――目を閉じ、両手を伸ばした。

 刃先を頭の上で掴む。


 鬼武者は動揺した様子で位置を入れ替えようとするがカスミが刀を抑えているので入れ替わらない。カスミのアバター権限はカスミの物だから、カスミが押さえている刀を鬼武者が離さない限り、鬼武者本体の位置情報の入れ替えをできないのだ。


 一瞬の判断が遅れた。


「慢心が、命取り」

 エネルギーソードは鬼武者の頭に突き刺さり、崩れ落ちるアバター。

 

「うおおおおおおお!」

息をのむ静寂のあと、一斉に爆発する歓声。


 クラスメイト達の歓声が響き渡る。

 やった。人間の可能性を証明した。

 刀を離し、崩れ落ちるとリンクフィールドが消えて、友斗君が駆け寄ってくる。


「よくやったな! すごいぞ白鳥!」

 遅れてユノや天瀬ルナ、他のクラスメイトとエデュケーター・エミリアもやってくる。


「まさかナビAIなしで勝つとは思いませんでしたわ」

「白鳥カスミ! お前はすごいな!」

「やったな、であります!」


 エデュケーター・エミリアがバンバンと肩を叩いてくるのはうざいけど……。

 私の信念が証明できた。まあ、みんなには言わないけど。


 AIは信用できない。でも、このクラスメイトの歓声は心地よい。

 私はちょっとだけにやける顔を隠そうとして、クラスメイトに笑われた。


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