第20話 見上げた精神力 前編

 「ナニソレ?!?!」


 「平澤!速く!速く!速く!」


 「すまん南澤。腰抜けたかも」


 平澤の心理状態はこうだ。まず立ち上がることができない。完全に硬直している。蜘蛛だかサソリだか分かんねえ変な生き物らとの距離は2m足らずだが、それ以上に狭く見えない壁に押しやられているような、そんな気分だった。


 「もうダメだ。心が折れちまった」


 「あ〜ん!もう!」


 南澤は一か八か、平澤を担いでの空中浮遊を試みた。平澤は53kg、一方の南澤は68kg。自重の約8割だ。当然に重い。


 「コ、コイツはヘビーだぜぇ」


 「南澤〜!心の友よ!!」


 「えーい!動くな喚くな平澤!かなり重いぞ、おい」


 「155cm、53kgだからだいぶやせ形なんすけどね〜」


 「やかましーざ!重くてろくに飛べやしない」


 南澤が言うことは事実だった。高度は1.5mを保つのが限界だった。スピードも遅い。


 「とにかくブレイブロードは無理だ!また鍾乳洞に向かうぞ」


 2人は引き返した。途中鬼とすれ違ったが、ギリギリ奴の届かない高度を維持し、通過した。


 「ア〜肩と背中が肉離れしそう。空中浮遊も楽じゃねーなこりゃ」


 「すまんすまん南澤!鍾乳洞行って立て直そう!」


 「ブレイブロード目指すってなってから若干雲行き怪しくなってきてんなーおい」

 

 2人はなんとか鍾乳洞の入口に到着した。平澤はもう走れる精神状態にまで回復していた。彼を降ろすと早速走り始める。岸壁や湖から出てくる時点でここも安置ではないからだ。再びいつものルートで地表へと目指す。


 「で?平澤。いい加減必勝法まだかよ」


 「ん〜まだ舞い降りて来ませんね〜。とりあえずピンチになったらまた南澤におぶってもらうわw」


 「ざけんな!こちとらリハビリ中で筋肉衰えまくってるっつーの!」


 「たしかに。でもピンチはチャンスやからの〜w」


 「やかましいわw」


 2人は地表に出た。彼らの目の前には鬼がいた。またいつものパターンだ。


 「ほな行きますか」

 

 「あい」


 2人は走り始めた。鬼もしっかりと付いてくる。


 「南澤。こんだけ危機を乗り越えてきたんだ僕達。そろそろ奇跡が待っててもいい頃なんじゃあないか」

 

 「平澤!待ってない!少なくとも鬼は待ってちゃくれねーぞ!」


 「たしかに!待ってない!待ってなかった!待ってなかった!」


 2人と鬼との距離、僅か3m前後。一進一退の鬼ごっこが繰り広げられている


 「南澤。雲行きが怪しいとかぬかしてたけどよ、風向きも怪しいよなあ!ここまで来るとよお!!」


 「風?」


 「「あ」」



 ブワォオオン!!!



 次の瞬間、強風が吹き荒れた。2人は忘れていた。このステージにおいて最早オブジェと化し、人畜無害だと思い込んでいたヤツの存在を。そう、トナカイさんの存在を。


 「UWAHHHHHHH!!!!!!!」


 2人は屁という名の突風に巻き込まれて吹き飛ばされた。大砲から砲弾が勢い良く放たれるような、そんな感覚だ。彼らの意思とは関係無く、軽々と宙を舞う。


 「平澤!これで大きく鬼との距離を離したぞ!これこそ正に必勝法でい!」


 「バーロ!それは無事に着地できてから言うセリフでい!マグマに落ちたらどうすんだよ」


 「南澤。何だかゴルフボールみたいだな、僕達w」


 「この状況で。見上げた精神力とはこの事かw」

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