第14話「崩壊寸前」
納期まで、あと二週間。
開発は、崖っぷちに立たされていた。
「システムテスト、始めます」
マヤが、緊張した面持ちで言った。
アダム、マヤ、ケビンは、三日間かけて統合テストを実施した。
そして——。
「重大なバグが、見つかりました」
マヤの声が、震えていた。
「どこだ?」
「配送ルート最適化のコア部分です。特定の条件下で、システムがクラッシュします」
アダムは、血の気が引いた。
「それ、俺が書いた部分だ……」
彼は、すぐにコードを確認した。
バグの原因は、明らかだった。データ処理のロジックに、根本的な設計ミスがあった。
「クソッ! なんで今まで気づかなかった!」
「テストケースが不十分だったんです」
ケビンが、冷たく言った。
「だから言ったでしょ。設計を見直すべきだって」
「今更、そんなこと言うな!」
「でも、事実でしょ」
アダムは、ケビンを睨んだ。
「お前、最初から文句ばっかりだな。だったら、お前が直せよ!」
「私は、指示された部分しかやりません」
「チームワークって言葉、知らないのか!」
「あなたのマネジメントが悪いんでしょ!」
二人の口論を、マヤが必死に止めた。
「やめてください! 今は、バグを直すことが先です!」
アダムは、深呼吸した。
「……すまない。冷静になる」
彼は、バグ修正に取り掛かった。だが、問題は想像以上に深刻だった。
「これ、設計から見直さないと、直せない……」
「どれくらいかかる?」
「最低でも、一週間」
「納期まで、二週間しかないのに?」
「分かってる……でも、やるしかない」
アダムは、再び地獄に戻った。
一方、リドラはノーザンからのプレッシャーに晒されていた。
『リドラさん、進捗はどうですか?』
村田からの電話が、一日に三回も来る。
「順調です。予定通り、納品できます」
『本当ですか? 心配なんですが』
「大丈夫です。信じてください」
リドラは、強がった。
だが、心の中では不安が渦巻いていた。
本当に、間に合うのか。
アダムは、大丈夫なのか。
もし失敗したら——。
その夜、リドラはアダムの作業を見に行った。
「進捗、どう?」
「……厳しい」
アダムの目は、疲労で焦点が合っていなかった。
「正直に言ってくれ。間に合うのか?」
「……分からない」
その言葉に、リドラは絶望した。
「分からないって……お前、技術のプロだろ!」
「プロだからこそ、分かるんだ。これは、本当にギリギリだ」
「ギリギリじゃダメなんだ! 確実に、完成させないと!」
「だったら、お前がやれよ!」
アダムが、ついに爆発した。
「お前が無理な契約を取ってくるから、こんなことになったんだろ!」
「何だと?」
「お前は、営業で数字を取ることしか考えてない! 現場の苦労、分かってない!」
「俺だって、苦労してる! ノーザンからのプレッシャー、お前には分からないだろ!」
「お前のプレッシャーなんて、俺の比じゃない! 俺が失敗したら、会社が終わるんだぞ!」
「会社が終わるのは、お前の技術が未熟だからだろ!」
その言葉に、アダムの表情が凍りついた。
「……もういい」
彼は、席を立った。
「どこ行くんだ!」
「知るか。もう、やってられない」
アダムは、オフィスを出ていった。
リドラは、呆然と立ち尽くした。
何を、言ってしまったんだ。
彼は、すぐにショーンに電話をかけた。
「ショーン、大変だ。アダムが出ていった」
『何があったの?』
「俺が……ひどいことを言ってしまった」
『すぐに行く』
三十分後、ショーンがオフィスに駆けつけた。
「詳しく、聞かせて」
リドラは、すべてを話した。
「……最低だな、俺」
「うん。最低だね」
ショーンは、容赦なく言った。
「でも、リドラだけが悪いわけじゃない。アダムも、言い過ぎた」
「いや、俺が先に——」
「今は、そんなこと関係ない。アダムを探そう」
二人は、アダムを探して街を歩いた。
深夜の公園で、ようやく見つけた。
「アダム!」
ショーンが、駆け寄った。
「……来るなよ」
アダムは、ベンチに座ったまま、顔を上げなかった。
「ごめん。俺が、悪かった」
リドラが、頭を下げた。
「お前の技術が未熟だなんて、思ってない。俺が、焦ってた。お前に、当たってしまった」
「……俺も、悪かった」
アダムが、小さく言った。
「お前の苦労、分かってなかった。営業のプレッシャー、想像もしてなかった」
二人は、お互いに謝った。
「でも、どうする?」
ショーンが尋ねた。
「納期まで、二週間。このままじゃ、間に合わない」
三人は、沈黙した。
「……ノーザンに、正直に言おう」
リドラが、決意した。
「間に合わないって、認めよう」
「でも、それじゃ契約違反だ。違約金が——」
「構わない。嘘をつき続けるよりはいい」
リドラの目は、真剣だった。
「でも、待ってくれ」
アダムが口を開いた。
「もう一度、やらせてくれ。今度は、ちゃんとリドラとショーンにも協力してもらって」
「俺たちに、何ができる?」
「テストを手伝ってくれ。バグの報告、データの確認——技術的なことじゃなくても、できることはある」
「分かった。やろう」
三人は、オフィスに戻った。
そして、最後の二週間が始まった。
アダムとマヤは、コアのバグ修正に集中した。リドラとショーンは、テストとデータ確認を担当した。エリカも、ドキュメント作成を手伝った。
ケビンは、最初は協力的ではなかったが——。
「ケビン、頼む」
アダムが、頭を下げた。
「俺のマネジメントが悪かった。でも、今は力を貸してくれ」
ケビンは、しばらく黙っていたが、最後に頷いた。
「……分かりました。やりましょう」
五人のエンジニアリングチームと、リドラ、ショーン、エリカ。八人が、一つになった。
連日徹夜。休みなし。限界を超えた戦い。
だが、誰も音を上げなかった。
納期の三日前。ついに、バグが全て修正された。
「テスト、全部パスしました!」
マヤが、歓声を上げた。
「本当か!」
「はい! 完成です!」
全員が、抱き合って喜んだ。
だが、アダムは冷静だった。
「まだ、終わってない。納品して、ノーザンで動くのを確認するまでは」
「ああ。最後まで、気を抜くな」
リドラも頷いた。
納期当日。三人は、ノーザンの本社に向かった。
システムをインストールし、最終確認を行う。
村田と、IT部門の担当者たちが、緊張した面持ちで見守っていた。
「起動します」
アダムが、エンターキーを押した。
システムが立ち上がる。
画面に、配送ルートが表示される。
リアルタイムで、データが更新される。
全てが、完璧に動いていた。
「……成功です」
アダムが、小さく呟いた。
「やった!」
リドラとショーンが、抱き合った。
「素晴らしい!」
村田が、拍手した。
「期待以上です。本当に、ありがとうございました」
三人は、深々と頭を下げた。
オフィスに戻ると、全員が拍手で迎えた。
「お疲れ様でした!」
「やり遂げましたね!」
マヤとエリカが、笑顔で言った。
その夜、八人で祝杯を上げた。
「乾杯!」
「俺たちの勝利に!」
「最高のチームワークに!」
グラスが、何度も触れ合った。
帰り道、三人だけになった。
「なあ、二人とも」
リドラが言った。
「今回、本当に危なかった。俺たちが、バラバラになりかけた」
「ああ」
「でも、掟が救ってくれた」
ショーンが微笑んだ。
「これからも、守り続けよう」
「ああ。絶対に」
三人は、夜空を見上げた。
崩壊寸前だった。
だが、乗り越えた。
三人の絆で。
(第14話終わり)
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