灯り

方舟のあ

  第1話 少しずつ


放課後の教室はいつも通り静かだ。

誰かの笑い声も教師の立てる音ももう残っていない

窓の外を見るとピンク色に空が染まっている


俺は机に突っ伏したままスマホの画面をぼんやりと見ていた

「今日も一日がやっと終わる」

そう思い携帯の電源を切り荷物をまとめる。


こういう時誰かと笑っていたい。

でも自分が寂しいときにそばにいてほしい。って言ってもそんな都合の良いやつなんてそうそういない。


気の合う友達が欲しいという気持ちを今日も抱く。何となく孤独だ。


今日も静かだ。秒針の音さえ聞こえる。息苦しい。呼吸がしにくい、息がしたい。


しかし赤の他人に話し掛けるよりかはずっと楽だ……と思う。


しかしその楽が日々積み重なり心の重りになっている


静寂を破った女がいた。

白石灯だ


ガラッ


「黒川君まだいたんだ」

彼女は顔を出していった。

俺は反射的に身を引いた。


「うん、まあね……」

「ふーん珍しいね。」


彼女は何がしたいんだろう

前にも話し掛けられたことがあったが俺と距離を詰めたいのか何なのか理解ができない。


彼女が窓際の机に腰掛ける。


「ねえ、めっちゃきれいじゃない?」


「何が?」


「空だよ空!ピンク色になってるよ。」


こういう時どう反応すれば良いのか困る。取り敢えず共感でもしておけば良いのだろうか。

俺はコミュニケーションが苦手だ。


取り敢えず曖昧に笑った。


「黒川君ってさ、一人が好きなの?」


俺は目を逸らし、答えを探すように唇を噛んだ。

「……まあ、そうかも。」


白石は何か言いたげだったが、それ以上は言わなかった。

代わりに、窓の外をもう一度見て、

「また明日ね」とだけ言って教室を出て行った。


——残された静けさが、さっきより重くなった気がした。


「んーそれは相手も思ってるんじゃない?」


「というと?」


「お前は何がしたいんだって相手からもお前思われてるよ」


「げっ、確かに……」


確かにそうだ。距離を詰められても俺が嫌なら嫌、良いなら良いとリアクションしないと相手も困ってしまう。

簡単なことだったのに気づけなかった。

俺って本当にダメだ。


「まあ考えすぎんなよ。慣れだよ慣れ。」

「……だよな。」


「お前、優しいからさ。相手のこと考えすぎてんだよ。

 たぶん、それだけで十分伝わってると思うけどな。」

同じクラスの坂口は笑って俺の肩を軽く叩いた。

夕焼けの光が、二人の影を長く伸ばしていった。



翌日の放課後。


空には雲一つない。淡いオレンジ色だ


俺は放課後のチャイムが鳴ると荷物をまとめたがすぐには立ち上がらなかった。


「今日も残ってくれてたんだ」


声の方を見ると昨日と同じ姿の彼女が立っていた


髪を耳にかけながら少しだけ照れ臭そうに笑っている。


「来ると思ってた。」



「今日はなんか笑顔だね」



白石の言葉に、思わず手が止まった。

笑っていたつもりなんてなかった。

けれど、頬の筋肉が少し緩んでいたのを自分でも感じる。


「……そうかもな。」


自分でも意外だった。

ただ、彼女の顔を見た瞬間、胸のあたりが少し軽くなった気がした。


「昨日よりちょっと明るい顔してる。」

「昨日より空が明るいからじゃない?」


軽く返すと、白石がくすっと笑った。

その笑い声が、静かな教室の中で小さく響く。


「ふーん、そういうことにしとく。」

彼女は窓際の席に腰を下ろし、外を見上げた。


「……ねえ、黒川君。」

「なに。」

「今日の空、昨日よりきれいだよ。」


俺も窓の外を見る。

確かに、淡いピンクとオレンジが溶け合うような色をしていた。


昨日と同じ空のはずなのに、少し違って見える。

その理由が、光の加減なのか、自分の心の加減なのかは分からない。


「……そうだな。」


そう答えると、白石は満足そうにうなずいた。

その表情を見て、

“また明日もこの時間があればいい”と、ふと思った。




夜。

自分の部屋に戻っても、あの教室の空気がまだ頭の中に残っていた。


机の上には開きかけの参考書と、書きかけのノート。

勉強しようと思っても、集中できない。

窓の外からは、遠くの車の音だけが聞こえる。


俺はベッドに寝転がって、天井を見上げた。

静かすぎる夜は、いつも自分の心の中のざらついた音を大きくする。


俺って、なんでいつも考えすぎるんだろ。

人と話すだけで疲れるくせに、ひとりだと落ち着かない。


スマホを手に取り、通知を確認する。

何も来ていない。

でも、昨日と今日で違うのは、

心のどこかで誰かとつながってる気がすることだった。


白石の言葉が頭の中で何度もリピートされていた


「今日はなんか笑顔だね」


たったそれだけの言葉なのに

その一言の重さがずっと胸の中に残っていた。


そのとき、部屋のドアがノックされた。

母親の声がする。


「澄、ごはん冷めるよー。」

「あー、今行く。」


短いやり取りのあと、また静寂が戻る。

でもさっきまでの“重い静けさ”とは少し違った。


俺はノートを閉じ、ゆっくりと立ち上がる。

窓の外の夜空を一度だけ見た。

雲の切れ間に、星がひとつだけ光っていた。


その小さな光を見ながら、俺は思った。


——少しずつでいい。

  少しずつでいいから、進んでみよう。














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る