性欲を抑えるために吸血鬼に血を吸ってもらう話

マネキ・猫二郎

第一話『あう』

 モテるためには【禁欲】をせよ。


 インターネットに転がっていた情報を真に受けたモテたい症候群の俺は禁欲を開始した。

 が、モテたいやつがなぜモテたいのか考えると、そのゴールには【エッチ】が存在した。 

 つまり、モテたい症候群もといエッチしたい症候群の俺が禁欲をするなど毛頭無理な話なのだ。


 よって俺は禁欲二日目にしてスッキリせざる負えなかった。


   〇

 

 二ヶ月前、中学校に入学した時から世界がいやらしく見えるようになった。


 人の裏表を気にしたり、周囲のヒソヒソ話が気になるようになったり。

 そして何より、そこらに存在する女性の身体が気になるようになった。


 思春期とはこうも露骨に訪れる。


 「戸丸とまる君よろしく〜」


 今日、初めての席替えが行われた。隣になったのはクラスのマドンナ『春崎はるさき 叶芽かなめ』さん。ザ・美女。しかも胸が大きい。制服のハリ具合からその存在がよく伝わってくる。


 「よ、よろしくっ!」


 心の準備が出来ていないのに口がフライングをかましてつまづく。恥ずかしくて、目線を彼女の顔から少し下に落とすと、そこには胸があった。──まずいっ!


 すぐさま目線を戻すが、そこには美しいご尊顔が。不思議そうにこちらを見つめている。

 焦りと恥ずかしさで脳味噌が煮え立ち、顔が熱くなるのを感じる。


 すると彼女は艶やかな唇を動かし──「戸丸くんって……」──言葉を紡ぐ。


 「なんか、かわいいね」


 ノックダウン。ゲームセット。試合終了。完敗である。

 

   〇


 その日は彼女の事、それと自身の犯した失態の事しか考えられなかった。


 "かわいいね"と言われ、俺が何と返事をしたか。

 "男的には素直に喜べないなー"だ。なにが"なー"だ。


 内心喜びで舞い上がっていたというのに、照れ隠しのために変な事を言ってしまった。


 男的にはカッコイイと言われる方が嬉しい、というニュアンスの発言なのだが俺的には"かわいいね"だってとてつもなく嬉しい。


 マドンナに興味を持って貰えること自体が光栄なのだ。


 彼女は俺の失言の後、"あははっ、ごめんごめん"と笑っていたが、あれは愛想笑いだったのだろうか。

 せっかく褒められたというのに、この発言で嫌われてたらどうしよう。


 期待と不安の渦巻く感情の荒波に流され、ベッドの上で布団を抱き締めながら転げまわった二十二時。


 まずい……シたくなってきた。


 我慢しろ──あの子に好かれるならやはり禁欲せねば。

 我慢しろ──あの子と付き合う未来を思い描け!

 我慢しろ──付き合った先の、身体が重なる未来。


 我慢しろ──……軽い眠気で酔っ払い、布団で程よく火照った身体を覚ます為に、立ち上がり、窓を開け、夜風を浴びることにした。


 初夏の生温い風を浴びながら、深く息を吸って……はいて。吸って……はいて。吸って……はいた瞬間に顔面を凄まじい勢いのキックが襲う。


 後方に倒れむと、次のアクションを起こす前に身体を柔らかい別の身体が覆う。叫び声を挙げる間もなく次の瞬間、首に違和感を覚えてからは、恐怖よりも心地良さを感じていた。


 血の気がさァっと引くのと同時に頭がボーっとし始める。まるで微睡みの中にいるように。全身がぞくぞくと微動し、心臓が興奮するにも関わらず脳味噌がそれを無視して蕩けてゆく感覚。それは……【快楽】だ。


 ──「あうっ///」


   〇


 【禁欲】で得られる効果は主に二つある。

 ①:テストステロンが増加し、精力的になることで男としての魅力が上がる。(関連して、自制心の向上や自身がつくなどメンタル面で強くなる)

 ②:ジヒドロテストステロンの増加を抑え、肌荒れや体臭を防ぐことができる。


 ※これらの真偽は定かではない。


   〇


 「痛っ……」


 頭痛と共に微睡みから覚めてゆく。遠くから聞こえる雀の声。どうやら、いつの間にか寝過ごしてしまったらしい。


 昨晩見た夢を思い出しながら、身体を起こす。少しだけ目眩もする。優れない体調に溜息を吐きつつ、部屋を見渡す。見知らぬ女性が壁にもたれて寝ているがスルー。窓を開け放しにしている。虫が入ってなければ良いが。


 ──やはり、見知らぬ女性が壁にもたれて寝ている。目をギュッと細め、現状を疑う。


 年齢は俺よりも上に見える。大学生くらいだろうか。センター分けの美しい黒髪ロング。白いブラウスにベージュのスカート。右手には、元々被っていたのであろう純白のキャペリンハットが握られている。


 俺は目と思考を奪われて、身動きが取れずにいた。初めは混乱から始まったそれも、いつしか感動に塗り替えられていた。


 今までに見たことがない、今後一生超えることのないであろう美貌を、彼女は持っていた。


 「んっ……」


 丁度目覚めた彼女のまなこはターコイズのようだった。

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