第11話 雪のアトリエ、記憶よりも今を

冬の訪れを告げる冷たい風が、アトリエの窓に細かい霜を作る。

外は一面の雪景色。静かに、世界を白く染めていた。


梨乃は朝起きると、ふとした瞬間に胸の奥がざわつくのを感じる。

──思い出せる……。

目を閉じると、過去の断片が雪のように静かに舞い降りる。


子供の頃の小さな手の感触。

笑い合った日々の温もり。

そして、かつて愛した誰かの顔。


しかし、瞳に浮かぶのはぼんやりとした輪郭。

その中で、今の自分が抱えている温もりと、真冬への想いが混ざり合う。


「梨乃さん……?」

真冬の声がそっと呼びかける。

その優しい響きに、梨乃は顔を上げる。

──この人……今、そばにいる……


真冬は雪の中を歩いてアトリエにやってきた。

白いコートの裾に雪が舞い、赤く染まる頬は冬の寒さと温もりを同時に感じさせる。

「大丈夫ですか? 寒くないですか?」

その視線は、研究者としての冷静さだけでなく、個人的な愛情で満ちていた。


梨乃は少しだけ戸惑い、胸の奥で迷う。

──記憶は戻った。

でも、この人といる今の温もりが、本当に大切……


アトリエの暖炉に火を灯す。

赤く揺れる炎が、二人の影を柔らかく包む。

真冬は静かに手を差し出す。

「握ってもいいですか?」


梨乃は迷わず、その手を握る。

小さな衝撃が全身に走る。

──この温もりが、今の私の全て……


窓の外では、雪が静かに舞い落ちる。

世界が白く染まる中で、二人だけが温もりに包まれていた。


蓮はアトリエの隅で静かにその様子を見つめていた。

胸の奥で痛みが走る。

──もう、俺の居場所はない……

だが、それでも静かに見守るしかない。

「幸せになれ……梨乃」

心の中でそっと呟き、蓮は雪の降る夜に身を任せる。


梨乃は真冬の手を握り、目を閉じる。

そして、かすかに涙を流す。

──記憶より、今の愛を選ぶ……

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